二人の朝食
誤字があったらすみません
冬美ちゃんの服が乾くまでの間、私の服を着てもらう事にした。当然ながら私の服のサイズは全く合わず、ズボンがいらない程にダボダボだった。なんというか、とてもいけない事をしている感じがある。普段は見えない白い肌に浮き出ている鎖骨が見えてしまう危うさ。私が普段着ている服を素肌の上に着ているという事実。私の理性は崩壊寸前だ。
しかし、私は耐える。何故なら、さっきお風呂場で話した事が全て台無しになってしまうからだ。あんな風に偉そうに言っておいて、一時の気の迷いで襲ってしまえば、冬美ちゃんの信頼を失ってしまう。例え冬美ちゃんが許したとしても、私は私を許さないだろう。
だから私は耐える。冬美ちゃんの服が乾くまであと30分程。それまで耐え抜けば、私は勝てる!
「……先生の匂いがする……先生に抱きしめられてるみたい」
駄目だ、負けそう。この子は一体何を考えて発言し、着ている私の服を抱きしめるようにしているのだろうか。私だと思ってやっているのだろうか? だとしたら、冬美ちゃんはとんだ小悪魔だ。
「先生のベッド……ここでいつも先生が寝てるんだ」
そっか~、ベッドに寝転んじゃうのか~、抱きしめたいなこの小悪魔……はっ!? いけないいけない! 危うく行動に移すところだった。前へ伸ばしたこの右手が何よりの証拠だ。
冬美ちゃんの一挙一動が私の理性を殺しにかかってくる。このまま傍観するのは得策ではないわ。何か会話をして、少しでも時間を稼がないと。
「冬美ちゃん、朝ご飯は食べた?」
「まだ食べてないよ」
「そっか。じゃあ、先生が簡単に作るわね」
「じゃあ私も手伝いたい!」
「ヒョッ……!?」
駆けよってきた所為か、冬美ちゃんの匂いが突風の如く襲い掛かってきた。シャンプーの匂いと冬美ちゃん自身の匂いが見せたビジョンは、雲一つ無い晴天の下で咲き誇る花畑。そこには悲しみも苦しみも無く、ただただ安寧に包まれている。あぁ、このままこの安寧に身を委ねてしまいたい……ッ!?
「この腑抜けが!!!」
「先生!?」
あ、危ない! 咄嗟に自分の頬を殴らなければ、私は幻の安寧から戻れなかっただろう。あれは安寧ではない、あれは地獄への入り口だ。
「冬美ちゃんはここでテレビでも見てなさい。先生がパパッと作っちゃうから」
「う、うん……先生、頬痛くない?」
「必要な痛みよ。大人にはね、時に自分へ罰を与えなければいけない時があるのよ。自分が自分でいられる為にもね……」
「そ、そうなんだ……大人って、大変だね」
「冬美ちゃんも覚悟しておきなさい。子供から大人になるのは、あっという間なのだから」
去り際に髪を手でなびかせ、私はキッチンへと向かった。良い感じに誤魔化せたわ。子供の内から大人の苦しさを教えておくのも教育の一環。
「さて、冷蔵庫の中には~」
冷蔵庫の中を開け、朝ご飯のオカズになる物を探す。卵があれば目玉焼きや卵焼きが作れるけれど、ベーコンがあればベーコンエッグだなんて洒落た物も作れる。
しかし、現実は非常だ。冷蔵庫の中にあったのはマーガリンだけだった。とりあえずマーガリンを冷蔵庫から取り出し、テーブルへと置く。周囲を見渡してみたが、マーガリンを有効活用出来るパンは見当たらない。
「……あ、無理だ」
マーガリン単品では朝食の土俵に立てないと思った私は、マーガリンを冷蔵庫に戻し、棚に山ほどあるカップ麺を二つ取り出した。蓋を開けたカップ麺にお湯を注ぎ、それぞれの蓋の上に割り箸を置き、ストップウォッチを3分に設定してボタンを押した。
「まぁ、朝食には不向きかもしれないけれど、カップ麺も料理だから」
自分にそう言い聞かせ、カップ麺が3分経つのを見守る。これを機に、料理本でも買ってみようかな?
そう思っていると、ポケットに入れていた携帯から着信音が鳴った。携帯を取り出し、画面を見てみると、冬美ちゃんのお父さんからの電話だった。
「……はい、宮田です」
『宮田先生。冬美はそちらにいらっしゃいますか?』
「ええ、いますけど……」
『そうですか。無事に辿り着けたのですね』
「……その口ぶりから察するに、冬美ちゃんが一人で私の家に出かけたのを知ってたんですね!?」
『ええ』
「ッ!? 外の状況を見ましたか!? 今日は雨風が強くて台風並みです! もしかしたら、怪我をしてしまったかもしれないんですよ!?」
『あの子自身が決めた事です。僕が止める資格などありません』
「あなたはあの子の父親でしょう!?」
彼は本当に父親なのだろうか? 吐く言葉一つ一つが他人事のようだ。冬美ちゃんと話す時もこんな感じで話すのだろうか? だとしたら、あまりにも冬美ちゃんが可哀そうだ。
『父親……ええ、そうですね。それでは、父親としてお願いがあります。今日一日、あの子をそちらで泊めていただけませんか? 外の天気は、一日中らしいので』
「ええ、そうさせてもらいます! 失礼します!」
湧き上がる怒りを抑え込みながら、電話を切った。今はこれ以上、あの男の声を聞きたくない。これ以上聞いてしまえば、私はあの男を許せなくなってしまう。
「先生、どうしたの……?」
「……冬美ちゃん」
私の声を聞き、心配したのだろう。冬美ちゃんは恐る恐ると私に歩み寄ってくる。私は冬美ちゃんを抱き寄せ、離れないように力強く抱きしめた。
「冬美ちゃん……安心して……私は冬美ちゃんの―――」
「全部になってくれるんでしょ」
冬美ちゃんが私の背中を優しくさする。さっきまで抱えていた怒りや悲しみが消えていき、体を温めてくれる安心感に包まれた。私が冬美ちゃんを慰めるはずだったのに、これじゃ逆だ。
「私はね、先生。先生がいてくれたら、もう他に何もいらないよ。だって幸せだもん」
「……そっか……私もよ。それでね、さっき冬美ちゃんのお父さんからお願いされて、今日は先生の家にお泊りよ」
「ほんと!? やった!……それで、先生。朝ご飯は?」
「準備中よ。あと……1分ね。とりあえず、テーブルに座りましょ」
私は冬美ちゃんを椅子に座らせ、その隣に私も座る。1分後、出来上がったカップ麺の蓋を開け、私達は湯気が浮き出る熱々カップ麺を食べた。
冬美ちゃんはカップ麺を今まで一度も食べた事が無かったらしく、夢中になって食べていた。そんな冬美ちゃんを見ながら食べるカップ麺は、いつも独りで食べた時よりも美味しかった。