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フェンに棲む者

 フェンリル、フェンに棲む者。


 北欧神話に登場する狼の姿をした巨大な怪物。


 神々に災いをもたらすと予言され、ラグナロクでは最高神オーディンと対峙して彼を飲み込んだ。


 俺が知っていることはそれくらいだが、もしこの世界にフェンリルと言われる魔獣が存在し、俺の元居た世界と同等の存在であるというのなら。


 それは恐ろしい脅威だ。


 だが、この世界は俺の元居た世界とは別の世界。


 俺の世界の神がこの世界に名前を轟かせていないのは当然といえば当然だ。


 討伐会議を終え、本を探し、与えられた自室に戻った俺はアイシーを部屋に呼んだ。


 話をするためだ。話の内容はもちろん。フェンリルについてだ。


「俺の世界の神話に出てくる名前を冠した魔獣だどちらにしても油断はできない」


「そうですね。なにせこの世界にいないはずだとはいえ、神話に出てくる狼の名前をつけられているくだいですから」


「でもなんで俺の世界の神話に出てくる狼の名前なんてこの世界の人達が知っているんだ? たかがこの本の著者の冒険者が勝手に名前をつけたって書かれてあったけど、パーティ内の身内でそう呼ぶだけにとどまるだろう。よっぽどの実力があって名前の通っている冒険者じゃないと、パーティ内でのローカル名前なんて街や国に広がるわけがない」


 そう、新種かも知れないような魔獣や強い上級魔獣には固有で名前をつけるものだ。


 だがほんの内容を読んでいるとどうもパーティ内で読んでいた仮名的につけたフェンリルという名前が国中に浸透しているようだ。


 そういうとアイシーのアホを見るような表情が変わった。


「何言ってるんですか? 当り前じゃないですか」


・・・・こいつ当り前と言ったぞ。


「私が何百人も日本人とかを送り込んでるんです。」


「・・・何百人ってのは初耳なんだが」


「そりゃそうでしょう、いきなり私を無理やりこの世界に連れてきたんですから、説明する暇なんてなかったですよ。っていうか気づいてると思ってました」


 ・・・・これはもしかして。


「もしかして、それ日本人とか北欧神話に詳しい日本人以外の外国人とか連れてきてません?」


「もちろんです。それが天使としての仕事でしたから。その仕事で実績と経験を積んだら大天使に昇進できたはずなんですが、エイチさんに連れてこられたせいで、この世界で暮らすことになりました」


 つまりあれだ。

 

「アイシーの送り込んだチート級の武器を貰ってこの世界に来た北欧神話やらなんやなに詳しい人間が冒険者として討伐していたら、狼型の巨大な魔獣に遭遇してそれをフェンリルって名前をつけたということか」


「おそらくそんな感じでしょう」


「よかった。本物の神話級の怪物じゃなくて。少しだけ安心しました。神話に出てくるような化け物だったら対処できるか不安だったんですよ」


 正直安心した。そりゃ神話に出てくる怪物なんて相手にしてられるか。


 でも油断はできない。


 なにせ相手は神話に出てくる怪物の名前を付けられたほどの魔獣だ。


 俺の魔術がどこまで通用するか。それなりに覚悟はしておこう。


 魔獣の群れの接近までまだ時間が数日だけある。


 今のうちにパーティメンバーと騎士団に今回の作戦を実行するためにこの本を読んでフェンリルに関する情報を集めて準備をしなければ。


 さて、フェンリル討伐記の続きを読もう。


 なになに。


「神々しいまでの天子様に賜った聖剣は、今までに戦ったどんな上級魔獣も一刀両断し、断面は見事に氷結し、あらゆる全ての物も魔獣も切り裂いてきた。だが切れなかった物が一つだけあった。魔獣フェンリルだ。最高位ランクの冒険者として討伐に向かったが攻撃が一切効かずなすすべなく撤退した。まるで幻影でも斬っているかのような手ごたえのない感覚だった。私はもうなすすべなく撤退した。ほかにあの魔獣フェンリルに対抗できる人材がいるのだとしたら、かつてこの世界に存在した無名の大魔獣使いくらいだろう』


 幻覚ってことは本体が別にいるってことか。それともそもそも本体もいない精霊的な存在なのか。


 魔獣使いしか対抗できないって、飼いならせるとでも思っているのだろうか? それとも上級魔獣をいとも簡単に飼いならせるほどのテイマーなのだろうか。


 それにしてもこの本の著者は、かなりの腕前の冒険者だということがわかる。それなりの数の上級魔獣中級魔獣の討伐に参加しているみたいだ。そしてそんな人物が人生の大半をフェンリル討伐に捧げたようだ。だが、彼の名前は無名の名魔剣士といったところだ。


 フェンリルが居なければ、彼は魔獣を討伐しまくり国の英雄にでもなったかもしれない。


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