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天使の子供  作者: 夢乃間
第1章 特別学習
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モデルポーズ

 冬美さんの部屋の匂いは、なんだか病院に似ている。消毒液の少し癖のある匂い。別に嫌いじゃない訳じゃない、むしろ落ち着くから好き。初対面での会話には、こういう匂いに包まれていた方が次に何を話すか落ち着いて考えられる。

 

「えっと、そうだなー……冬美さんは、今まで通信のお勉強をしてきたんだよね?」


「うん」


「成績はどう?」


「国語以外はいいよ」


「国語が苦手なの?」


「どういう事を思っているかが理解出来ないの」


「ん? あー、あれね。登場人物が相手に対して抱いたものとは、みたいな問題ね」


「そう」


「でも、あれって実はあんまり難しい問題じゃないのよ? その後か前に、答えが書いてあるのよ」


「でも、それは文章を書いた人の考えだよ?」


「……なるほど」


 冬美さんが言っている事、なんとなく理解出来た。彼女は、文章の中にある感情表現からでなく、架空の登場人物自身の事を考えている。 

 つまり冬美さんは、架空の登場人物を私達のような実在の人物として見ている。物語に入り込める人や感傷的な人の観点だ。


「先生の苦手な教科は?」


「え? 先生の苦手な教科か~……んー、やっぱり体育かな?」


「体育?」


「体を動かす授業の事。通信だと無いよね?」


「うん。どんな事するの?」


「球技とか、体操、あとはマラソンかな」


「楽しい?」


「楽しいって感じる人もいるけど、先生は運動音痴だから嫌だったなー!」


「それじゃあ私も嫌かも。私、あんまり外に出られないから」


「フフ。じゃあ、先生と一緒だ」


 なんとか平静を保って話せてはいるけど、いちいち冬美さんが可愛い! 特に、私の話を興味津々で聞いてくる所なんて、思わず抱きしめたくなっちゃう! 

 だからって駄目よ、京子。目の前にいるお人形さんのように可愛い冬美さんは、私の生徒さん。間違っても、手を出すなんて事はしちゃいけないのよ。


「先生? どうして笑ってるの?」


「へ? あ、あら? 私、笑っちゃってた!?」


 嘘でしょ、必死にニヤけるのを我慢してたつもりなのに……恐ろしい子ね、冬美さん。これは気を引き締めて臨まないと、一瞬でノックアウトされちゃうわ。初めての授業で、だらしない大人と思われるのは、今度の為にも絶対駄目。


「ごめんね、冬美さんが可愛かったから、つい」


 あ、言っちゃった。せっかく気を引き締めようとしたのに、思った事を口に出しちゃった! どうしよう、どう言い訳をしよう……!


「……私、可愛くなんかないよ」


「え?」


 この子は、自分の可愛さに気付いていないのかしら? それは駄目、勿体ない! これは自覚させとかないと、今後の冬美さんの人生、更には他の子達にも影響を及ぼしてしまう……ここで自覚させなきゃ、私が!


「冬美さんは可愛いわよ! 雑誌のモデルさんも霞むくらいに!」 


「モデル?」


「ちょっと待ってね……ほら、これ!」


 私の携帯から、適当に選んだファッション誌の子の画像を出し、それを冬美さんに見せた。適当に選んだつもりだったけれど、結構スタイルも良い可愛い子だった。

 でも、そんな子よりも、今目の前にいる冬美さんの方が、何千倍も可愛い。それに他の子には無い雰囲気、誰もが目を奪われてしまう存在感みたいなものが冬美さんにはある。

 そんな事を思っていると、冬美さんは身を乗り出して画像の子を覗き込んできた。


「これが、モデル?」


「そう。流行りの服を着て、どう魅力的に魅せるかを仕事にしている人よ。その服に合った表情やポーズを取って、色んな人に同じ服を着てもらおうとするの」


「楽しいの?」


「さぁ、先生には分からないわ。私、顔もスタイルも悪いし」


「そんな事ない。先生は綺麗だよ。この画像の子より」


「え? そ、そう?」


 やられた。不意に綺麗だなんて言われたから、ドキッとしちゃった。冬美さんに言われたら、なんだか悪い気しないな。今度応募してみようかな? まぁ、私は学校の先生だから、副業禁止なんだけど。


「ねぇ、先生。先生もポーズしてみて」


「え~!?」 


「お願い」


 駄目よ、冬美さん。上目遣いは反則よ。そんな風にお願いされたら、断る事が出来ないじゃない! 

 これは、可愛い生徒の頼み。決して誘惑に屈した訳じゃなく、あくまで先生として生徒の期待に応える為。今まで家の鏡の前でやってきた成果を見せる時よ、京子!

 

「そ、それじゃあ、いくわよ?」


「うん!」


「……はい!」


 私は渾身のモデルポーズを冬美さんに披露した。いつもやってたポーズをやったつもりだけれど、どうだろう? 鏡が無いから、今自分が思った通りのポーズを取れているか、不安だ。

 視線を冬美さんの方へ向けると、冬美さんは新しいオモチャを与えられた子供のような笑顔を浮かべていた。良かった……のかな?


「先生、凄くカッコイイ!」


「そ、そうかしら?」


「次は……このポーズ! やってほしい!」


「へ? 次?」


 あー、完全に遊ばれてる。きっと今日の事を学校の子達に話して、私は笑い者にされるんだ。それから事ある毎に生徒達からポーズを強要されるんだ。  

 でも、冬美さんの学校生活、友達を一人でも多く作ってもらう為にも、私は笑い者になってやる!


「覚悟は、出来た……さぁ、どんどん来なさい! 冬美さん!」


 そうして、私は朝日が夕陽に変わるまで、冬美さんが要求してきたポーズを取り続けた。中には際どいものもあったけれど、冬美さんが満足してくれたから、良しとしよう。

 それに、初日で冬美さんと距離を縮められた気がする。何より、冬美さんといる時間が、私にとって楽しい時間だった。

 こんな風に、純粋に笑って楽しめた時間は、いつ以来だろう。

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