一難去ってまた一難
降り落ちる雪が、この町の地面を真っ白に染めていく。まるで雪の絨毯だ。誰かが踏んだ跡が、気が付けば雪に埋もれて消え、そこにいたという痕跡を消してしまう。私の前を行き交う人は生きてる人? それとも幽霊?
時計塔の大きな二つの針は、どうして時間が遅れているように感じるのだろう。私が数える時間と同じ時間を数えているけれど、数える早さが違うんだ。正しいのは私か、それとも時計塔か。そもそも、時間の正しい流れは、一体誰が決めたのだろう。人間? 宇宙人? 宇宙人だったら嬉しいな。
向こう側の道で、男の人と女の人が手を繋いでいる。男の人は笑ってるけど、女の人は俯いたまま。あの二人はどういう関係なんだろう。友達? 恋人? 友達なら、どうして手を繋ぐの? 恋人なら、どうして同じ表情を浮かべないの?
「ごめーん! 仕事が長引いて遅れちゃった!」
「……」
「冬美ちゃん?」
「……京子さん? いつの間に隣に立ってたの?」
「今だよ……また、色々考えちゃった?」
「うん。この町の人は幽霊なのか、時間の流れの正しさとか、あそこの二人が友達か恋人か」
「答えは出た?」
「……ううん。今日も分かんないまま。でも、もういいよ! 帰ろ、京子さん!」
「そうね……帰りましょ! 私達のお家へ!」
私に差し伸べてきた京子さんの手を握る。京子さんの手は、私の冷たい手と違って、温かった。温かい場所にいたからとかじゃなく、京子さんの手はいつも温かい。この手に触れたり触れられたりすると、京子さんが傍にいる事が分かる。それが凄く嬉しい。
「京子さん、今日は何を怒られたの?」
家までの帰り道を歩きながら、私は京子さんに話しかけた。京子さんは頬を指でかきながら、苦笑いを浮かべた。
「怒られた前提で始めるのはやめてよ……まぁ、怒られたのは本当だけど……」
「毎日怒られてるよね。別に仕事が駄目だった訳じゃないんでしょ?」
「そうだけど、色々とあるのよ。仕事に関する事なら、ミスをしなければ怒られないわ。けど、対人関係となれば、そうもいかないのよ」
「嫌われてるの?」
「もの凄くね。でもその人、辞める事になったから」
「あ、分かった! また犯人を京子さんが言い当てたんだね!」
「正解! 流石は冬美助手! 将来は私のライバルになれるね!」
「え~。私は、京子さんの助手のままでいいよ」
今から4年前。京子さんは私と共に日本を離れ、この町に来た。ネットにも情報があまり無い小さな町だけど、私を隠すなら最適らしい。しばらくは静かに暮らせてたけど、偶然巻き込まれた事件で、京子さんの推理で犯人を言い当ててしまった。
それから、京子さんは探偵を仕事にした。初めこそ、この町に関する事件ばかりだったけれど、今は他の町からの依頼で溢れてしまっている。頼まれたら断れない京子さんの性格上、凶悪な事件の依頼が来ると、怯えた表情で家を出ていく。
でも2年前から、京子さんの表情から怯えが無くなっていた。京子さんの話では、とっても強いボディーガードが出来たとか。男か女か尋ねたら、女だと言った。少しホッとしたけど、京子さんは女の人が好きだから、油断できない。
「それにしても、あれから4年か~」
「あ、私も同じ事考えてたよ」
「本当? 私達、考えてる事がよく一緒になるね」
「当然だよ。私と京子さんだもん。恋人で、姉妹で、親友で、家族だもん」
「傍から見れば母と娘だね。私は歳を取って、冬美ちゃんはそのままだもの」
「京子さん、これ以上歳を取らないで」
「無理無理! 嫌でも私は歳を取ってしまうのよ。はぁ、気付けば30手前か……」
そう言って京子さんは落ち込んだ。京子さんは歳を取ったと言うけれど、全然老けていないし、いつも他人から10代と間違われるくらい若々しい。それもそのはずだ。多少なりとも、私の欠片が京子さんの中に残っている。歳は取るかもしれないけれど、容姿の変化は他の人よりもずっと遅い。その事に京子さんは気付いていない。
でも、本当に良かった。あの時は京子さんと一心同体になる事ばかり望んでいたけれど、今は違う。同じ体になってないから、こうして一緒に道を歩けるし、手だって繋げる。だからこそ、こういう結果になって良かったと思う。
