優雅なティータイム
そんなこんなで僕はある程度成長し、青年と呼べる年齢になった。
素振りを終えた俺は優雅にティータイムと洒落込んでいる。
氷さえ入っていないのに見事なまでのアイスティーである。
そんな俺の隣にいるのは見目麗しいメイドの女性。
「人の人生無茶苦茶にしておいて、よくそんなに呑気にお茶を楽しめますね」
と、ジト目で見つめてくる。
「それはまぁ、こっちにも非があるのは認める。でも、病気だったことも理解してもらえると助かる」
「それはまぁ仕方がないですけど。でもなんで私がここに送り込まれたんでしょう。私は一応この世界の管理者という立場のはずなんですが、管理者なのに現地に介入しないといけない何かが起こっているのでしょうか」
「前に上からの御達しが来たって言ってたけど、確か内容はこの世界で修行しなさい、この世界を導きなさい。みたいなざっくりした内容しか言われなかったって聞いたけどほんとなんですか?」
今この場には俺と彼女の2人しかいない。
父はここ数年続く寒波による作物の不作や、管理する領地に出現する魔物の対策やらで忙しいらしい。
というわけで、こうして二人しかいない時に人には言えない転生だの我が家に仕えるメイドが天から降りて来ただのと言う途方もない話ができると言うものだ。
「それにしてもこの世界、ほんとどうなってるんですか? 魔法は存在するし、魔獣も存在する。ほんと不思議な世界ですよね」
「それは転生する前に説明しようとしたらエイチさんがいきなりハイテンションで最強の装備くれって言ってこの世界に降り立ったんですから、不思議がるのは当然です」
そう、俺の名前は叡智。天野叡智だ。
いや、天野叡智だったと言うべきだ。
別にプログラミングが好きでプログラマーになったわけじゃない。
好奇心だ。知らない事を知りたい。未知のものに興味がある。
未知の技術に興味がある。ただ好奇心を満たしたい。それだけの人間だ。
彼女は天界で説明しようとしていたことをやっと説明できるとばかりに意気込んで説明しようとする。
「なのである程度、エーチさんが成長するのを待っていました。この世界に魔法、魔力が存在することはしっているでしょうが、その使い方は」
俺は彼女の言葉を遮って答えた。
「体の内側にある魔力を体外に放出したり、物体に纏わせて強度を上げたりして使う。あと身体強化もできる。そうでしょ?」
「な、もうご存知だったんですか? まだ、学校では教えられてないと思うんですが」
「まぁ、周りを観察してたらなんとなく察するよ。と言うよりこんな無茶苦茶な元いた日本とかけ離れた世界、自分で調べない方がおかしい。それに今の話この世界じゃ一般教養だよ」
と、適当に誤魔化しておく。
本当は家にある専門書やらなんやらかんやら読み漁りに漁りまくった知識だ。
ぶっちゃけると大人レベル、いやそれ以上の魔術が使えることも彼女には伏せている。
「まぁ、もともと叡智さんの居た世界とは別物ですしね。違いに気がつかない方がおかしいです。ただ、私の女神としての仕事がなぜか奪われた気がして悲しいですが」
そんな事を言っている目の前のメイドの女性は女神か天使と言っても過言ではない立場の存在だ。
俺が躁鬱病を患い、ヒャッハー全ての装備や魔法や仲間のなかで最強のものをくれー!
なんて叫ばなければ彼女、女神か天使という立場のこの女性も我が家のメイドとして雇われてもいなければ、この世界に降臨することもなかった。
「そう言えば、前から気になってたんですけど、本名ってなんなんですか? 偽名名乗ってるって言ってましたけど教えてさえ貰えないんですか?」
普通に疑問に思っていた事を聞いてみたら思わぬ回答が返って来た。
「ああ、名前ならあまり意味ないかもしれません。第一、叡智さんの元居た世界の神様の名前とこちらの世界の神様の名前は違うものですし、この世界の住人は別の神を信仰してますから」
「言われてみれば確かにゼウスとかイシュタルとかウルスラグナとかの名前はこの世界で聞いた事ない。ちなみになんでアイシー・ゲフリーレンって名前をこの世界で名乗ってるんですか?」
「それはなんとなくかっこいいからです」
満面の笑みで可愛らしく答えるアイシーを見つめて聞く。
この世界に生まれてからここ数年間、疑問に思っていた事を聞いてみる。
「ちなみにアイシーさんってなんの女神なんですか?」
「それはもちろん。愛と豊作の女神とか、天使とかそんな感じです」
満面の笑みを浮かべて答えてくれた彼女にさらに聞いてみる。
「あのアイシーさん。昔、温泉に入った時にアイシーさんが温泉のお湯に触れた瞬間に温泉の温度が急激に冷たくなったり。父親の領地にある湖が冬でもないのに凍ったりしたのってもしかして」
「なんのことでしょう?」
「温泉が冷たくなったのってもしかして」
「なんのことでしょう?」
「アイシーさんの淹れた紅茶がやけに冷たいのってもしかして」
「なんのことでしょう」
「農村地帯、国有数の食料生産地域だったこの辺り一帯が数年間ぶっ通しの寒波で不作になってるのってもしかして」
「なんのことでしょう」
「アイシーさんってもしかして氷の女神とかそんな感じの」
氷の女神とかそんな感じの存在なんでしょうか?
そう聞き終える前に満面の笑みで遮られる。
「なんのことでしょう」
俺は思う。黒だ。