2.
朝、事務所に到着すると、四人くらいの人がすでに来ている。私は女性のなかでは一番乗り。バスの時間があるから、自分で時間調整はできない。
冷たくなってきた空気に、そろそろジャケットから薄手のコートに変えてもいいかな、と思う。手袋とイヤーマフの装備が必要になるのもそう遠くはないだろう。
ロッカーで事務所の名入ジャンパーに着替えると、手洗いうがい、荷物の整理をし、コピー機の紙の補充をする。
そのあとは本を読んで時間まで待つ。
それってマナー違反、またはアウトじゃないか、と思う人もいるだろうな。でも私はそうとは思わない。始業前の掃除は早くに始めるし、始業のチャイムが鳴る時にはすでに仕事を始められる状態に整えてある。それよりさらに前の時間をどう過ごそうが、個人の勝手でしょ。
たしか労働時間外の強制労働を強いるのは、労働基準法の違反だぞ。
というわけで、リュックにしまってある本を開く。持ち歩くのは小さくて軽い文庫本がほとんどだ。
読み途中のページが、ぱたんと開く。赤い紅葉がお目見えし、ふふっと気持ちも向上。
あの二人がくれたしおりは、とても役に立っている。文庫本には、ハードカバーの単行本にあるようなひものしおりはついていない。前までは貸出リストのぺらぺらの紙をしおりのかわりに使っていたけれど、今はこれがある。なにより、心があたたまる。
いつか、なんらかの形で、二人にお礼をしなくちゃね。
誕生日は知らないから、クリスマスプレゼントにしようか。
しおりの前にはお守りと言って手作りの勾玉をもらっている。
たしか、今度お母様たちが来ると言っていた。そのときにこっそり、二人の好みを聞き出しておこう。うん、それがいい。
そんなことを考えていたその日。
電話の内線がつながった。沖さんは出掛けていてここにはいない。イコールこれは私への電話だ。
「はい」
「そば処の男性の方から一番にお電話です」
「はい」
男性? 朔太郎さんかな?
「お電話変わりました、八幡です」
「えりさんお久しぶりだね。元気にしてた?」
「ご無沙汰しております。お陰様で元気です」
随分前だが、気落ちしていた私をなぐさめてくれた、雷と風太のお父様たち。そういえば、直接会ったのはあれが最初で最後だ。
「今日、資料を届けに行ってもいい?」
「はい、お待ちしております」
珍しく、朔太郎さんが来てくれるらしい。そういえば今日は火曜日。ぽん朔さんの定休日だ。
十五時ごろ、と言って電話は終わり。応接室の予約をしておこう。
「こんにちは」
よく通るしゃきっとはりのある声が、十五時ぴったりに響いた。
受付の人に大丈夫ですと合図し、カウンターにかける。
「こんにちは、お世話になりま、あ、銀さんも!」
なんとプラチナディッシュの銀さんもご一緒だ。
「ご無沙汰しております」
その節は大変お世話になりました、と心の中で思いながら、ぺこりと頭を下げる。
「どうぞ、奥のお部屋へ。お時間いただいてもよろしいですか?」
「大丈夫~」
「せわぁねぇ」
お二人を応接室へお通しする。お父様たちは、子どもと同じで一緒に来る人なんだなぁ。
「銀さん、お店はお休みなんですか?」
「うーん、まぁ、ちょっと空けてきちゃった」
てへへと笑う銀さん。きっと誰かに店番を頼んできたのだろう。
「さっくんが行くって言うからさ。一緒のほうが手間取らせないかなって思ってネ」
朔太郎さんのほうから行くことをほのめかしたのか。
あいかわらず、仲がいいらしい。あの飲み屋さんで話し合ったんだな。
お母様方は違うらしいけどね。




