脱出
レインズは宮田を抱えて出口の通路を走っていた。通路は螺旋階段になっており、地上にまで繋がっている。しかしその道のりは長く、誰一人として利用した試しがない。その為、別の出口が作られ、そっちの方はエレベーターになっているが、レインズが知る由もない。
そうしてレインズは宮田を抱え、血反吐を吐きながら無限にも思える螺旋階段を上り続けていた。
「あと百段……って、そんな短い訳ねぇよな……」
「……んん……あれ? ここ、どこ……?」
「お目覚めかい、白雪姫様。じゃ、下りてくれ」
「レインズ? ねぇ、ここって―――」
その時、下の方から身を震わせる叫び声が響き渡ってきた。
「ヒッ!? な、なに!? 何の音!?」
「化け物が来やがった……!」
「化け物!?」
「冬美だよ!」
「はぁ!?」
後方から迫る驚異の影響を受け、二人の階段を上がるスピードは本人が自覚している以上の力を発した。冬美はそれよりも速く、六つの長い腕を使って階段を駆け上ってくる。
レインズは時折後方を見ながら冬美との距離を確かめ、闇の中から顔を覗かせる度に拳銃を発砲した。弾は冬美の眉間部分に当たるが、少し怯むだけで、また動き始めた。
「アイツッ!? 化け物かよ!?」
「ねぇ、私が声を掛けたら止まってくれるかな!?」
「やってみろ!」
「よし……冬美ちゃん! お願い、止まってぇぇぇぇ!!!」
宮田の必死な問いかけは、冬美の足は止まるどころか、ますます足を速めてしまう結果となってしまった。
「駄目じゃねぇか!!!」
「なんでぇ!?」
レインズは冬美の足を止めようと拳銃を発砲しようとするが、弾が切れていた。
「弾切れ……なぁ、宮田!」
「なに!」
「アタシに賭けてみる気はないか!」
「賭けるって!?」
「賭けるか賭けないか、どっちだ!!!」
「いっ……か、賭ける!」
「よっしゃ! じゃあ祈れ!!!」
レインズはずっと持っていた手裏剣を自身の手の平に刺し、容易には抜けないように捻ると、宮田を抱えて後ろに飛び込んだ。二人を掴もうとする冬美の手を潜り抜け、手の平に刺した手裏剣を冬美の右目に引っ掛けた。
冬美は叫び声を上げながら翼を広げ、上空へと飛び上がる。無限にも思えた螺旋階段はあっという間に頂上へと辿り着き、天井を突き破って外へ飛び出した。
そこで引っ掛けていた手裏剣がレインズの手の平から抜け、宮田を抱きかかえたレインズは地上へと落下していく。レインズは宮田に怪我を負わせないようにクッション代わりとなり、二人分の地面への激突を味わった。
「痛っ……レインズ? ねぇ、レインズ!」
宮田の下敷きになったレインズは気を失っていた。体を揺さぶりながら声を掛けるが、レインズが目を覚ます兆しは見えない。
「京子さん」
「ッ!?」
自分の名前を呼ぶ聞き慣れた声。しかし、背後から感じる視線や重い足音は、未知のものであった。宮田の体は恐怖で震えていたが、目の前にいるレインズが動けない以上、自分の身は自分で守らなければいけないと決断し、後ろに振り向いた。
振り向いた先で見たものは、冬美の面影が全く無い、ただの化け物であった。その姿に、宮田の心は壊れた。
「京子さん、こっちに来て。一緒にいよ。一緒になろうよ。独りは嫌だよ」
抉れた右目を新しくしながら、冬美は六つの手で宮田の体を掴む。掴んだ手からは菌糸のような線が流れ、その線が宮田の体にも流れていく。線が体に流れていく度に宮田の意識は薄れていき、目の前に見えている化け物の姿が、天使のような美しい姿をした冬美に見えた。
「私達の居場所を探そう。誰もいない、誰の目にもつかない、私達だけの居場所を」
線が全身にまで流れると、宮田の頭の上に天使の輪が作られ始めた。宮田に天使の輪が完成すれば、冬美の洗脳が完了する。その時はもうすぐであり、冬美は勝ちを確信した笑みを浮かべた。
だが、天使の輪が完成しかけたその時、一筋の希望が目を覚ました。夜明けを告げる陽の光だ。
陽の光を浴びた冬美は叫び声を上げながら苦しみだし、宮田を掴んでいた手が離れる。冬美との繋がりが切れた事で、宮田の全身に流れていた線が消失した。陽の光を浴びた冬美の体は溶けていき、巨大な体の下に隠していた人の形をした冬美が露わとなる。
「うぅ……あ、あれ? なんで……!?」
自分の体から力が消えた事に困惑する冬美。しかし、例え力が無くなったとして、冬美の行動は変わらなかった。
「京子さん」
ただの少女となった冬美でも、意識が薄れている状態の宮田を押し倒す事は簡単であった。宮田の上に馬乗りになった冬美は、指で宮田の腹部から胸元を撫でていき、手の平を押し当てて鼓動を感じ取る。
「京子さん、約束したよね? 私の全てになるって。私、嬉しかった。京子さんが自分からそう言ってくれて。心が通じたと思った……思ったんだよ?」
「……冬美ちゃん」
冬美の目から落ちた涙で意識が戻った宮田は、胸を突き刺されたような痛みを覚えた。冬美が化け物の姿になってまで自分を追いかけてきたのは、全て自分の言葉が原因だと、悲しい表情を浮かべる冬美を見て悟った。
「……冬美ちゃん、離れて」
「嫌だよ……離れたら、京子さんが逃げちゃう……!」
「逃げないよ。もう私は、冬美ちゃんから逃げない」
そう言って優しく微笑む宮田を見て、冬美は頷くと、宮田の上から離れた。宮田は体を起き上げ、改めて地面に座ると、冬美を自分の前に座るように手を招く。冬美は大人しく従った。
「……もう、夏休みはどれくらい過ぎたかな?」
「え……?」
「夏休みに入る前、突然千田校長に冬美ちゃんとの特別学習を命じられて、年甲斐もなくウキウキしてた。夏休みの間、あんなに可愛い子と一緒に話せるだなって。でも、冬美ちゃんのお父さんは怪しくて、提案してきた千田校長も怪しく見えて、なんだか思ったよりも裏があるような感じで……でも、冬美ちゃんと過ごす時間は楽しかった。だから聞かせて。冬美ちゃんが……アナタが抱いている想いの全てを」
朝を告げるように鳥が鳴き声を上げながら空を飛び交う下、宮田と冬美、二人の最後の会話が始まった。




