2.
ぶへっくしょん!
盛大にくしゃみが出た。
今はなんの花粉の季節だっけ。
へぷしっ、とかわいく女の子らしさ溢れるくしゃみの仕方を私は知らない。まあ、知ったところで私なんかに似合わないし、入所直後はほんの少し気を遣ったけど、もうそんなこと気にしなくなった。
ずびーっと音をたてて洟をかむことさえまったく気にならない。
一応、二十代の女性なのですが。
似合わないことに力を注ぐのは気力の無駄だと、言い訳をつけて諦めている最近である。
もちろん、お客様の前ではちょいと気を付けるし、どこであってもエチケットは守る。
もう一度ちーん、と洟をかんで、向かうのは源泉徴収所得税の納付書だ。
源泉所得税は、給与などから徴収して納付する国税の一つ。労働者から事業主が預かり、それを事業主が納めるのは特別徴収。個人が納める普通徴収というのもあるけど、国は特別徴収を推奨している。
支給した翌月の十日までに納めるのが原則だけど、労働者が少ない場合とか、一定の条件に合う場合は半年に一回、六か月分をまとめて納付することができる制度がある。届出が必要だけど、小さな会社にとっては多分便利な制度といえるのだろう。毎月やらなくていいって点で。ほかでは知らないけど、うちでは略して“納特”と呼んでいる。
ただし、半年に一度、つまり年に二回なので、忘れてしまうことがちょいと心配なところでして。私が入所するより前に、忘れてしまったところが実際にあったとかないとかを耳に挟んだことがある。
一月から六月分を七月十日まで、七月から十二月分を翌年一月二十日まで、という期限。
ただ、それには普通の給与分だけでなく、司法書士さんや社労士さんなどに支払った分の報酬から徴収した分の源泉所得税も含まれるから注意が必要だ。
納特を使う会社は、毎月徴収する給与分の源泉所得税の金額が同額の場合が多い、と私は思っている。なんとなく、担当しているところがそうなんだよね。
あとはその他の預かり分を忘れなければいいんだけど、たまぁにお客様のほうが、報酬があったことをちょいちょいこっちに伝えるのを忘れていたりするから要注意。特に六月支払い分。
で、現在私は納付書を一枚書き直し中。
六月分の月次処理は七月にする。だから六月支払い分は特に忘れがち。たまに帳簿に書き忘れ、とかがあったりするから。やめてくれ……。
これこれこういうのはありませんか、と六月中に訪問したときにはもちろん伝えてあるし、電話でも確認する。それでもやっぱり、漏れというのはあるときはあるもので、あとからファックスで請求書が送られてきたりするんだよね。
つい昨日、納付書を書いて送ったばっかりだったのにぃぃ。
しかも不運なことに、納付書が終わってしまった。
納特の会社に送られる納付書は一年で三枚くらいだったかな。そりゃそうだ、年二回の納付なんだから、そんなに多くは用意しない。お国はけち……ごほん、紙の節約ですな。
納特のお客様からは納付書をすべてお預かりしている。でも今回はストックがなくなってしまった。ぎゃぁぁぁ。
というわけで税務署に依頼して、作成してもらうことに。
六月末にはすべて終えていることなのに、そんなこんなで七月になってしまったのである。郵送での到着が期限ギリギリになってしまっても、そこはお客様七割、こちらに三割くらい? の非があるということで、我慢してもらおう。
とりあえず、その他の会社さん、個人さんは全部終わったし、よしよし。
沖さんに確認もとった。
気を抜いてないし浮かれてもいない。
きちっとやることはやった。これで大丈夫、これで。
……大丈夫、だよね?
あの件から、申告をしたかどうか、納付書を書いて渡したかどうか、毎月確認して沖さんに報告、ダブルチェックしている。そこに穴があれば連帯責任。
でも、今回は大丈夫、のはず。
自信が持てない。
絶対、なんて言葉、使えない。
でもでもでも、よし、この目の前の納付書は、書けたぞ。
ん……?
あ―――――っ
へっくしょんしたときに手が滑ったのか、三枚つづりの納付書がぺりっと一枚、剥げていた。
あ゛―――――……書き直しだ。
ま、こういう失敗なら、よし……かな?
ぶーん、ともう一度洟をかんで、二枚目にとりかかった。
ほんと、なんの花粉だろう。