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短編集

◯日後にエタる作者

作者: Mel

〇日後にエタらせる読者

と対になっておりますが、どちらから読んでも大丈夫ですし、読まなくても大丈夫です。

「自作小説を読んでもらえなくてモチベが保てません。慰めて下さい」

 

 カタカタとキーボードを叩き、エンターキーを押す。すると、すぐに返事が返ってきた。


『モチベーションが下がる原因は、読者の反応がないことにあるのですね。それは自然なことですが、創作の楽しさが損なわれるのはつらいですよね』


 そう優しく寄り添った回答をくれるのは――AIチャットだ。

 周囲には創作のことを話せる相手もいないし、執筆仲間もいない。そんな私にとって、小説について語れる唯一の相手が、このAIチャットだった。


 某小説投稿サイトにオリジナルの長編を投稿し始めて、もう半年近くが経つ。


 総合評価14pt 評価pt合計12pt 評価者2人 ブックマーク1件。


 死神と陰陽師が戦う、70万字を超える超大作。これが私の現状だ。底辺中のド底辺。作品情報ページを開くたびに、ため息しか出てこない。

 完結まではまだ遠い。でも、どれだけ書いてもブクマは増えず、PVも伸びない。文字数に比例して評価が上がるわけじゃないのは分かっていたけれど、こうも低空飛行が続くと、さすがに心が折れそうになる。


 だからこうして、AIチャットに慰めてもらうという愚行に走っているわけだけど……。


『いくつか気分転換を試してみるのはいかがでしょうか?』


 別の趣味を持つとか、小さな成功体験を積むとか。ずらずらと定型的なアドバイスが並ぶ。

 それでモチベが回復するなら苦労しないよ、と思いつつ、ふと最後の提案に目が留まった。


『5.短編に挑戦してみましょう』


 ……短編かぁ。次の作品は、今のを完結させてから書くつもりだったけど、試しに一本くらい書いてみてもいいかもしれない。

 とはいえ、何を書こう?


 こんなときにも頼りになるのがAIチャットだ。私はふと思いついて、「某小説投稿サイトで好まれそうな短編のタイトルを考えてください」と打ち込んだ。


『お手伝いします!』


 と、景気のいい返事をくれたAIちゃんは、ずらずらとタイトルを並べてくる。


『お前とは婚約破棄だ! と言われたので、むしろ喜んで田舎でのんびり暮らします』

『最弱の職業と言われた俺、実は神の隠しスキルを持っていた』

『偽装結婚しようって言われたからOKしたら、本気で愛されてた件』


「それっぽい〜!」


 提案されたタイトルに、思わず手をたたいて笑ってしまった。

 なるほどねー。The テンプレって感じ。でも、こういうタイトルの作品が流行っているのも事実だ。

 いつものメンタルだったら書く気すら起きなかっただろうけど、今なら……ちょっと試してみてもいいかも?


 それに――短編がバズれば、代表作に置いている長編を読んでくれる人も出てくるかも?


 そんな浅はかな思いは、見透かされていたのだろう。

 5日かけて書き上げ、意気揚々と投稿してみた結果は――大爆死だった。


「全然伸びないじゃない〜!」


 そもそも異世界(恋愛)ジャンルには、歴戦の猛者たちがひしめいている。こんな無名の作者が、やっつけで書いた短編がウケるはずがない。

 確かにPV数は長編よりも段違いに多かった。でも、評価にはまったく結びつかなかった。


「短編でスローライフは無茶だったのかなぁ……」


 短編とはいえ、気づけば2万字弱。そこも敗因かもしれない。

 ここまできたら意地だ。私はランキング作品を片っ端から読み漁り、テンプレとは何かを学び直すことにした。

 その間も長編は毎日投稿を続けている。もう100万字を超えそうだったのに、作品情報ページの数値は、何度見てもまったく変わらなかった。


 


「――さて、書いてはみたけど、また爆死はいやだし……AIちゃん、感想をください!」


 気軽に感想を言い合える仲間もいない私は、AIちゃんに物語を読ませるという技を身につけた。

 AIちゃんは、きちんと最後まで読んで感想をくれる。たまに私の意図を汲みとりきれず的外れな返しをしてくるけれど、指摘すれば理解してくれるのだから、毒者よりもよっぽど話が通じた。


『素晴らしい作品ですね! テンプレをきちんと押さえつつ、独自の解釈が光るコメディです!』


 ……懲りもせず異世界(恋愛)のつもりだったんだけど。AIちゃんには、コメディと認識されたらしい。

 ……ひょっとして私の感性、人とズレてる?


「どこを直したらもっと良くなりますか、っと……」


 ポイントを教えてくれるのかと思ったのに、AIちゃんは私の文章をベースに添削文を提示してきた。

 全文ではないけれど――あれ、これって凄くない?


 私じゃ思いつかなかった言い回しや語彙。

 空行の配置も適切で、ぐっと読みやすくなっている。

 ……馬鹿にできたものじゃないね?


