一夜が過ぎ、朝へ
目を開いた瞬間、眩い光が広がった。もう一度目を閉じ、今度はゆっくりと目を開いていくと、光の正体は窓から差し込む陽の光であった。体を起こし、隣で寝ている宮田を起こさぬようにベッドから降り、床に脱ぎ捨てていた服を着る。
ベランダに出ると、雲一つ無い快晴に、夏にしては涼しい風が吹いていた。ベランダの柵に寄りかかり、ポケットにあるタバコを口に咥え、火を点けた。ゆっくりと深くタバコを吸い、寝ぼけを覚まして昨夜の事を思い出す。
「…………やっちまった」
その場の雰囲気と昂る感情に身を任せて、アタシは宮田と一夜を過ごしてしまった事を思い出し、罪悪感を覚えた。
別に宮田が嫌いだとか、寝た事を後悔している訳じゃない。ただ、アタシは任務があって日本に来ているのであって、任務が終われば日本を離れ、宮田とも二度と会う事は無いだろう。だというのに、未練が出来てしまった。会ったばかりの、それも女とだなんて、アタシはどうかしてる。
「いっそ宮田も仲間にさせちまうか……なんてな」
一瞬でも考えてしまった自分が嫌だ。宮田は学校の先生なんだ。学校の先生は子供に学を与え、品行を指導し、将来の道を手助けするもの。アタシらのような暴力で正す汚れ者とは真反対の人間だ。
それに、宮田が人を殺す所を見たくない。人を殺しても何の感情も持たない宮田なんか、宮田じゃない。宮田は良い奴だ。良い奴には、花畑の中で笑っていてほしい。
「時間が戻せたりすれば、こんな事にならずにすんだのに……ま、無能力者のアタシじゃ叶えられない願いだがね」
タバコの火を指で消し潰し、もう1本吸おうとした。その時、ふとマンションの前に目がいった。マンションの前には、一人の女の子が立っていた。長い金髪、白い肌、三階のここからでも分かる綺麗な青い瞳。今まで色んな国で美女と呼べる奴を見てきたが、そんな奴らとは比較にならない程、その女の子は美しく、異様だった。
そんな女の子が何をしているかというと、見下ろすアタシに対し、ジッとアタシを見上げているだけ。
「なんだアイツ?」
しばらく様子を伺っていると、女の子はマンションの中へと入っていった。このマンションの住人だったんだろうか? だとしたら、感じ悪い事をしたな。宮田に影響がなければいいが。
「なにしてるの?」
後ろから宮田の声がすると、アタシの肩に顎を乗せて宮田が抱き着いてきた。
「いや、別に」
「そう」
淡白なやり取りだが、何故か嫌な気分じゃない。むしろ良い気分だ。何も話さなくても、姿を見て考察しなくても、気持ちが分かる感じがする。
常時警戒。それがアタシの生き方であり、生き抜く上で大切にしている事だ。でも今は、宮田がいる間は忘れられる。それが幸せであり、アタシを蝕む毒でもあった。
「……ねぇ、レインズ」
「ん?」
「ほんとは、何をしに日本に来たの?」
「……」
「旅芸人って言ったけれど、今の時代、余程の有名人でもなければ明日のご飯さえ食べていけない。第一、旅芸人にあんなに筋肉が必要かしら? それに体中にある傷も、普通じゃないわ」
「……」
「言えない事なの?」
「……言えば、巻き込んでしまう」
「こんな関係になって、まだ巻き込まれてないのね」
「ぅ……」
「フフ。ま、いいわ! それより時間見た? もう10時よ? 朝ご飯の支度するから! 今日は卵焼きにチャレンジするからね!」
宮田はそう言って、アタシの背中を一叩きしてキッチンへと駆けていった。またタマゴ料理かと思いながら、火を点けずにそのままにしていたタバコを箱に戻し、部屋の中へ戻る。
部屋に戻ると、早速宮田は朝食に挑戦していた。遠目から見ても、朝食を作る動きじゃない。あれじゃボクシングだ。
そんな事を思っていると、玄関からチャイムが鳴った。
「ごめーん! 代わりに出てくれる!?」
「分かった」
キッチンで悪戦苦闘している宮田を横目に、玄関へと向かう。鍵とドアチェーンを外し、扉を開けると、さっきベランダから見た女の子が訪ねてきていた。改めて近くで見ると、人間とは思えない程の美しさだ。
「何か用か?」
「……あなたは、誰?」
「あ?」
「あなた、誰?」
なんだ、コイツ……何も読み取れない。声色からも、表情からも、何一つとして読み取れない。不気味、という言葉で片付けられない何かがある。
「アタシはここの住人の知り合いだ」
「どんな知り合い?」
「大人の知り合いだ」
「大人の知り合いは、どういう知り合い?」
「……それで? 訪問の理由は?」
「私は京子さんに会いにきたの。京子さんも私に会いたいと思ってる」
「京子さん、ね……」
名前で呼んでいる事から、交友があるのだろう。だが言い方が引っかかる。【会いにきた】ならまだしも【会いたいと思っている】と断定するのは、何か変だ。相手の意思も分からないまま、ここまでハッキリと言うのは、深い関係、もしくは……。
「ねぇ、誰が来たの―――って、冬美ちゃん!?」
「冬美ちゃん?」
「京子さん!」
冬美と呼ばれるコイツは、アタシにぶつかりながら通り過ぎ、宮田に抱き着きにいった。宮田は少し戸惑いながらも抱きしめ返し、アタシに苦笑いを浮かべた。
何故かは知らないが、気まずい雰囲気が漂い始めた。アタシにぶつかって宮田に抱き着くガキと、そんなガキを抱きしめながら苦い表情を浮かべる宮田、そんな二人に困惑するアタシ。
「なんだこの状況」




