勝因と敗因
ジッと構えながら睨み合う中、先に仕掛けたのはレインズであった。レインズは素早いパンチと蹴りを放つ。アキラは顔色一つ変えずに防いでいき、瞬き一つする事無くレインズの姿を捉えていた。レインズはアキラの硬いガードを打ち破ろうと、攻撃手段をパンチだけに絞り、アキラを後ろへ下がらせながら、自分は前へ前へと進んでいく。
そうして、アキラと扉の距離が近くなったのを目で確認すると、飛び上がって、硬くガードするアキラの両腕に肘を当てて扉に背をつけさせた。
扉を背にしたアキラにパンチを当てようとするが、アキラは的確な身のこなしでレインズのパンチを避けていく。避けるばかりアキラに段々と腹が立ってきたレインズは、苛立ちから大振りで真っ直ぐなパンチを放ってしまう。自身の行動が隙を生んでしまう事をレインズが知ったのは、パンチを避けた瞬間から、既に反撃体勢に入っていたアキラの姿を目にした時だった。
レインズのパンチで扉から激しい音が鳴ったのが合図かのように、アキラの怒涛の反撃が始まった。アキラはパンチを一撃レインズの脇腹に打ち込むと、すぐに胴体部分を連打し、顎に肘を打ち込んで怯ませ、扉を蹴破るような豪快な蹴りでレインズを蹴飛ばした。
蹴飛ばされたレインズは後ろに転がりながら体を起き上げていき、口の中にある血を吐き出しながらアキラへと近付いてく。
「君の事は調べていたよ。独立傭兵団スカルフェイスの一人。そして唯一の無能力者の常人、レインズ」
殴りかかろうとしたレインズだったが、アキラの素早い蹴りで出鼻を挫かれてしまう。すぐに体勢を整えようとしたが、アキラは素早く、迷いなく、確実に顔や脇腹に蹴りを当ててきて、レインズは再び蹴飛ばされて床に転ばされた。
「他のメンバーが能力による制圧を主にする中、無能力者である君は純粋な戦闘術だけで制圧していく。素手での戦闘はもちろん、銃、刃物、あらゆる物を武器として戦う戦士」
アキラは、立ち上がろうとするレインズの横っ腹を蹴り上げて転がしていく。
「それを見て僕は思いついた。君なら、僕の退屈を晴らしてくれると。戦闘用に作られたネムレスであるにも関わらず、僕の役目は邪魔な存在の暗殺と警備だけ」
エレベーター前にまでレインズを蹴飛ばしていくと、エレベーターに寄りかかったレインズの顔面を容赦なく蹴っていく。真正面から蹴りを喰らい続け、レインズの顔は血で真っ赤に染まっていた。
「そんなのは退屈だ……あまりにも……だから君を解き放った。施設を守る役目を捨て、退屈を晴らす極めて自己中心的な己の欲望を取った。万全の状態ではないにも関わらず、君は僕の仲間を殺していき、遂にはここまで来た」
全身が脱力し、動けなくなったレインズの姿を見て、アキラは寂しそうな表情を浮かべた。欲しかったオモチャをすぐに壊してしまった子供のように。
「死んだ、のか……僕は自らの居場所を捨ててしまった……僕は、これからどうすればいいんだ?」
自らの使命と欲望が無くなったアキラは、次に自分が何をすればいいのかが分からなくなっていた。戦いだけに特化されて作られたアキラに、自由は不自由であり、この施設の外に広がる世界は、自らの無力さを思い知らされるものであった。
アキラは後悔した。レインズを解き放つという考えを持たなければ、自身の退屈を晴らす事は出来ないが、存在理由は失わずに済んだ。
アキラが自身の行いに後悔していると、いつの間にかレインズは立ち上がっていた。アキラは困惑していた。あれだけ叩きのめしたにも関わらず、実力の差を思い知らせたというのにも関わらず、レインズの瞳には闘志が宿っていた。
「今度はこっちの番だ」
再起したレインズは、困惑したままのアキラの顔面に頭突きを叩き込むと、首を掴んで顔面を何度も殴っていく。アキラはレインズの脇腹にパンチを入れて抵抗するが、レインズが怯む事はなく、やがて抵抗する力が無くなり、サンドバック状態になってしまった。
レインズがアキラの顔を殴り続けていくと、アキラの頬の皮膚が剥がれ、人工皮膚の下の機械部分が露わとなった。
