時の流れの変動
誤字があったらすみません
冬美ちゃんが家に泊った次の日の朝。外は未だに雨が降っているが、昨日と比べれば収まった方だ。これくらいの雨なら、冬美ちゃんを家に送り届けられる。
「今なら帰れそうね。冬美ちゃん、送ってあげるから行きましょ?」
「……もっと先生の家にいたい」
「そう言わないで。また泊りに来ればいいんだから。あ、でも突然来るのは駄目よ? 事前に連絡を入れる事。電話番号知ってるんだから」
「うん。じゃあ、そうする」
「よし! それじゃ、行きましょ」
傘を手に取り、冬美ちゃんと一緒に家を出た。マンションの階段を下り、道に出る前に傘を開き、冬美ちゃんとくっついて歩いていく。
「家に着いたら、先生は帰っちゃう?」
「そうね、買い物に行かなきゃいけないから。何か冷蔵庫に入れておかないと」
「空っぽだったもんね」
「私もビックリ! 冬美ちゃんもこまめにチェックした方がいいかもね」
「うん」
他愛のない話をしながら、雨の中を歩いていく。雨は嫌いじゃない。雨で変わる風景、いつもは沢山の人が歩いている道に誰もいない空虚感。見ているだけで、寂しさとか悲しさが込み上がってくる。
普段ならそんなの感じたくないけれど、たまに独りでいる事を浸りたい時がある。いつも明るく楽しいだけじゃ、飽きちゃうから。
でも今日は、冬美ちゃんがいる。寂しくて悲しい世界で、人の温かさを感じる。この温かさだけは、きっと飽きないだろう。
「……ねぇ、先生」
「ん?」
「昨日言ってくれた事、信じてていいんだよね?」
「昨日言った事?」
「お風呂で言ってくれた事。私の全てになってくれるって」
「そ、そういえば言ったわね……」
思い返せば、私はとんでもない宣言をしたものだ。感情的になって、冬美ちゃんの全てになるだなんて言ってしまった。まるで、プロポーズの言葉みたいだけど、子供相手には重すぎる。
「先生は私の全てになってくれるんだよね?」
「……そんな不安がらなくて大丈夫よ、冬美ちゃん。あの時言った言葉や想いは、嘘じゃないから」
「そっか……じゃあ、ワガママを言ってもいい?」
「いいわよ? あんまり無理難題なのは断っちゃうかもだけど」
「……先生の事、名前で呼んでもいい?」
「そんな事? 全然いいわよ! 先生はもう名前で呼んじゃってるし!」
「いいの? それじゃあ……京子、さん」
「アハハ! 呼び捨てでもいいのに!」
「無理だよ。だって京子さん、大人だもん」
「歳の差があると遠慮が出来るものね。それじゃ、冬美ちゃんが大人になって、呼び捨てになる時を楽しみにしてる」
「ずっと先だよ?」
「冬美ちゃん。時間の流れって、目で見ると長すぎると思うけれど、体験してみると意外と短いものなのよ? だから冬美ちゃんが大人になるのなんて、あっという間よ」
「そうなんだ……じゃあ、しっかりとした大人になる為に、もっと京子さんの事を知らないと」
「それはどういう意味かな~!?」
「フフ、どういう意味だろうね?」
「この~! 傘から追い出しちゃうわよー!」
体を押し当て、冬美ちゃんを傘から出そうとした。もちろん、本当に追い出す訳じゃなく、力も加減している。
すると、冬美ちゃんは傘から追い出されないよう押し返してきた。そのやり取りがだんだん楽しくなってきて、気付けば私も冬美ちゃんも笑っていた。まるで子供のように、はしゃいでいた。
冬美ちゃんと一緒にいると、本当に幸せだ。どんな話や遊びでも、冬美ちゃんが傍にいると心から温かくなる。こんなに幸せな時間、今まで一度も無かったな。
普段は30分という時間が長く感じるけれど、幸せに包まれていると、時間の流れは早くなる。気付くと、私達は冬美ちゃんの家の前にまで辿り着いていた。
「あら? もう着いてたのね?」
「ほんとだ。もうここまで、来てたんだ」
「ね? 時間って、意外と早いものでしょ?」
「きっと京子さんがいたからだね」
「そうね、冬美ちゃんがいたからね」
傘の中でお互いの微笑んだ顔を見つめ合ったが、冬美ちゃんはすぐに寂しそうな表情を浮かべた。
「そんな寂しそうにしないで。今日は無理でも、明日は会えるから」
「……明日も天気が悪かったら?」
「雨の中を走ってくるわ!」
「フフ、昨日の私みたいに?」
「そうよ。今度は私がびしょ濡れになるわ!」
「先生は大人でしょ?」
「アハハ! そうね、そうだったわね! なんでだろう……冬美ちゃんといると、子供っぽくなっちゃうのよ。しっかり大人らしくしようって思ってるけど、気を抜くとこうなっちゃう」
「私は京子さんのそういう所も好きだよ」
「ありがとう……私も、冬美ちゃんが好きよ」
「「フフフ!」」
元々住んでいた場所からこの町に引っ越してきて、友達と呼べる親しい人はいなかった。というか、向こうでも親しかった人はいなかった。心から気を許せる相手との出会いがなかった。
きっと、これは運命なのだろう。今まで独りだった過去も、この町に来たのも、冬美ちゃんと出会う為だったんだ。
そんな事を思いながら、冬美ちゃんと玄関前にまで来ると、家の中から誰かが出てきた。冬美ちゃんのお父さんが出迎えに来たかと思ったけど、違った。
その人物は、千田校長だった。
「校長先生……!?」
「おや、宮田先生……ほぉ」
千田校長は、相合傘をしている私達を観察するように見ると、ニコッと微笑んだ。
「随分仲良くなられたようで安心しました」
「え、ええ」
「……順調だな」
「はい? 今、なんと?」
「それでは私は失礼します。今後とも、特別学習に励んでくださいね」
そう言い残し、千田校長は傘をさして去っていった。千田校長が呟いた言葉、どういう意味だったんだろう? 私達の事をよく見てたし、千田校長に限って、下心があるとは思えない。
「……京子さん」
「ん?」
「……やっぱり、なんでもない」
そう言った冬美ちゃんの表情は暗かった。冬美ちゃんが言いかけた事を聞き出そうとした矢先、冬美ちゃんは逃げるように家の中へと入っていった。
「冬美ちゃん……」
忘れかけていたけど、冬美ちゃんのお父さんは何かを隠している。それに千田校長が関わっているとしたら、もしかすると……何の証拠も無しに、深く考えるのはやめておこう。でもいずれ、知らなきゃいけない。冬美ちゃんの為にも。
冬美ちゃんの家の前から去り、私は一度自分の家へと帰っていく。その帰路は長く感じ、寂しさと悲しさで心が一杯になった。
そうして実感する。私は、独りになってしまったんだと。
次回から新章です




