2.
鋭い双眸がぎょろりとこちらへ突き刺さる。
「お、おおおおおおおおに、つのぉぉぉぉ……?!」
声に出てしまった。
なにかあると、顔や声に思い切り出てしまうのが私の悪いところで。
「八幡さ」
所長が険のある声音で私に呼びかけたときだった。
「がっはっはっはっは!!」
「わ――っははは! くくっ」
二人分の、野太く豪快な笑い声が応接室に響いた。
室内が揺れるかと思った。私も所長たちも呆気にとられている。
「姉ちゃん、わしらの名を知っとんのかい!」
「初めてだいなぁ? 超能力でも使えんのか?」
そしてまた、がははと笑う鬼のお客様は……って、あれ?! 鬼じゃない! 角は?
ごく普通のスーツ姿の、五十代くらいの男性だ。
あれ? あれれ?
混乱していると、
「おれぁ大西」
「わしは角田」
おじいちゃんのような親しみやすい口調と笑顔で名乗ってくれた。
「あ、あの……」
「八幡さん、お茶お願いしていい?」
お客様が気を悪くしていないことがわかったからか、私の不審な態度は今のところはお咎めなし、副所長からお茶を出すことを求められた。
混乱から解かれた私はどうにかお茶をお出しし、そそくさと退散。失礼しました、とドアを閉めるときにはもう、所長たちの会話は始まっていた。
ドアを閉める直前、オオニシ様とツノダ様と目が合った気がしたけど……気のせいだよね。うん、気のせいだ。
さっきのは幻覚だ、気のせいだ。と自分に言い聞かせながら台所に戻り急須を洗う。私、そんなに疲れてるのかな……。そういや今日はずっとパソコンの画面とにらめっこしてたし、目が疲れてるのかもしれない。うん、きっとそうだ。
コーヒーメーカーに四人分のコーヒーがあるかどうかも確認する。一時間くらい話が続いているときは、新しくコーヒーをお持ちするのだ。
コーヒーは十分にあったので、席に戻る。
ああ、さっきの言動については注意されちゃうだろうなぁ。
それは私が悪い。どんなことにも動じずに対応できなければだめだ。
中断していた月次入力をする手だけは、動きは変わらない。しかし気持ちはずっしりと重たい。
オオニシ、と名乗った鬼さんは角が一本の赤鬼だった。
ツノダと名乗ったもう一人は、二本の角の青鬼だった。
……気付けばスーツのおっさんだったけど。
どうなってるんだろう。
私にはそこまで難しい処理は任されていない。もう三月決算の確定申告の最終的な処理も終えて、そこまで忙しくないし、疲れのせいで幻覚を見るとか、私に限ってありえない。
って、ありえないじゃない、たまにはあってもいいでしょ、たまには。
もしかしてもしかすると……?
わぁ、そうしたらなんだか楽しくなりそう。
なんて思っちゃったりして。
入力しながらちらちら時間を確認する。
コーヒーは必要になるかな。お帰りになるときは、こっそりお姿を見ておこう。
がちゃ、という音の後、「ではお待ちくださいねー」と所長と副所長が応接室から出てきた。資料か書類かなんだかを用意するのだろう。
まっすぐに自分のデスクに向かうと思いきや、所長たちはすたすたと私のほうへやってくる。コーヒー淹れてってことかな?
「八幡さん」
「はい」
声をかけられる心の準備はできていたので、落ち着いた返事ができた。
「さっきのお客さんがね、八幡さんと話したいんだって」
「えっ」
驚き。なぜ。
「さっきの、失礼を、お詫びしなければ……?」
恐る恐る尋ねると、「そうじゃないから」と副所長が否定してくれた。
あ、違うのね。ちょっと安心。
ん? じゃぁなんで?
「なんかね~、三人で話がしたいんだってさ」
「三人、ですか」
お二人なしで、お客様二人対私オンリーってことですか?
「とりあえず、コーヒー持って行ってきて」
「はい……」
コーヒーの準備に急いで台所へ。
やらかしてしまったことに対するお叱り、ではなさそうだけど、鬼じゃなくてもやっぱり、初めてのお客様と理由もわからずに応対するなんて、怖いよぉう。
残念ながら、怖くても助けてくれる人はいないのだ。