静寂ナ廃城
StoRy,2
「その魔物はナイトメアでしょうね」
部屋中が静寂に包まれた。
「ナイトメア…? って」
リオンが最初に口を開いた。
「僕たちの心、つまりピースを食べる魔物です。」
「学校で聞いたことあるよ、夜にしか活動しないから夜は必ず外に出るなって」
カインが担任や親から厳しく言われていたことを思い出した。
「そうです」
少年は頷く。
「……でも、ただの脅し文句だろ。俺の友達、一回夜に外出したことあるけど見てないし」
「それは僕たちが守っているからですよ」
少年が厳しい眼差しでカインを見た。
窓から差し込んでいた夕暮れの光は薄暗かった。「キングダムって知ってますか?」
「ナイトメア討伐を目的とした戦闘集団なんですが」
リオンとカインは、あっ! と、大きな声を上げた。
「兄ちゃん、キングダムの人なのか?」
少年は静かに頷いた。
「もし本当にその廃城にナイトメアがいたら大変です。僕はナイトメアか確認に行きます」
少年は黒いコートを翻して部屋を出ようとする。「待って! 俺も連れて行って!もうダイ達に弱虫って言わせないんだ!」
少年は振り返った。だがその目は余りにも冷たかった。カインは心臓を鷲掴みにされたように息苦しくなった。
「女の子一人も助けられない奴が、弱虫じゃないとでも? そういう考えが甘いんだ」
少年はそう吐き捨てて部屋を後にした。
部屋には再び静寂が戻った。後味の悪さだけが残った。
*****
二人は例の廃城の前に立っていた。廃城はかなり退廃しており、かつて城として立っていたとは想像出来なかった。辺りはすでに暗く気を配らないとお互いを見失いそうだった。
「リオン、大丈夫?」
「平気よ」
二人は少し差し込む月明かりを頼りに散策していた。
あれからすでに経っているというのに少年に全く会えない。
兄ちゃん一人で行くなんて恐くないのかな…
二人でいるのにも関わらず護身用に持って来たバットが震える。自分はどこまで弱虫なんだとイライラした。気を奮い立たせてカインは先頭をきる。
城の中は静寂に包まれていた。二人の足音だけが響く。
「ここが最上階みたいね」
リオンはキョロキョロと辺りを見渡す。だが、それらしきものは全く見つからない。
「やっぱり噂だったのかな…」
ガタガタ―…
不意に向こうの扉の方から音が聞こえて来た。
カインは汗ばむ手に持っていたバットを握りなおした。
少しずつ扉を開ける。
ギィィィ
古びた臭いが鼻をつく。多くのほこりが空気中を舞っている。ここは寝室だろうか、ボロボロのカーテンに古いベッド。すると微かに物陰にそれは動いていた。黒い物体。ここは城の裏側だからか、もぞもぞと動いているが月の光が無く姿が見えない。
カインはゆっくりと黒い物体に近づいた。額から汗が滲み出て頬を伝う。カインは思いっきりバットを振り下ろした。
「ストップ!」
聞き覚えのある声。後ろを振り返った
そこには、
「兄ちゃん!!」
そう、立っていたのは少年だった。
少年は驚いた様にニ人に見やる。
「ニ人共、来るなと言ったでしょう」
「ごめんなさい…でも俺分かったんだ。いつもリオンに守られてばっかりで本当に頼りなかった。だから俺今回兄ちゃんに言われて気づいた」
カインは少年を見つめる。その瞳は強い意志で宿されたピースのようだった。
「今度は俺がリオンを守りたい。守られるばかりじゃなく守るように―…! だから俺はこのバケモンを倒す」
少年はしばらく考えた後頷いた。
「仕方ありません。同行を認めましょう」
カイン達の顔が華やいだ。
「ただ、その生き物はバケモンじゃありません」え??と二人の目が点になる。
「ご主人様ぁ〜〜!怖かったでスー!!」
ソレはいきなり少年に飛びつき、月が昇ったのか光が差し込んで姿を現した。喋る猫だ。耳が大きく垂れ下がっていた。
「パコ、落ち着きなさい。」
少年はやれやれといった表情でパコをなだめる。「それ…“夢猫”ですよね」
リオンが指をさした。
「よくご存知ですね」
「図鑑で見たことあります。」
リオンは照れくさそうに笑った。
「夢猫?」
「ある森にしか住まない特別な種族なんだって。秘密の力があって国から重宝されてるんだよ」
そのとおり、と少年は笑う。
「ですけど、飼育が禁止されましたよね?」
近年夢猫の減少により政府は飼育を禁止させていた。
「まあ、そうみたいですね〜」
(違法飼育だ…)
と2人は思った。
「さっき、ご主人様が珍しくパコを庇ってくれて嬉しいでスー」
「パコがいないと困りますからね〜」
「ご主人様ァ…」
パコは目をうるうるさせる。相当厳しく飼われていたのだろう。
「何たって奴隷ですから♪」
!!?
