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天使の子供  作者: 夢乃間
第3章 選択
20/27

天使の子供

 部屋の中は廃墟というだけあって、壁に落書きや床の所々に埃の塊があった。宮田は置き去りにされていた椅子を引っ張り出し、座る所の埃を掃って冬美を座らせる。冬美は未だ暗い表情を浮かべており、見るはずである宮田を見ないように俯いていた。その様子が心配になりながら、宮田は冬美の向かい側に椅子を置き、前傾姿勢で座った。

 まず初めに宮田は今回の行動についての謝罪と理由を話そうとしたが、それよりも先に、冬美が口を開く。


「……なんであの人がいるの」


 冬美が言う【あの人】とは、レインズの事であると宮田は理解した。常人には分かりずらいが、冬美の表情には嫌悪感が表れており、宮田はその感情に気付いていた。


「あの人は、私の願いの為に協力してくれてるの。私の願いは冬美ちゃんをもっと知る事。あの人が傍にいてくれれば、私は怖がる事無く冬美ちゃんの事を聞ける」


「別にあの人がいなくても、京子さんに私の事を教えてあげるのに……」


「そうね、聞くだけならそうよ。でも、その後が怖いのよ。冬美ちゃんは憶えてないと思うけど、ここに来るまで、私達は襲われかけたの。多分だけど……冬美ちゃんのお父さんの指示で動いてたと思う」


「お父さんが? なんで?」


「それは……それは……」


 宮田は悩んだ。ここで自分の内に秘めていた冬美の父親に対する不信感をさらけ出すべきなのかと。例え嫌な人であっても、その子供にその人の悪い所を羅列しても、子供には精神的なダメージを与えるだけ。大人のように切り替える事は不可能に近い。

 しかし、宮田はここで冬美を納得させなければならない。宮田が命を狙われたキッカケとなったのは、冬美の過去についてを聞いた時。

 つまり、冬美の父親が提示してきたルールに違反した時だ。偶然にしては、あまりにも必然過ぎた。


「……ねぇ、冬美ちゃん。冬美ちゃんは私とお父さん、どっちを信じる?」


 宮田が口に出した言葉は、子供にとっては決断が難しい天秤であった。それにも限らず、冬美はキッパリと答えた。


「京子さんだよ」


「……本当?」


「そうだよ。そうに決まってるよ」


 あまりの決断の速さと固さに、宮田は動揺していた。これまで冬美から向けられていた好意に気付いてはいた。しかし、その好意がどの程度かは計れずにいた。主観でしか、計れていなかった。

 そうして宮田は気付く。冬美にとって、レインズは邪魔な存在、月を隠す雲のようなものだと。今までそれに気付かず、宮田はレインズに対して呑気に恋焦がれていた。月は隠れたままで、雲が晴れる様子は見えない。今の冬美は月を待っている。もう一度自分だけを照らしてくれる月明りを待ち望んでいるのだ。

 しかしその為には、雲を追い払わなければいけない。それは宮田にとって、苦渋の決断であった。自身の愛を取るか、向けられる愛を取るか。前者も後者も、結局はどちらかを捨てる事になる。どちらも大切に想っている宮田は、どちらも捨てる事など出来なかった。

 

「京子さん……騙されてるよ」


「え?」


「あの人は京子さんを利用するつもりだよ。初めて見た時から分かってた。あの人は悪い人だよ」


「そんな事ない!」


「あるよ。あの人には無いもの」 


「無いって、何が……?」


「印だよ。あの人の頭の上にはそれが無い。私と京子さんにはあるよ!」


「だから! 何が―――」


「それなのに京子さんはあの人を選ぶの? どうして? 私を置いていっちゃうの? 私の全部になってくれるんじゃないの? 嘘だったの? 結局私を独りにするの? 酷いよ、あんまりだよ。私は京子さんが良かった。京子さんさえいれば良かったのに……京子さんは私がいらなかった? だからこんな事になった? じゃあどうして……どうしてどうしてどうしてどうしてどうして!!!」


 冬美は狂った。彩られていた表情を絶望が濁し、華奢な体を引き裂くような痛みが背中に集まっていく。嫉妬、悲しみ、怒り、欲望、それらが一つの絶望と化し、冬美に変異をもたらした。

 流れていた涙は鮮血に染まり、長い金髪は重力に逆らって浮き上がり、背中の痛みが肌を突き破って形を成した。


「冬美……ちゃん……?」


 宮田が目にした冬美の姿は、常軌を逸した姿であった。白かった肌は青白くなり、背中には血で赤く染まった翼が生えた。

 変異した冬美が立ち上がると、まるで当然かのように浮き上がり、黄金の瞳を宿した目で宮田を見下ろすと、不敵な笑みを浮かべた。


「キョウコサン……イッショニ……」


 冬美は手を伸ばし、宮田の頭に触れようとした。宮田は椅子を倒す程勢いよく立ち上がると、冬美に抱き着いて無理矢理地上へと戻した。

 自分の腹部に顔を埋めて抱き着く宮田に、冬美は一瞬困惑するが、すぐにまた宮田の頭に触れようと手の平を近付けていく。


「駄目!!!」


 冬美の手の平が宮田の頭に触れる直前、宮田は悲痛な声で叫んだ。また自分は拒絶されたと思った冬美であったが、宮田は拒絶するどころか、更に強く抱きしめてきた。


「それ以上は駄目!!! 今あなたの身に何が起きているのかは分からないけれど、それ以上は駄目よ!!! 私が知ってる冬美ちゃんも、私と過ごしてくれた思い出も全部、無くなっちゃう!!!」


 無我夢中で発した言葉であった。当然の事、宮田は冬美の身に何が起きたのか、自分が何をされかけたかも分からない。だがこれ以上放っておけば、冬美が冬美でなくなると直感し、抱きしめたのだ。

 すると、変異していた冬美の体は元に戻り、背中に生えていた翼は徐々に縮んでいき、体の中に戻ると蓋をするように裂けた背中が塞がっていく。

 顔を埋めていた腹部から人の温もりが戻ってきたのを感じ、宮田が顔を上げると、記憶にある冬美の笑顔が見えた。

 その笑顔に宮田が喜んだのも束の間、冬美は呟く。


「私を選んでくれたんだね」


 冬美の背中から再び翼が生えた。今度は汚れの無い純白の翼。それはまるで、冬美の心を表すかのようだった。

 

「間違うところだった。京子さんは変わらなくたって、私を選ぶんだね。だから私は京子さんを選んだんだ」


「冬美ちゃん……」


「っ!? 宮田!!!」


 二人がお互いの目を見つめ合う中、息を荒々しくさせたレインズが部屋に入ってきた。レインズは変異した冬美に飛びかかったが、冬美が睨みつけただけで、部屋の外へと吹き飛ばされてしまう。

 経験した事の無い不可思議な痛みに表情を歪ませながら起き上がったレインズが見た光景は、冬美が宮田の唇を奪う瞬間であった。それはまるで、レインズに見せつけるかのような行為だった。

 動き出そうとするレインズだったが、瞬きをする間に、冬美と宮田の姿は消えていた。


「……え……何処に……何処に行きやがった!?」


 次々と起こる不可思議な現象に困惑するレインズ。そこへ追い打ちをかけるように、複数の人物が階段を駆け上ってくるのをレインズは耳にしていた。

 しかし、今のレインズに行動を起こす余裕は無く、階段を駆け上ってきた集団に為す術無く袋叩きにされてしまい、意識を失ってしまった。

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