そんな事を考えていると、いつの間にか家の前にまで辿り着いていた。私と京子さんが住む小さな一軒家。京子さんはもっと大きい家に移りたいと思ってるけど、二人しか住まないのだから、別にこのままでいいと思う。
家の扉を開け、靴を脱いで上がろうとした時、通路の脇にクリスマスツリーが置いてあった。少し大きめで、豊富な飾り付けがされた立派なツリーが。
「わぁ~、綺麗なツリー! 飾り付けも素敵! 用意してたのね!」
「……知らない」
「え?」
「私、こんなの置いてない……」
「……じゃあ、誰が?」
その時、通路の奥の扉の先、リビングの方から音楽が流れ始めた。私達が家に上がったタイミングで流れたという事は、音楽を消し忘れたという訳じゃない。リビングに、誰かがいる。
「……冬美ちゃん、後ろにいて」
京子さんは護身用の拳銃を取り出すと、恐る恐る扉の方へと歩いていった。私はその後ろをついていき、念の為に能力を発動できるように準備をしておいた。
扉の前に辿り着き、京子さんは一度深呼吸をして、扉を勢いよく開けると、すぐに正面に拳銃を向ける。
「メリークリスマース!」
「いっ!?」
「……なんで、アイツが」
リビングで待ち構えていたのは、4年前に出会ったレインズという傭兵だった。アイツは4年前、私達をこの町に隠れさせ、それ以来姿を現す事は無かった。
でも、アイツは確かに目の前にいる。サンタ服を身に纏い、タバコを口に咥えて。
「驚いたか? 玄関から現れるのは面白くないからよ、こうやって待ち構えてたんだよ!」
「レ、レインズ……どうして、ここに?」
「どうしたも何も、パーティーしに来たんだよ。お、冬美久しぶりだな! 相変わらずガキの見た目のままで助かったよ。誰か分からない、なんて事にならなくて!」
「どうして、アンタが……ずっと私達の目の前に現れなかったじゃん!」
「聞いてないのか? 2年前くらいに、宮田にボディーガードとして雇ってもらったんだよ」
「ぎぃっ!?」
「2年前から……」
「今日だって一緒に仕事したしな」
「うぅっ!?」
「今日も……ねぇ、京子さん。なんで、黙ってたの?」
「あ、いや、その……ごめんなさい! 実は2年前にバッタリ再会して、何か仕事がないか探してたから、ノリでボディーガードを頼んだら受けてくれて―――冬美ちゃんストップ! 翼! 翼が生えちゃってるから!」
「別に怒ってないよ? 2年間も内緒にされて、私が一緒にいれない仕事の間にずっと二人っきりになってた事なんか、全然怒ってない……怒ってない!!!」
「いや、怒ってるから!?」
「アッハッハッハ!!! 相変わらず嫉妬深いな! 懐かしいよ!」
アイツ、何で余裕でいられるのだろう? 殺そうと思えば、すぐに殺せるのに。
「……ま、安心しろよ。アタシと宮田はビジネスパートナー。それ以上でもそれ以下でもないさ。だから、いい加減落ち着け。ここで天使の力を使っちまえば、アタシの仲間が今度こそ殺しに来るぞ? そうなったら守り切れん」
「……分かった」
「賢明な判断だ。落ち着いた所で一つ知らせときたいんだがな、アタシもここに住む事にした」
「は?」
「え、待って。そんな話、聞いてないんだけど?」
「落ち着ける場所が欲しくてね。ホテル暮らしはアタシには堅苦しくてね。ここなら宮田も冬美もいるし、楽しく暮らせそうだ!」
「……京子さん、コイツ殺していい?」
「駄目よ、冬美ちゃん。ちょっとイラッときたのは分かるけれど、駄目よ」
「安心しろ。家賃は払うし、家事だってやる。宮田が飯を作るより、ずっといいだろ?」
「それは同感」
「冬美ちゃん? え、なんで同感しちゃうの? 私、結構料理出来てるでしょ? え、出来てないの? だからいつも私が作ったご飯じゃなくてインスタント食品を―――」
「おっと、もう時間だ」
自分の腕時計を見て、アイツはそう呟いた。帰るのだろうかと考えていた矢先、アイツは私達の肩を掴み、強引にソファに座らせた。突然の事で何か分からなかったが、正面に配置されているカメラを見て、何をするのかが分かった。
「三人が同居する記念すべき日だ! 写真に収めとかないと!」
「えぇ、家主の意見は?」
「私、撮りたくない」
「そろそろ時間だ。はい笑って! イエー!」
「い、いえ~い……」
「……」
アイツと写真を撮る事、アイツがこの家に住む事、全部に納得がいっていない中、カメラのシャッターは無慈悲に切られた。




