離れても傍にいる
誤字があったらすみません
今日は冬美さんのお父さんから許可を得て、近くの公園に来ている。外出の許可を得る際、冬美さんのお父さんは渋い顔をしていたけど、しつこく食い下がって何とかお許しを頂く事が出来た。ざまぁみろ。
ここ鶴ケ丘公園は遊具が無い代わりに、大きな湖がある。そこでボートに乗ったり、湖の近くにあるベンチに座ってゆっくり出来る。私も来た事がなかったから、冬美さんと来れて嬉しいな。
そして何より、初めて見る冬美さんの私服! 真っ白なワンピースに日差し避けの麦わら帽子! はぁ~、可愛い! どうしてこんなにも可愛いの!? これは罪よ!?
「先生? ずっと私の顔を見て、どうしたの?」
「あへっ? あっ!? ご、ごめんなさい! ちょっとボーッとしてただけ!」
「疲れてるの? じゃあ、今日は―――」
「大丈夫大丈夫! 全ッ然!」
「そ、そっか」
いけない、冬美さんの可愛さに正気が失われてた。夏の日差しを凌ぐ可愛さ……冬美さん、恐ろしい子!
「それで、先生。今日はどうするの?」
「今日はね、あれに乗ろうと思うの」
「ボート?」
「そう」
「先生はボートに乗った事があるの?」
「無いけど、やり方は分かってるつもり。さ、行きましょ」
そうして、私達はボート乗り場へと向かった。係員さんから簡単にやり方や注意事項を教えてもらい、救命胴衣を着けて、ボートへと乗り込んだ。
「それじゃあ、いくわよー!」
「わっ!?」
オールを使って漕ぎ出すと、ボートはゆっくりと動き出し、ボート乗り場から湖へと出航した。未経験ながらも必死に漕いでいると、ボートが進む速さは増していき、ゆっくりと漕いでも一定の速さを保てた。
「大分安定してきたわね! 冬美さんもやってみる?」
「やってもいいの?」
「もちろんよ!」
オールを冬美さんに渡すと、冬美さんは私の見よう見真似で漕ぎ始めた。天性の才能か、数秒経たぬ内に漕ぐ姿が様になり、私は前にしか進めなかったにも関わらず、冬美さんは左右に曲がる事が出来ていた。
「……冬美さん。本当に初めて?」
「うん。結構楽しいね」
「ねぇ、どうやったらそんな風に漕いでるの?」
「行きたい方向に漕げば出来るよ?」
「て、天才の発現……」
「ねぇ先生、少しお話しようよ。私、先生とお話したい」
「そうね。それじゃあ、お話しよっか」
漕ぐのを止め、湖に浮かぶボートの上でお話をし始めた。
「冬美さんは、外で遊ぶ事は少ない?」
「うん。お父さんがあまり出してくれなくて。だから学校に行ける事や、先生とここに来れて嬉しい」
「そっか! もし行けるなら、どこに行ってみたい?」
「先生のお家!」
「あ、あはは……私の家なんて、何も面白い物なんか無いよ?」
「先生の家なら、先生の事をもっと知れるから」
「冬美さんは、私の事をよく知りたいの?」
「うん」
「そういえば、この特別学習に私を選んでくれたんだもんね。どうして私を? やっぱり、一番若かったから?」
「理由は分かんない……でも、先生が良いって思ったんだ」
冬美さんが私を選んでくれたのは嬉しい。けどやっぱり、理由が気になる。直感だけで決めたにしては、私に対して興味を示し過ぎている。
時々、冬美さんから不穏な雰囲気を感じてしまう。こんな事を思ったら駄目だけど、人間じゃないと思ってしまう事がある。多分それは、冬美さんのお父さんの事も影響していると思う。あの人は何かを隠している。隠し事がある父と不穏な娘。傍からすれば、関わろうとは思わない。
でも、私は冬美さんの事を知りたい。知って、この子の支えになってあげたい。この気持ちは、何だろう? 最初の頃は恋だと思っていたけれど、少し違う。もっと寄り添うような……そう、母親のような。
「先生?」
「……ねぇ、冬美ちゃん。先生と連絡先を交換しましょ」
「携帯の?」
「こうして会ってお話する事は出来るけれど、会わない時間でもお話したいと思ってしまう事があると思うの」
「先生も思うの?」
「うん。だから、好きな時に連絡してきて。先生、冬美ちゃんの連絡になら、いつだって出てあげるから」
私は自分の携帯電話を取り出し、冬美さんと連絡先を交換した。冬美さんは私の連絡先が追加された画面を見ながら、満足気に笑っている。
すると、携帯から着信音が鳴った。こんな時に誰だろう? そう思いながら画面を見ると、電話を掛けてきたのは、今目の前にいる冬美さんだった。
何故目の前で電話を掛けてきたのか分からないが、とりあえず私は電話に出る事にした。
「もしもし?」
『もしもし、先生』
「どうしたの? 目の前にいるのに」
『電話を掛けてみたかったの、先生に』
「そっか。それじゃあ改めて……もしもし。どうしたの、冬美ちゃん?」
『先生の声が聞きたかったの。先生は?』
「先生も冬美ちゃんの声が聞きたかった」
目の前にいる相手との電話。普通なら体験する事も、する必要も無い。他の人が見れば、きっとおかしな事をしていると思われるだろう。
でも、こうして面と向かっているから分かる事もある。電話をしている時の冬美ちゃんの表情、声、仕草。離れた場所からじゃ分からない事が、面と向かい合っている事で確認出来る。
私は、そんな冬美ちゃんの姿を目に焼き付ける。多分、冬美ちゃんも今の私を目に焼き付けているだろう。
そうすれば、今後電話をする事になっても、相手の姿を思い出して、離れていても傍に感じる事が出来るはずだから。