6.
認定こども園「鬼押出し園」の新規関与が決定し、そこですぐ解散となった。
――私以外。
連絡係の担当に任命され、所長の承諾を得てしまった私は、その方法について説明を受けることになったのだ。
本性は鬼である園長先生と理事長先生。所長たちには言えない連絡手段なんだろうな。
「私、副所長のおっしゃったとおり、車の運転できないんです」
通勤はバスと徒歩。しばしば父の送迎。
お客様のところへ出かけるときは、ペアでお仕事をさせてもらっている沖さんに連れて行ってもらう。
「うちまで来てくれんでいいんさ、おれらぁほとんど園にいねぇんでな」
「というと、普段はどちらに?」
「「地獄さ」」
「……」
当然だろ、とでも言いたそうな目。
じごく……そうだよねぇ、鬼だもんねぇ、獄卒ってやつ?
「獄卒じゃねぇぞ」
私の思考回路を読み取ったかのように、理事長先生が言った。
「でも住所はそこなんだいな。仲間も大勢いるしなぁ」
へぇ、鬼さんにも住所ってあるんだ。地獄の住所名、気になる。
「園にいるときゃ連絡は電話ですっから、書類取りに来てほしいときゃぁ地獄へ来てくれ」
「はい?!」
そんな、遊びにおいで、みたいなノリで、地獄に来て、なんて言わないでください!
ってかどうやって行くの? 地獄だよ?!
帰って来られるの?!
“逝く”になっちゃったりしない??
「場合によっちゃ園のほうに呼ぶから」
いやいや、だからどちらにしても行けませんって。
「ほれ」
ちゃりん、と目の前に出されたのは、鍵。
「鍵じゃ」
はい。どう見てもそうですよね。絵に描くような、ザ・鍵ですってかんじの形。真鍮ってやつ?
ただずいぶんと大きいようで。
つい手に取ってしまったら、ずっしりと重たかった。
「それをどっかの空間に差して、地獄へ! って言やぁ扉が開く」
「どこでもドアならぬ、どこでも鍵だ、はっはっは!」
えーっとぉう?
「とりあえずやってみぃ」
促され、立ち上がって目には見えない扉に鍵をさしこむつもりで
「地獄へ」
小さく声に出して横にまわす。
ぶわっ
「?!」
はまって、まわった感覚があった。
そして見えた景色。
すぐに抜いて、ない扉を閉めて背中を向ける。
――あれが、地獄。
鬼のお二人は机に顔を突っ伏して笑っている。腹を抱えて。がんばって声を押し殺してますってかんじ。
こちとら心臓ばくばくだっていうのに!
「子ども園へって言やぁそっちへつながるから」
「先にそっちで試させてくださいよ!」
「使い出すっつったけど、それは理由づけさな。運転できねぇんに行ったり来たりしちゃぁ不自然だろ」
たしかに。
ってことは、呼ばれたら、基本的にこれ使って自分で来てね、と。
手のひらにある鍵がより重みを増した。
「嬢ちゃんにしか使えねーようにしてあっから」
「そーんなに使う機会なんかあらしねぇよ」
「あの……私で、いいんですか?」
問いかけに対し、お二人が、ん? と首を傾げる。
「私じゃなくても、ふさわしい人が」
私のかわりなんて、たくさんいる。
大事な仕事を、私なんかに任せていいのか。
お二人が笑う。
子供をあやすような、優しい顔で。
「わしらはなえりちゃん、えりちゃんが、いいんさ」
「嬢ちゃんがいてくれてよかった」
ぽん、と頭に乗せられた手は、大きくて温かかった。
もっと、役に立ちたい。
必要としてもらえるのなら。
私は、鬼さんの担当になった。
「浅間のいたずら 鬼の押出し」
鬼押出し
群馬と長野の県境に、絶えず煙を上げている浅間山が天明3年の大噴火に熔岩を押し出し、幅2粁・長さ5粁にわたって流下した。それが風雨にさらされて怪奇な姿で積み重なっているのが鬼押出しの奇観である。
所在 吾妻郡嬬恋村
交通 軽井沢から草津交通バス
中軽井沢から西武バス
浅間山 海抜 2,452M
「上毛かるた」読み札「あ」裏面引用
浅間には行ったことがあります。夏に行ったのか、そこで食べたかき氷がとてもおいしかったことが頭に残っています。小さな熔岩の石を持って帰った覚えもありますが、どこに行ったのか。
お仕事×和風ファンタジーを、上毛かるたを無理矢理交えて紡いでいきます。
職場に鬼が来た! でも所長には鬼に見えていないようで……?
そこからえりの仕事環境は変わっていく。
甘ちゃん社会人、えりの仕事と生活は、どう変わっていくのか。
えりの仕事について、本職のかた、違うところや思うところがあっても広い心で見逃してくださいませ。