3.
右手にコーヒーカップを乗せたお盆を持ち、左手で応接室のドアをノックする。
「失礼します……」
そこにいるのは、お父さんより少し年上くらいのおじさん二人。今度はどう見ても人間だ。角はない。
「コーヒーをお持ちしました」
上座に座るオオニシ様からコーヒーをお出しし、湯呑を下げる。お二人とも、「はいどぉも」と言って、砂糖を入れてすぐに飲み始めた。見た目によらず甘党らしい。いや、社会人男性のほとんどがブラック好きだというのは偏見か。
私はブラックでも飲めなくはないけど、甘いほうがいい。というか紅茶党だから自らコーヒーは飲まない。自分のカップにはすでに砂糖を混ぜてきているから、ちょっと親近感がわいた。
「ちょっと姉ちゃん、いつまで立ってんだ」
「そいじゃ落ち着いて話もできねぇ」
「す、すみませんっ! あの、名刺を、と思いまして……」
そしたら、はい、と手を出された。すぐに、ぐんまちゃん柄の絹製名刺入から名刺を出そうとすると、勝手に二枚持っていかれた。
「ふうん、えりちゃんね」
「かわいい名前じゃねぇか」
「ほれ、さっさとえんとしぃ」
促されるまま向かいに座ると、「へい」と二人の名刺が机の上に滑った。
「おれらんだ」
「頂戴いたします」
写真付きの名刺だった。お顔にはもちろん角はなく、日本人特有の黄褐色の肌。
次に会社名を拝見。
なになに、認定こども園「鬼押出し園」の園長先生に理事長先生か。
こども園のわりには園名がちょっとアレだな、と思うのは私だけ? 口には出さないでおく。
住所は浅間山のあるところ。そっか、それでか。ふぅん。
で、私の右前が大西曙雄園長で、左側が角田青二理事長。
「よろしくお願いします、大西様、角田様」
「ははは、かてェなあ。園長とでも呼んでくらい」
「わしは理事長でな」
普段から子供と触れ合う職業柄からか、ずいぶんフランクでいらっしゃる。それとも、私もその“子供”に含まれているから?
「ところで、お話、というのは」
園長先生と理事長先生が顔を合わせる。そして、にやっと笑った。叱責されるわけではなさそうだ。
安心していると、
「わしらは今、なんに見える?」
「はい?」
!!!!
目が飛び出るかと思った。コーヒー飲んでるところじゃなくてよかった~、だったら吹き出してた~、などとおちおち考えてもいられない。
二人が、鬼になっていた。
「あわわわわわわわ」
驚愕でうまく言葉が出ない。口だけ動いて言葉といえる声すら出ていなかったかも。口をぱくぱくさせて、水槽の金魚はいつも驚いているのかな。
「ほれ見い! やっぱし見えてんべ」
「こりゃたまげた! 不思議なことがあるもんだいなぁ」
「なぁんでわしらのことがわかったんか、からっきしさ」
「面白えなぁ」
かっちーん、と硬直している私をよそに、鬼さんたちはなんだか呑気な感じで会話を交わしている。まだ答えてないんだけど、私の眼にお二人が鬼として映ったことは丸わかりっぽい。そりゃそっか、この反応じゃ。
「なぁ嬢ちゃん」
「はいいいぃっ!」
「わしらぁ見てんとおり、鬼だがなぁ」
「はいぃ」
「おっかねかねぇんか?」
「はい?」
ああ、そういや驚いたけど、
「怖くは、ないです……」
「へぇ!!」
「なんでぇ?」
二人はどこか楽しそうだ。
「えっと? 優しい良い人に、見えるので?」
こうして笑って会話してるとことか。悪人(悪鬼?)には見えない。
「こりゃいいや!」
がっはっは、とこれまた盛大に笑い声が上がった。