二人の過去
誤字がありそう
宮田の家に着き、アタシは風呂を借りていた。どうやら少し臭っていたらしく、家に入るとすぐさま風呂場へ案内された。宮田はどこか申し訳なさそうにしていたが、アタシにとっては至れり尽くせりだ。
風呂から上がると、アタシが着ていた服が洗濯機にブチ込まれていた。洗濯機は既にロックが掛かっており、今から取り出してもビショ濡れだ。洗濯が終わるまで、リビングで待つか。
「宮田、風呂ありがとう。」
「こっちこそごめんね。いきなりお風呂入ってなんて、失礼―――なんで裸なの!?」
振り返りざまにアタシを見て、宮田は顔を手で覆い隠し、耳を真っ赤にしていた。同性なんだし、気にする事でも、恥ずかしがる事でもないんだけど……あー、あれか。あっち系か。そうだとしたら確かにアタシが悪いな。
「すまない。着る服が無くてな」
「服……あ、そ、そうだよね!? 着替えの服を用意しとくべきだったよね!? ごめん、すぐ用意するから!」
宮田はアタシから視線を極力外しながらクローゼットへ近付き、シャツとズボンを取り出して、アタシから顔を背けながら渡してきた。
「これ! 私のサイズだから、小さいかもしれないけど!」
「ありがとう」
「うん……それじゃ、私はご飯の準備するから! 絶対に着ててね!?」
「あ、ああ」
服を受け取ると、宮田は逃げるようにキッチンへと駆けていった。あの慌てよう、やっぱアレだな。良かった、案外簡単に借りを返せそうだ。
宮田の服を着て、袋からタバコとライターを取り、ベランダへ出た。そこはベランダと言うには狭いが、タバコを吸う分には十分だ。口に咥えたタバコに火を点け、ゆっくりと、そして深く吸う。タバコの煙が喉の奥を刺激し、香ばしさが脳にまで伝わっていく。久しぶりのタバコだった所為か、いつもより味わい深い。
煙を吐き、タバコを口に咥えながら町の様子を見た。家の窓から見えるそれぞれの暮らし、道を歩く人の表情、夕焼け空に鳴くカラス。特別なものが何も無い普通の町だ。
だが、この町の何処かにターゲットが潜んでいる。アタシはラプターのように特殊能力が無い無能力者だが、人を見る目は自信があるつもりだ。姿、声、目、仕草を観察し、それから相手が善か悪かを判断する。悪だと判断した際は、迅速に行動に移る。
「必ず見つけ出す……」
タバコの火を指で消し、吸い殻を捨てようと部屋に戻る。一度水で吸い殻を濡らそうとキッチンへ行くと、宮田が割れたタマゴの殻を手にしながら固まっていた。宮田の足元あるドロッとした液体から察するに、タマゴを割るのに失敗したのだろう。
「……続けないのか?」
「え? あ、えっと……」
「どうした?」
「タマゴくらい簡単に割れると思ってたんだけど、失敗して……自信も割れちゃった……」
「その程度の失敗でか?」
「そうよ、その程度の失敗でね……私、才能無いのかしら……」
「……一つ、タマゴよこせ」
「え? あ、はい」
「タマゴは脆い。力任せにぶつけたら駄目だ。最低限の力とぶつける角度が必要だ。それに一発で割ろうとせず、軽く何度かぶつけるだけで割れる」
タマゴの殻にヒビを入れ、フライパンの上から殻を割って中身を落とした。それだけだというのに、隣にいた宮田は拍手をしてくれた。この程度で称賛されるのか……。
「今見た通りにやればいい。やってみろ」
「はい…………おぉ、出来た!」
「身構えてばかりじゃ、上手くいかないぞ。気楽にやればいい、何事もな」
「なんか、先生みたい! 私もそんな風に生徒達にビシッと教えてみたいなー!」
「宮田は、教師?」
「そう……といっても、まだ新人だけどね。中学の先生よ」
「小学生の方が向いてるんじゃないか?」
「そうかもだけど、こっちの子は皆大人しくて面倒が無いの。だから別に不満は無いわ、今のところ。レインズは、何か仕事をしてるの? それとも、まだ学生とか?」
「いや、仕事はしてる。旅芸人だ」
「旅芸人って、世界中を回って色んな芸をする事でしょ? なんだかロマンを感じるけど、大変そうね。今日みたいにホームレスになってそうで」
「フッ、大変さ。それより、手を動かした方がいいんじゃないか? 目玉焼きが焦げるぞ」
「あっ!?」
宮田は慌てて目玉焼きを皿に移すが、下の方が焦げてしまっていた。バツが悪そうな表情を浮かべながらも、宮田は何事も無かったかのように新しく目玉焼きを作り始める。一体何個作るつもりなのだろうか?
「宮田はこの町の出身か?」
「ううん、都会の方」
「どうしてこっちの方に?」
「……合わなかったの。人も、環境も」
「ここはどうだ?」
「全然良いわ! 人は優しいし、都会よりも静かで過ごしやすい! もっと早くからこっちで生活したかったと思ってる!」
「両親は?」
「親は……いない。本当の親はね」
「……悪かった」
「別にいいの! 本当の親じゃなくても、私を育ててくれた人には感謝をしてるし、愛情だってある。時々、本当の親がどんな人か考える時もあるけど、分かんないから有耶無耶になる」
「……アタシも、親はいない」
「え?」
「……産まれた時から、アタシは独りだった。孤児院に預けられ、ひ弱なアタシはそこでよくイジメられてた。で、ある日、カッとなってイジメてた奴にやり返したら、孤児院を追い出されちまった。アタシは長い間ずっとやられっぱなしだったのに、一度やり返しただけでその対応だ。子供だけじゃなく、大人にまで嫌われてたんだろうな。それから路上でチンピラをぶん殴って金を巻き上げるクソみたいな生活を続けていたら、ある男に会った。酷いやられようだった、あの時は死ぬかと思った! 男はボロ雑巾のようなアタシに向かって言った【相手を見極めろ】ってな。意味が分からなかった……でもアタシは男についていった。それからの生活は以前よりも危険で、常に生死が掛かっていた。でも、悪くなかった。それに、自分がマトモな人間に近付いていってる気がして、その……安心していた。こんなアタシでも、更生出来るんだと思えた……悪い、つまらない話を長々と」
そうして宮田の方に視線を向けると、宮田は静かに涙を流していた。どうして涙を流しているのか分からないが、宮田が泣いている顔を見ると、胸が痛くなる。
どうしてアタシは、自分の過去を宮田に打ち明けたのだろう? 仲間にも自分の過去の話をしてこなかったのに、どうして会ったばかりの宮田に? 親がいない同士の同情か?
いや、違う。話しておきたかったんだ。自分の事を知ってほしかったんだ。アタシの事を宮田に憶えていてほしいと思ったからなんだ。
宮田に引き寄せられるように、宮田の唇にキスをした。宮田はアタシを突き飛ばす事も、キスをし返す訳でもなく、ただジッとアタシを受け止めてくれた。
顔を離して宮田を見ると、流れていた涙はいつの間にか止まっており、ぎこちない笑顔を作った。
「ご飯……食べよっか?」
「……ああ」




