罠
取り押さえた男が逃れようとしてきたので、頭を掴んで川の中に顔を沈める。川の中で徐々に変化する男の表情を観察し、苦痛の表情が和らいできたのを機に、男の顔を川から出してあげた。男は口から川の水を吐き出し、呼吸を整えようとし始めたところで、もう一度川の中に沈めた。
こうやって逃げる事への罰を覚えさせ、これから行う質問を円滑に進ませる下準備をする。その効果は、争いに無縁の人間程効果がある。川から顔を出してあげ、男の上から離れても、男がアタシの前から逃げる素振りはなかった。
「アンタの名前は?」
「お願いします、許してください許してください許してください……!」
まるで話にならない。アタシは男を川の中に残して川から出て、地面に敷き詰められている石ころを適当に選び、男の頭部に投げた。
「許してく―――痛っ!?」
「……」
「ひっ!? ゆ、許し―――痛っ!?」
「許してくださいと言う度に投げる。反抗する度に投げる。アタシの許可なく口を開いたら投げる。いいな?」
「……」
「返事!!!」
「ッ!? は、はい!!!」
「よし。それじゃあ……何故日本に逃げてきた。逃げる場所なら他にも候補があるだろ」
「そ、それは……予め、用意されていたから……」
「アタシらの襲撃を知っていたって事か? どっから情報が……まぁ、いい。それじゃあ次の質問だ。救済者はどこにいる?」
「……分からない」
「はぁ?」
「分からないんだ! 日本に着いて、この町に来た途端に襲撃にあって……!」
「で、救済者を奪われて、お前はここまで逃げてきたってか? ハハハ……クソが!!!」
第三者の介入は考えもしなかった。アタシら以外の傭兵? それとも権力者の手……いや、そもそも救済者についての情報は裏の裏まで隠されていた極秘情報だった。その情報も人の手によって作られた人もどき、救済者と呼ばれる存在が兵器になり得るという事だけ。救済者が子供の姿をしている以外の容姿の情報は無く、救済者が持つ能力も不明。
こんな情報だけでアタシら以外が動くとは考えられない。ただの誘拐ならあり得るが、それはそれでマズい。
「お前を襲撃した奴らに見覚えは?」
「無いよ! 僕はずっと研究所で育ってきたから、研究所以外で友達なんかいない!」
「じゃあ特徴は? 何か統一性はなかったか? 服の色、柄、髪、タトゥー、なんでもいい」
「そんな事言われても! 僕は逃げるので必死で!」
「思い出せ! 衝撃的な事を体験すれば、脳裏に焼き付くはずだ! お前だって取り戻したいだろ?」
「うぅ……全員日本人だった……それしかない、それしか分からない!」
「日本人……手慣れてたか?」
「あ、ああ。始めから計画されてたかのように……僕がこの町に逃げてくるのを知っていた? ここまでが計画の一部だったのか?」
「決めつけるのは早い……が、考えられるな。お前を使って、海外から日本に救済者を運ばせた可能性がある」
「……救済者を目覚めさせるつもりか? そんな、まだテストもしていないのに!? 一体何を考えているんだ!?」
「救済者の能力は何だ? 兵器になり得るという事は知っている。規模は? 威力は?」
「そんなんじゃない……あれは、外傷を与える能力じゃないんだ。猿から今に至るまでの進化論に、新たな段階を踏む為に救済者を作った」
「新たな段階?」
「神だよ。人を神へと進化させるんだ。アダムとイヴは神が創り出した人の原点。今の人間の技術と知識なら、僕ら人間を創造主へと進化する事だって出来る」
何を言ってるんだコイツは? 人を神に進化させる? 馬鹿げてる、聖書の読み過ぎで思い上がったか? アタシのように神を信じていない者にとって、聖書やアダムとイヴなんてものは創作物だ。創作物を基に進化するなんて、いくら能力者でも無理だ。
だが、奴が言った事から察するに、救済者の能力は変異だ。そして能力はまだ発動していない、あるいは救済者自身が能力を自覚していない。
なら、まだ止められるが、急いで捜さなければ第三者の手によって能力が発動してしまう。
「……分かった。それじゃあ最後の質問だ。救済者はどんな姿をしている?」
「……殺すのか?」
「場合によってはな」
「……金髪の少女だ」
「金髪……青い瞳か?」
「あ、あぁ」
「……名前は?」
「名前は決めていない。あ、でも、羽柴先生は彼女を冬美と呼んでいた」
金髪、青い瞳、冬美という名前……ハハ、何故勘付かなかったんだ。初めて対面した時から、他の人間とは違う何かを感じていたはずだろうに。そうか、あの子が、救済者か。
待て、だとしたら何故宮田にあそこまで懐く? 宮田は学校の先生で、冬美が救済者だと分かっていたようには見えなかった……それも奴らの計画か!
「おい! 救済者の能力は、何をキッカケに開花する!?」
「分からない……でも、何らかの感情がキッカケになるはずだ。それと相手も必要だ。僕らはアダムとイヴを基に救済者を作った。だから、イヴになる者が―――」
突然、男は言葉を閉ざした。アタシが石を投げようとした矢先、男は前のめりに倒れていった。見ると、男の背中には矢が突き刺さっており、男の周囲の川の水が赤く染まっていく。
周囲を見渡して矢を放った者を捜すが、音も気配もしない。恐らく矢を放った者は、男が言っていた襲撃者だろう。ついでにアタシも襲ってくれれば、後々の手間が省けるのだが。
そう思っていた矢先、前方斜め右方向から矢が飛んできた。アタシは銃弾を避ける事は出来ないが、この程度の速さで迫る物なら容易く避けられる。
矢を避けた後、後ろに下がり、森の中へと入った。襲ってきたという事は、アタシの口を封じようとしている。
なら、後を追いかけてくるだろう。追いかけてきた後は、今度はアタシの番だ。




