ガチ恋とある風俗嬢の話
「明日会いに行くね」
好きな人から言われたら、普通は天にも昇るような気持ちになるだろう。しかし、美琴(26歳)は地獄に突き落とされるような気持ちだった。いや、正確には自ら地獄の階段を降りているのだ。そんなに嫌なら会いに行かなければいい。しかし、美琴にはそんな選択肢はなかった。会いたいと言われれば、拒否する権利などないのだ。
それが「風俗嬢」というもの。
地獄の番人の名は、せいじ。彼は金もないくせに他の客と会うことを嫌う。無料のメッセージばかり送り、返信を求める。手作りの料理を振る舞い、ラブホテルのTwitter割引を利用し、連絡先を聞き出そうとする。気持ち悪い絵文字を使い、そして、ハゲている。
極めつけは、ガチ恋のくせに「本番」を要求してくるという、まさに煮えくり返るような男だった。
美琴はスタッフにNGにしてくれと頼んだが、「週一で来てくれるし、うまく使えば金になる」と言ってNGにはしてもらえなかった。ただし、90分コース以上は絶対に入れないようにと何度も釘を刺しておいた。
「明日の地獄の90分を耐え抜けば、2万5千円が手に入る」と、美琴はそれだけを考えて眠りについた。
翌日、美琴は待ち合わせの駅に着いた。生憎の雨が降りしきる中、改札前で雨宿りをしながら待っていると、せいじが遠くから歩いてきた。シワの深い顔に、若作りのTシャツとジーパン。
お互い「今日も素敵だね」と軽い挨拶を交わした。美琴が傘をさして歩き出そうとすると、せいじがグッと腕を掴んだ。驚いてせいじの顔を見ると、彼はにこやかに笑って言った。
「俺の傘に入っていこう?」
小さなビニール傘を開いたせいじの笑顔を見て、美琴も思わず笑みがこぼれた。遠くの空には晴れ間が見えていた。