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 南極で遭難した場合、どれほど凍えて痛みを感じるだろうか。

 地球温暖化の影響で、巨大な氷河は徐々に崩れ落ちている。その量は年間約1500億トンにも及ぶ。周辺に大きな波をつくりだしながら、氷河は削り落ちてゆく。その迫力は自然の脅威と、恐怖を体の節々から迫らせてくる。

 仮に、その崩れゆく断崖絶壁の氷雪で凍りついてしまったらどうなってしまうだろうか。

 息が苦しく、呼吸もできず。目の前が真っ暗になり、泣き叫びたくても恐怖で叫べない。命の声を、叫びを、自然は頑なに受け入れない。ただ、ただ、じっと待つ。

 やがて大切に思っていた人のことも、尊敬していた人も、過ぎ去っていった日常も。それらすべての記憶を、凍りつく苦痛から奪い取られてしまう。いずれやってくる死をただ直視するだけ。

 死ぬこととは、つまりはそういうことだ。最終局面に差し掛かると、人間は生存本能を発揮して、目の前のことしか理解できなくなる。

やがて生きることを諦めたとき、やっと、大切な記憶たちが蘇ってくる。自分の大切な人たち、悔しかった思い出、楽しかった日々。もう手遅れなのに。

 凍りついてしまうと、時は止まる。時計の秒針は機能を失い、日常のすべてが変化する。

 それまでに何かを経験していたとしても、どれだけの功績を残せたとしても、激しい吹雪の吹く中では、無力で頼りないものだ。世界一の名誉を獲得している人も、落ちぶれた人も、その崖を前にすれば、みんな不幸を恨む。

『死』が目の前にある。

その状態のとき、健全な時間軸は崩れ、時は止まる。


 自分は思う。

ならば、溶かしてあげよう。精一杯の暖かさで、抱きしめてあげる。凍える人を自分のこの肌の暖かさで覆う。だから、だから、どうか、今までを悔いないで。自分を責めないで。辛かっただろう。苦しかっただろう。もう、何もかも嫌だっただろう。

 君に呼吸をさせてあげたい。息を、空気を、存分にあげたい。

 「人生」という大きな氷原から落ちないように、自分たちは息の出来る場所を探し続けている。

 

『もう、大丈夫なんだ。大丈夫なんだ』

 髪から冷たいものが滴る。

オンボロの車のライトが自分たちを照らす。それが君の救いになるなら。そう願いながら、必死に包み込む。そっちに行ってはいけない。まだ、未来があるじゃないか。

 


『しっかりしろ!こっちを見て!見てくれよ』


駄目なんかないんだよ。全然駄目じゃないんだよ。いいんだよ。分かってくれよ。



『あんたには愛してくれる人がいるんだ』



だから、そこへ、行くな。

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