「へっ。やっぱ機械人形か。テメェらをぶっ壊すのは何度目だろうな」
レインズはアキラの髪を掴み、勢いよく壁に顔面を叩きつけた。何度も叩きつけていくと、アキラの顔の人工皮膚が完全に剥がれ、オイルのような人工血液が目と口から漏れ出してくる。
「戦闘用に作られて、手強いには手強いが、テメェらには肝心な物が無いんだよ。何か分かるか?」
原型を留めていないアキラの顔面を覗き込みながら、レインズは問いかけた。しかし、アキラの機能は既に停止しており、髪を掴んでいた手を離すと、その場に倒れ込んだ。足元で倒れているアキラを見下ろしながら、レインズは足を高く振り上げていく。
「根性が無いんだよ、テメェらは」
レインズは満面の笑みを浮かべながら、振り上げた足を一気に振り下ろし、アキラの頭部をかかと落としで破壊した。
「……あー、しんど」
今にも気絶しそうになるのを堪え、レインズはアキラの胸ポケットからカードキーを奪い取り、通路の奥にある扉を開けて、中に入った。
しかし、入るや否や、扉の前で待ち構えていたシズネに拳銃の銃口を向けられてしまう。
「両手を上げなさい」
「こうか?」
レインズは腕を上げる素振りを見せ、両手が拳銃と同じ位置になった瞬間に、シズネの手から拳銃を奪い取った。
一瞬の間に行われた出来事に、シズネは拳銃を奪われた事に気付かず、ようやく気付いた時には、今度は自分が銃口を向けられていた。
「両手を上げろ」
「……やっぱ本職には敵わないよね」
「ここの職員だな?」
「そうよ。見てたわよ、カメラでね。千田局長を殺してくれた瞬間は、思わずリピートしちゃった。それにしても、アキラさんったら……あんだけ偉そうな事言ってた癖に、結局負けちゃうのね」
「奴の恋人か?」
「まさか! ロボットを彼氏にしたいと思う程、イカれてはいないよ。お気に入りだったけどね」
「へぇ、そうかい。このまま女子会としゃれこむのも良いが、あいにく人を待たせててね。宮田京子は何処にいる?」
「あー、そっちの趣味の人? それじゃあ私も狙われてる?」
「ハハ」
無駄話ばかりするシズネを催促するように、レインズは天井に向けて拳銃を一発撃った。再び銃口をシズネに向けると、シズネは目を泳がせながら、冷や汗をかいていた。
「次ふざけた事言ったら、お前の眉間を弾丸が通り抜けていくぞ?」
「……オッケー。それじゃあ……ちょっと移動していいかしら?」
「どうぞ」
シズネは自分のデスクに向かい、ガラス壁の向こう側の様子を見せないようにしていた機能を解除した。
ガラス壁の向こう側が見れるようになり、そこに宮田京子と冬美が一緒にいるのを目にすると、レインズはホッと一息ついた。
「向こう側の部屋の行き方は?」
「そこにある扉から入れるけれど、その前に聞いておいた方が良い事があるわ。一歩でも部屋の中に入れば、あなたは殺される」
「……なるほど。確かに、聞いといて良かった」
「でしょ~!」
「……で?」
「ん?」
「アタシが冬美に殺されずに済む方法は? 眠らせるガスを充満させて冬美も眠らせるとか、特殊な防護服があるとか、対抗策は?」
「あるわけないでしょ? そんなのあったら、私はこっちじゃなくてあっちにデスクを構えてるわ」
「……仕方ない。おい、電話借りるぞ」
自分一人の力ではどうにも出来ないと判断したレインズは、スカルフェイスのアジトで待機しているラプターに電話を掛けた。
『誰?』
「アタシだ、レインズだ。ターゲットを見つけた。この発信源から位置を特定して、他の連中を向かわせてくれ」
ラプターが位置を特定出来るように、レインズは受話器をデスクの上に置いて通話状態のままにしておいた。
「さて、奴らが来るまで二日、いや三日か。おい、お前。アタシが休んでいる間、宮田達の様子を見とけ。何かあったら、起こせよ」
「言われなくても……!」
グチグチと文句を言いつつも、シズネはレインズに言われた通りに監視を行った。レインズは着ていたジャケットを脱ぎ捨て、部屋にあるソファに倒れ込むと、気絶するように眠りについた。




