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あけぼの税理士事務所のあやかし担当  作者: ぬりえ
あさまのいたずら
2/199

1.

 カタカタカタ、とキーボードを叩く音と、誰かが上司になにかを報告する声と、その他もろもろが耳に入ってくる。

 私のもとから発せられる音は、日計表をめくる音が時折、あとはほぼテンキーを叩く乾いた音。特に言葉はない。

 しゃべるのは必要最低限に抑えたい。口は禍のもと、って言うもんね。


 私は八幡(やわた)えり。二十六歳。ここ、あけぼの税理士事務所に勤めるごく普通の職員。ただ、大学院を修了してからの就職だから、社会人三年目に入ったところで、同い年の友だちとだいたいとは社会人としての経験からすると二年後輩になる。


 税理士事務所とかそういう会計系の仕事をしていると、稼いでそうとか、頭よさそう、とか、良い意味でも悪い意味でも、なんかそんなイメージが浮かぶみたいね。ですがみなさま、正直申し上げます。少なくとも私自身は、そんなことまったく全然さっぱりございません。

 あ、あくまでも勉強から実務に入ってみた私個人の印象ね。強調しておきます、あくまで、個人の、印象です。

 私みたいな能無しのちんちくりんは評価も低いし、仕事もできない。頭も要領もよくないから、難しい仕事は任されない。世間一般のイメージは、少なくとも私には当てはまらないということ。


 毎日がんばってるつもり。でも最近、私はここにいていいのかな、と心配になることがある。

 辞めたいと思ったことは一度もない。これは事実。だって、私みたいのを雇ってくれるところなんて、他にはないと思うから。


 嫌だと思ったこともない。それに私は、ここはいいとこだと思ってるから。

 少しでも迷惑をかけないよう――役に立てるよう、ではなく――毎日やるべきことをするのが私の仕事。



 大丈夫、えりちゃんはがんばってるよ。

 今より少しでも成長できるよう、また一つがんばって。



 そう応援してくれる親がすぐそばにいる私は、本当に幸せ者だ。





 ういーん、と自動ドアが開く音がした。


「いらっしゃいませ~」


 誰かお客様がいらっしゃったらご挨拶。うん、お客様のようだ。

 たまに、「戻りました」の一言もなく出先から戻ってくる人いて、お客様と間違えていらっしゃいませって言っちゃうことがあるんだよね。声出ししてほしいデス。別にそれくらい気力も体力も使わないんだし、ネ。


 今日の受付当番さんが、応対のために入り口まで出て行く。

 応接室に案内しているところを見ると、ちょっと重要なお話をするんだろうな。

 月次処理の入力を進めながらなんとなく思っていると、今日の受付当番の双葉さんが所長と副所長を呼びに来た。

 その後、


「八幡さん、今日、お茶当番ですか?」


 双葉さんはふわふわしていて、とてもかわいらしい印象の女性職員さん。こんなに美人でかわいくて若いうえ、さらに上司から頼られるベテランさんだ。いつも、私にはまったく理解のできないなにかの処理を、難なくこなしている人。憧れちゃうな。


 あ、そうだった。


「はい、そうです」


 立ち上がると、「お客様二人の事務所二人、応接です」と伝えられた。


「はい」


 お茶当番は、事務所にあがったお客様にお茶をお出しする、女性の役割。男性は当番に入らない。女性にお茶を持ってきてもらえるほうが、やっぱりお客様としては嬉しいのかな? それとも台所の仕事は女、みたいな風習が今もあるとか? うーん、わからん。でもな、私がここへ就活の面接に来たときにお茶を出してもらったけど、女性の優しい声に安心した覚えがある。重いものは男性が積極的に持ってくれるし、適材適所ってやつかな?


 台所に行って急須でお茶を淹れる。今は五月だから、まだ温かいものでもギリギリセーフ? 夏は業務用のティーサーバーで麦茶を用意する。


 四人分の湯呑を用意して、とぽとぽお茶をつぐ。玄米茶のほんのり香ばしい香りが立ち上る。良いお茶っぱ使ってるんだよなぁ。

 茶たくをつけるのはお客様用の二つ。

 お茶がまわっていないか湯呑を確認してっと。

 お盆を持ち上げて、さて応接室へ。


 いらっしゃいませ、とお茶をお出しして退散するだけの仕事なんだけど、未だ慣れないこの作業。緊張してしまう。特に事務所の人が所長アンド副所長のツートップだし。

 ふう、と一息ついて、こんこんこん、と応接室のドアを叩き、「失礼します」とドアを開いた。


「??!!」


 お盆を落とさなかった自分を褒め讃えたい。

 びくっと飛び上がった私を、ドアに背を向けて座る所長と副所長は見ていなかった。けど入ってきたのにお茶を運ぶ様子のないことを不思議に思ったのか、二人がこちらを向いた。

 訝しむような視線。


 いや、そんなお顔しないでください!

 固まってしまう私のほうがごくごく普通の反応ってもんでしょう?!

 どうして所長も副所長も、さも当然のように応対しているんですか?!


 私はまじまじと、でもびびりつつお客様のお顔を見る。


 お客様お二人の頭には、私にはないものがあった。


 ――角。


 角が生えていた。


 鬼、だったのだ。


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