2人と一匹はあ然する。
「おや? どうしました?」
特に悪びれる素振りも無く少年は首を傾げる。
「そ、そういえばさ」
カインが話題を変える。「バケモンなんていなかったじゃん! 嘘だったの!?」
「違います。ちゃんと本当のことを言い『きゃあぁぁ!!!』
2人は後ろを振り向く。「リ‥リオン!」
リオンは赤い目をした黒い靄のようなバケモノに身体を拘束されていた。「やっぱりコイツでしたか。」
少年は冷静に話している。
カインはそんな冷静にコトを考えることができなかった。
「リオン!」
持っていたバットで黒い魔物にぶつけるが全く歯が立たない。バットを当てた場所が一旦飛び散るも再び修正された。
「くそぅ! リオンから離れろ!!」
バットをがむしゃらに振るうも全然効かなかった。
「俺がっ! リオンを守るんだ…」
疲れ果て地面に倒れるカイン。魔物はその時を待っていたかのようにカインに自身の靄から作り出した槍を放った。
―ガキィン!
辺りに金属音が響く。
「兄‥ちゃん」
「まったく…見てられませんね」
カインは薄笑いする。
「は…は…、ごめんな口ばっかのガキ‥で…」
「えぇ本当に口ばっかのガキです、けど」
少年は後ろを振り向かなかった。
「その想いは本物です。」
カインはそこで意識が途切れた。
少年はカインが意識を無くしたのを確認し、再び魔物に刃を向けた。
「さあナイトメアさん、どっからでも来い」
少年の顔は今までカインが見た中で一番 恐ろしいものだった。
****
カインは意識を取り戻した。自分の部屋のベッドだった。
「リオン…、兄ちゃん…」
カチャリと部屋の扉が開いた。少年だった。肩にはパコが乗っている。
「やぁカイン。気分はどうですか?」
「大丈夫。リオンは…?」
「さっき帰りました。怪我もないし元気ですよ」カインはベッドから起き上がる。全身の筋肉が悲鳴をあげていた。
痛む身体をこらえリオンの安否を聞いて安堵の表情を浮かべる。
「兄ちゃん、あのバケモノは…?」
「もう大丈夫ですよ、僕が追っ払いました」
少年はにっこりと微笑む。その笑顔にカインは胸をなで下ろした。
「あれがナイトメア…」「そうです。僕が調べた所、あの廃城はナイトメアの巣窟のようです。カイン達と遭遇したナイトメアは親玉です。」
少年は続ける
「とりあえず全てのナイトメアは排除しましたが、もうあの城には近づかないでくださいね」
「全部倒したのか?」
えぇ、と頷く。
「あれ以外全てザコでしたから」
カインは苦笑する。
「やっぱ兄ちゃんは強えな、俺もあれくらい強かったらなあ」
少年は首を振る。
「強いだけが強さじゃありません。誰かを守りたいという意志も立派な強さとして誇っていいんですよ」
それに、と付け足す。
「もうカインは弱虫じゃない。」
カインは胸の奥から熱いものがこみ上げて来た。「おやおや、弱虫じゃないと言ったそばから泣いていたら駄目ではないですか〜」
少し皮肉めいた言葉を投げられたがその言葉が少年らしい慰めだった。
数分後
「兄ちゃんもう行くの?」
「えぇ、長居は無用なので」
「兄ちゃんセレスに何しに来たの?」
2人は家の前に立っていた。
「うーん、人事異動ってやつですかね」
カインは何の?と首を傾げる。
「これからキングダムの本部へ行くんです。」
「俺、ダイ達にバケモノの事いなかったことにするよ」
カインはニッと笑う。
「根は本当にいい奴らだからさ」
「あは、は」
「ちゃんと彼女を守るんですよ」
カインは頷く。
少年が去る際、カインは大事な事を思い出した。「兄ちゃん!」
少年は振り向く。
「名前教えてよ!」
少年も思い出したかのように優しく笑う。
「ルカです」
「じゃあなルカ兄!」
カインは大きく手を振った。
辺りはすでに明るく、暖かい太陽の光がニ人を優しく包み込んだ。