4.
この人たちは本物の鬼なんだ、と認識するとともに、強ばっていた体からすーっと力が抜けた。
「最初に鬼言われたときゃぁたまげたわ」
「うまく化けられてねぇんかと思ったいな」
たまげたのは私のほうです。
「嬢ちゃんは化けもんとか妖怪とか、そうゆうんは信じとるんか?」
と、赤鬼の園長先生。
「あ、はい。霊感とかそういうのとはご縁はありませんが、神様とかあやかしとか、きっといる、いたら楽しいなって、思ってます」
そういったファンタジーの本が大好き。
それがたった今、“きっと”はなくなったわけで。
「だぁからわしらんことが本当の姿で見えたんだな」
青鬼の理事長先生は納得のご様子。
和風でも洋風でも、ファンタジーは大好き。この歳になっても、好きなものは変わらない。
「まだそういう子がいるんは、嬉しいこったい」
うんうん、と頷き合うお二人に、私は疑問をふっかける。
「お二人はなぜ、うちに……人間の会社に?」
ここに来るということは、会計とか税務とか、そっち関係の相談が目的のはず。でもそのルールは、人間の住む世界だけにあるもので、鬼さんには関係ないのでは。
「わしらはなぁ、人間の世界に保育所作ってんだ」
「保育所じゃねぇべ、認定こども園だ」
理事長先生の答えに、園長先生がつっこみ。
「だかんなぁ、こっちのカンサっつうんが必要なんさね」
うちの所長たちは公認会計士の資格を持っている。学校法人や幼稚園などの利害関係者に対して、第三者として財務報告の信頼性を証明するのが監査……だったと思う。確か。多分。きっと。そんなかんじ。詳細は各自お調べくださいまし。
とにかくだ、私が勤める税理士事務所のなかに、会計事務所を持っているのだ。ちなみに私は会計事務所のほうの仕事にはまったく関与していない。
「でも、どうしてわざわざ」
「人間の住む世界になんておかしいと思ったんべ? でもなぁ、おれらぁ子供が好きでなぁ」
妖怪の生きられる世界は減っているという。今後生きていくために、人間の世界に溶け込むための術を教えているとのこと。狭まりつつある妖怪の世界では、苦しい思いをしている妖怪の子供が多くいるそうだ。
そういった妖怪の子を見ているのが痛ましく、人間の世界でも暮らせるように、または馴染めるように、「鬼押出し園」を設立したという。
「これが他の働く仲間たちにも好評でな」
けっこう大規模なんだとか。
仲間というのはもちろん妖怪のことだ。
働くって、どこでだろ。
「人間の子もいる」
「ええっ?!」
「ほら、人間の子にも保育園とかに入れねぇ、待機児童だっけか? そういうんがいんだんべ」
「はい」
「うちで丸ごと預かっとるんじゃ」
「子供は心が広い。なぁんでも受け入れられる。まだうまく化けらんねぇ妖怪とも仲良く遊んでんぞ」
人間の子供と一緒に生活することで、妖怪さんたちにもメリットがあるわけだ。
「ま、人間の入園にはちったぁ選別はするがな」
妖怪に拒否反応が出そうな人間は意図的に、抽選はずれとするそうだ。ちなみに親御さんたちには、妖怪はみんな人に見えるよう術をかけているのだそう。なんかこの人たち、すごい鬼さんなんじゃ?
「子供が社会のせいで辛え思いをしちゃぁなんねぇ」
「そんでおれらが人肌脱いでるってわけよ!」
最初は監査など、人間の法になんて気を遣わずにやっていたという。人間の子が通っていても、そのへんは鬼さんたちの力でなんとでもなるらしい。
しかしせっかく人間の生活に寄り添おうとするならば、子供たちにだけでなく自分たちもそうするべきと考えた。
そこでうちに、依頼にやってきた、というわけだそうで。
うちは税理士事務所。だけど所長たちは公認会計士だから会計事務所の看板も立てていて、税理士にはできない監査の仕事もできる。そのへんの違いを――私もよくわかっていないけど――知らずに税理士事務所のほうへやってきたお二人は、運が良かったともいえる。
私も会計士と税理士の違いとかはよくわからない。監査って、具体的になにやってるんだろう?
税理士登録を目指す私にとって、近いけど隣にあるだけで違う世界。
鬼さんたち妖怪の住む世界と同じ。近くにあるけど、よく知らないんだ。