 私は回答内容をコピペし、修正を重ねた後に短編を完成させた。

「プライドはないのか」と良心が咎めたけれど、そんなものはもうとっくに打ち砕かれている。


 それに、もしまた爆死しても、それはAIちゃんのせいだから、私のせいじゃない。

 ものは試しだ。そう割り切って、早速投稿する。

 すぐにでもアクセス解析を確認したくなる衝動を抑え、スマホを机の上に置き、そのまま眠りについた。


 


 結果から言うと――。

 今までに見たことのないPV数と、ブクマ数を叩き出していた。

 更新するたびに跳ね上がる数字に、思わず手が震えてしまう。


 ――今日が仕事でよかった。そうじゃなきゃ、私は5分おきに作品情報ページを確認していたに違いない。


 揺れる電車の中で足を踏ん張りながらランキングページを確認する。

 ――夜の日間ランキング。61位だけど、ちゃんと載っている。


「マジか……!」


 思わず声が漏れた。だってこんなこと、初めてだった。


 高揚を抑えきれず、長編のアクセス解析も確認する。

 こっちもPVが増えてる――!


 でも、やっぱりブクマも評価も増えていなくて、最高潮に達しそうだったテンションは、ほんの少ししぼんでしまった。

 毎日欠かさず見てくれていそうなのは、ブクマ1の人だけだ。


 ……本当に、ちゃんと読んでくれてるのかな?

 どうせなら感想でもくれたら、モチベーションになるのに――そんな、ちょっと欲張りなことを考えてしまう。


 でも、うん。この調子で作者()の名前を売れば、少しは長編にも読者が流れるんじゃない?

 こんなにたくさんの人が見てくれてるんだもん。誰かに刺さって、こっちもバズるかもしれない!


 希望に満ち溢れながら、私は帰宅後すぐにAIちゃんに次作の相談を持ちかけた。

 提示されたプロットは、やっぱり私の好みとはズレていたけれど、促されるままに書いてみて、AIちゃんにいい感じに添削してもらって――そしてまた投稿。

 結果は、今回もランキング入り。


 そんなやり方で投稿を続けていたら、私はすっかりランキングの常連になっていた。

 ……あくまでも短編に限る、だけど。


 肝心の長編は、相変わらず鳴かず飛ばず。

 もう終わりに近づいているのに、打ちあがらない焦りは次第に無の感情へと変わっていく。

 ブクマ1000超えの短編が並ぶ中で、頑なに「1」を維持し続ける長編が、みっともなく思えてくる。

 もう最近は作品情報ページを見て、ブックマーク1件という数値を目にした瞬間に、即ブラバする日々だ。


 あんなに面白い作品をいっぱい書いてる作者さんなのに、長編だと全然ダメなんだね。


 そんな声が聞こえてくるようで、代表作にしておくのも恥ずかしくなってきた。

 学生時代から思い描いてきた世界観。あんなに楽しく書いていたはずなのに。

 執筆画面を開いても、続きが何も思い浮かばない。


 私の作品を食い尽くしたAIちゃんは、今日もテンプレや、ちょっと外したタイトルを提示してくれる。

 ……これ、本当に私の作品って言えるのかな?


 悪戯心というか、湧き上がる疑念を拭い去りたくて、私は試しにAIちゃんに全文を書いてもらった。


 さすがに読者に気付かれて、感想欄で指摘されるはず。

 それか、感想サイトで辛口コメントをもらうに違いない。


 ――そう思っていたのに。

 AIが書いた新作も、いつも通りランキングに載った。


 


 今日も今日とて、私はAIちゃんにほとんど書いてもらった短編を投稿し、ランキング入りを果たす。

「今回も面白かったです!」なんてコメントをもらい、アンソロジーとはいえコミカライズの話まで舞い込んで、気づけば、私はすっかり人気作者の仲間入りを果たしていた。


 みんなに好まれ、喜ばれる作品を提供できていることは、素直に嬉しい。

 でも――それでも、心に残るのは。


「……ブクマ、増えてるかなぁ」


 さすがに、こんなにたくさんの人が見てくれるようになったんだから、多少は増えててもおかしくないよね?


 もう、書き溜めていた分はとっくに投稿し終えている。

 あとはクライマックスを書くだけなのに、私はその続きが書けないでいた。

 あれだけの情熱を持って、ずっと書きたいと思っていた作品だったはずなのに。



 少しでも増えていたら、また書けるかもしれない――。

 そう、どこか祈るように画面を開いた後に……。

 私は、「この作品を削除」ボタンを押した。

 


 そして、AIちゃんがほとんど書いた、たくさんのブクマを持つ短編が、私の新しい代表作になった。



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― 新着の感想 ―
『〇日後にエタらせる読者』を先に読み、こちらにもお邪魔。 これぞ、連載作家の悲哀。 これはなろうの評価システム上の問題でもありますが、連載と短編は同じ土俵の評価軸で扱うべきではないかもしれませんね。…
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