転校生
朝のホームルームを終えると、生徒達を体育館へと移動するよう言いかけた。そんな私の言葉よりも早く、生徒達は早々と教室から出ていく。教室から出ていく際に見えた生徒達の表情は、どこか浮かれているように見えた。
それもそのはず。だって、待ちに待った夏休みが始まるのだから。未だ学生気分が残っている私には、生徒達の気持ちが分かる。きっと、体育館で行われる終業式を終えれば、それぞれ事前に立てていた計画をもとに、1日の無駄も無く、夏休みを満喫するつもりだ。
夏休みか……新任の先生という立場上、色々と仕事を押し付けられると思っていたのだけれど、私に渡された仕事は夏休み明けの授業の準備と、行事の確認だけ。別に何か不満がある訳も無いし、仕事が少ない分、休みも多い。なんだか肩透かしを喰らっちゃったな。
ここの学校は生徒もそうだけれど、先生方も良い人ばかりだ。都会に住んでいた時に見聞きしていたパワハラやイジメは無い。これからも無い事を期待したいな。
「さて、私もそろそろ行かないと」
教室の窓とドアを閉め、私も体育館へと向かった。体育館へと行くと、既に生徒達は集まっていた。こういう時だけ行動力が高くなっちゃう子供らしさに、私はつい微笑んでしまった。
「宮田先生? 入り口の前でどうしたの?」
「え? あ、ごめんなさい、井口先生」
緩んでしまった頬を元に戻し、井口先生の隣に立つ。井口先生はこの学校に勤めて20年になるベテラン教師だ。年齢は50を過ぎていると自分で言っていたけれど、見た目は30代にしか見えない若々しさがある。優しい人で、初めてこの学校に来た時に色々と面倒を見てくれた。
「宮田先生。学生気分が、まだ残ってるんじゃない?」
「すみません……」
「あははは! 冗談よ、冗談! 夏休みを前にした生徒達って、何だか可愛く見えるわよね」
「そうですよね。井口先生も、学生時代はこんな感じだったんですか?」
「学生時代ね~。私にとっては遠い昔で、もうあんまり憶えてないわ~。でも、きっとそうね。あの子達と同じく、きっとウキウキしてたと思うわ」
井口先生はそう言って、フフッと微笑んだ。こういう所を見ると、私も歳を取ったら、井口先生みたいな人になりたいと思ってしまう。
そんな事を思っていると、壇上に千田校長が上がった。古来から、校長先生の話は長いとされているが、千田校長のお話はいつも短い。それもあってか、生徒達からは自慢の校長だと言われている。私もそう思う。
「生徒の皆さん、それから先生方、1学期お疲れさまでした。これから夏休みに入ります。生徒の皆さんは良き休日を。先生方も、まぁ生徒達と比べれば微々たるものですが、良き休日を」
いや、本当に短い。普通、羽目を外し過ぎるなーとか、勉強もしっかりやれとか言うのに。でもそう言って、本当にそうする生徒はいない。夏休みを前にした生徒達の耳に、堅苦しい話なんか入ってこないだろう。
そんな事を思いながら、これから休みの日に何をしようか思い始めようとした矢先、千田校長は真剣な表情で言った。
「……それと、一つ。皆さんにお知らせしなくてはいけない事があります」
千田校長の真剣な表情と声色に、ザワつく生徒と先生達。
「……井口先生、何か聞いてます?」
「いいえ、何も……」
「実は……この学校に、転校生が来ました」
千田校長の言葉に、ザワつきが更に大きくなった。今から夏休みだというのに、このタイミングで転校生の紹介というのがおかしいからだ。
しかし、転校生の話は何も聞かされていない。井口先生の顔を見ても、私と同じく、困惑している様子だ。
「それじゃあ、紹介しますね。さぁ、こっちに」
千田校長が手を招くと、壇上の袖から、一人の少女が現れた。日本人には無い綺麗な金髪、透き通るような白い肌、宝石のような青い眼。その少女は、まるで西洋人形のような可愛らしくも美しい少女であった。
そんな少女の姿に、ザワついていた声が一斉に止んだ。皆、彼女の容姿に見惚れていた。
「しばらくの間、この学校に通う事になる月宮冬美さんです。皆さん、彼女と仲良くしてください」
「月宮、冬美……」
あの子の名前を呟いた私は、自分の鼓動が速くなっている事に気付いた。頬や耳が熱くなり、月宮さん以外の事など、何も考えられない。
あー……そうか……きっとこれは、恋だ。私はあの子に、恋をしてしまったんだ。