2.
さぁどうしよう。
あわあわしていると、日向さんとペアを組む谷岡さんが見かねたのか「あがってもらってお話し聞いてみて」とアドバイスをくれた。
今日は運悪く新規のお客様について相談できる人が出払っていたから、ありがたい助言だった。いつも優しくおだやかな谷岡さん。あとでお礼を伝えねば。
「あの、よろしければ、あがってお話を」
スリッパを二人分出して、応接室に案内する。その間にも、お二方の応酬は止まらない。
普段ならパーテーションで仕切られた応接セットの一画に案内するけど、こんな様子なので許可を得て応接室へ。一応顔見知りらしいから、二人一緒で我慢していただこう。
「お客様、本日はどのようなご用件で……?」
椅子に座ってお互いにそっぽを向いているお二方。勇気を出して声をかける。
新規のお客様は、法人か個人事業主だ。他だと……、なにかあったっけ? そうそう、あとは確定申告をお願いしてくる人もいる。普段はしないけど、土地を売ったとかね。
いや、もしや相続?! 二人は親戚で喧嘩中とか?!
確定申告の時期はとっくに過ぎたけど、ぱりっと美人さんは投資とかしてて確定申告を依頼したいとか言ってきてもおかしくなさそうだし、おっとり美人さんは細々と営む趣味の飲食店の記帳代行の依頼とかしてきそう、と色々なイメージが膨らむ。
相続だと……想像したくない。
ちょうどそのとき、ドアがノックされてお茶を乗せたお盆を持った押井さんが入ってきた。
いらっしゃいませ~、と湯呑を出されると、お二方はさっきまでの棘はどこにいったのか、「ありがとうございます」と声を合わせてキラキラスマイルに。
声が重なったときだけ一瞬ぱりっと火花が散ったけど、ものすごく素早い変わり身の術に私は苦笑いをこらえる。
皮肉の応酬は所内のみんなに聞こえていただろうから、押井さんは気にはせずも興味ありげな視線を残して出て行った。
ちなみに押井さんもベテラン職員さん。ばっさり揃った艶のある髪に、眼鏡がやわらかさを与えて、おしゃべりすると楽しい素敵な人だ。
さて、お茶を一口飲んだお二方が顔を上げた。
「「八幡さんに会いに来たのよ/来たんです」」
語尾は違えど言っていることは同じ。息ぴったりだな。
え? ちょっと待て、私に会いに?
首を傾げていると、
「「息子から噂を聞いて/聞きまして」」
またもやハモったお二方は眉間に皺を寄せてお互いを睨む。
「息子さんに?」
さらに覚えがなくなった。だって子供に相手したことなんて、一度も。
ん? もしかして。
あ、という顔をした私を見たお二方はにっこり笑った。
「「息子は鬼押出し園に通っているのよ/通っているんです」」
ふぁさ、ぴこん、と頭に耳が立った。
ぱりっと美人さんは、ちょっと尖った三角の耳。机からは、私の席からは、ふさぁっと豪華な尻尾が見えている。艶のある白銀色。
おっとり美人さんは、丸っこい耳がぽこっと見えて、ぽってりとした茶色のきれいな尻尾が。
「狐さんと狸さん!」
このお二人も、人ではなかった。
そして正体を知った今、なんとなく、仲の悪い理由を察する。
「驚いても怖がらないのね」
「やっぱりここに来てよかったです」
ぴりっ
なにか話すごとにぴりぴりとした空気を発するのだけはやめてほしい。こんなに見た目は癒し系なのにもったいない。
それはともかく、要件を聞かなければ。要件を。
「「夫/旦那の確定申告をお願いしようと思って/思いまして」」
ぴりりっ
私が感じるこの気持ちについては、以下省略としよう……
「申し訳ありませんが、新規のお客様について、私にはお話しを進められる権利がございません」
今日は全員出払ってるんだよ~ん。しくしく。
「後日こちらからご連絡を差し上げますので、相談の日時についてはお電話で、ということでもよろしいでしょうか?」
お二方は、わかったと連絡先を置いて、ひとまずお帰りになった。
狐さんは、狐坂百合子さん。大手化粧品メーカーの販売部門主任という名刺を残した。
狸さんは狸塚カンナさん。手書きのメモをいただいた。
お二方の旦那さまは二人とも飲食店を営んでいるという。
相談の日時がかぶらないといいなぁ、というのが私の正直な感想だ。
どっと疲れがのっかった。