3.
行き帰りの車の中、特にこれといった話題がなければお互いに無言。
気まずいとか、そういう空気もないので無理に話すことなく目的地に着ける。おしゃべりは好きだけど苦手な私にとって、沖さんの運転する車内は嫌だと思わない空間だ。いつも聞いているのか、つけっぱなしになっているラジオが流れているのも良い役割をしているのかもしれない。
沖さんは喫煙者だ。外出して帰ってくると、外にある吸い殻を捨てるところで一服している。私は先に、事務所の入り口で下してもらう。
「ありがとうございました」
ぱたんとドアを閉め、今度は事務所のドアを開ける。さらにドアの取っ手に手をかけて、「ただいまもどりました」と靴を脱ぐ。
――のがルーティンなのだが、今日は中に入る前に、ガラス越しに人の姿が見える。お客様なら邪魔をしないよう、すすすと静かに入っていかねば。
しかし。なにやら様子が変だ。
今日の受付は双葉さん。ちょっと困ったような笑顔。
お客様は一人、かと思いきや、ふたつめのドアを開けるともう一人、カウンターにどしんと乗っかっている男の子の姿。
「ねぇねぇ姉ちゃん、上げてくんない?」
「オレらの担当が来るまで遊んでよ」
黒のしっとりサラサラヘアと金色のつんつん頭。中学生くらいの背丈。
「ですがお客様、えっと、まずお名前を」
「だぁかぁらぁ、それは来ればわかるってば」
「すぐ帰るからさぁ」
「雷、風太……?」
二人がこちらに振り返る。いつもと違ってたって、わかる。
「あ、えり姉!」
「用があったのにさぁ、この姉ちゃんがなかなか」
「なにやってんの――――――――!!!!!」
怒声が所内に響き渡った。
二人の背中がびくっと跳ねた。
「お、おれたち、ほんとに用があって」
「待たせてもらおーと思っただけ、なんだ」
「黙らっしゃい!」
「「ひぃっ」」
二人が両手をつかみあって飛び上がった。
「双葉さん、この子たちがご迷惑をかけて、申し訳ありません」
「あ、いえ」
「応接室、お借りしても大丈夫ですか?」
「あ、はい」
「この子たち、引き取りますね」
「あ、はい……」
スリッパを履かせて所内に入ると、背中を押して応接室に二人を突っ込んだ。
「ちょっと待っててね」
二人は怯えた顔のままこくこくと頷いた。
よし、まずは預かったお金を幸村さんに渡して、ファイルとか片付けて。話はそれからだ。少しくらい待たせたっていいだろう。
「ただいまもどりました。それと、お騒がせして申し訳ありませんでした」
ホワイトボードの帰所予定時刻を消しながら、いつもと変わらずに片付けなどをする。
そんな私を、双葉さんは、頭の中にクエスチョンマークをいっぱいにして見ていた。
さっきあの子たち、八幡さんが背中を押して応接室に入れるとき、というか首根っこをつかまれて抵抗不可となったとき、猫、というか、狐と狸に見えたのは、気のせい?
あの子たち、たしか雷くんと風太くんだよね?
もっと小さくなかった?
それでもそつなく受付を続けられる双葉さんは、やはりベテランであった。
この間来たばかりだったはずのあの子たち。なぜ今日もやってきたのだろう。それになんで大きく見えたのかな?
私はごく普通の顔をしているつもりだったのに、それはやっぱりつもりであった。
一服を終えて事務所内に入ってきた沖さんが、
「八幡さん、なんか怒ってる?」
と聞いてきた。
「あ、はい、元気すぎる子どもをこれから叱りつけなければならないので」
「……」
なにがあったのかは、私が応接室に入った後に、こそこそとささやかれることになる。
さ、取り調べの開始だ。