絵に込められた想い
誤字があったらすみません
お昼になっても、外は相変わらずの豪雨だ。ニュースからの情報では、これから更に雨風が強くなるらしい。この様子じゃ、今日は三食カップ麺ね。冬美ちゃんが来ると分かっていれば、色々と買っておいたのだけれど……いや、これは言い訳だ。冷蔵庫の中にマーガリンしかないなんて、いくらなんでもマズいでしょ。
「先生、これって何の絵?」
そう言って冬美ちゃんが持ってきたのは、私が学生時代に描いた人物画だった。人物画と言っても、普通の物じゃないけれど。
「冬美ちゃんは、それがどういう風に見える?」
「どういう風?」
「その絵に描かれた人は、どういう表情をしていると思う?」
「う~ん……悲しんでる?」
「悲しんでる、そっかそう見えるかー」
「違うの?」
「ん~、違うといえば違うし、違わないといえば違わないかな? それはね、人によって表情が違うように見える絵なんだ」
作品の題名は確か【他人】だったかな? 今思えば、この絵を描いた時の私は、結構心を病んでたな。
でも、この絵だけが他人から評価された絵だった。何を描いても見てもらえなかった私が描いた最初で最後の傑作。コンクールに出されると聞いて、急に恥ずかしくなったから、深夜に学校に忍び込んで盗んだ。それから少しの間、私の絵が盗まれた事が学校で話題に上がってた。
その犯人が絵を描いた本人だなんて、誰も信じないし、予想もしないだろう。
「この絵、凄いね……」
「でしょ~。色とか、塗り方とか、結構大雑把に見えて、意外と繊細に描かれてるんだ」
「そうじゃなくて……この絵から、先生を感じる。怒ったり、泣いたり……先生がこの絵の中にいる」
「……そっか……絵は時に、想いを表す。意識がキャンパスの中へ入り、キャンパスの内から描く。手や足で描く、肉体を使ったものには表現の限界がある……だから、私はこれを描けたんだ……」
何の才能も無い私が突然こんな絵を描けた理由に、今更気付いた。もし、学生時代に気付いていたら、私の今は違ってたんだろうか? 学校の先生じゃなくて、絵を仕事に。大きな美術館に展示され、沢山の人に見られ、評価され、また絵を描く。そんな毎日を過ごしていたのかもしれない。別にガッカリはしていない。だって、先生になりたかったのは本当で、事実、私は先生になれた。
それに、先生になれた事で、冬美ちゃんと出会う事が出来たんだ。こんな天使のような子に出会えただけで、先生になった甲斐がある。
「先生? 大丈夫?」
「え? ああ、ごめんね! 懐かしくて、つい思い出に浸ってたの! あ、そうだ! 今から、冬美ちゃんの事を描いてもいいかしら?」
「先生が私を描いてくれるの!?」
「ええ……といっても、もうしばらく描いてなかったから、下手くそになっちゃってるかもだけど」
「全然いいよ! 先生が描いた私、見てみたい!」
「そう? じゃあ、早速描こうかしら!」
机に行き、鉛筆とキャンパスノートを手に取り、床に座る。久しぶりの人物画が冬美ちゃんだなんて難題だ。
でも、自分から言った事だし、なにより冬美ちゃんが嬉しそうにしているんだから、頑張って描かないと!
「それじゃあ、冬美ちゃん。そこのベッドに座って」
「うん。どういう風に座ればいい?」
「う~ん……なんか、こぉー……自然の中にいる感じに?」
「ここ、先生の家の中だよ?」
「そうだけど! それじゃあ、ちょっと想像してみて……今、冬美ちゃんは広大な草原にいるの。そこは穏やかな風が吹いていて、人の生活音が何も無い静かな場所。そこに冬美ちゃんはいるの」
「先生はいないの?」
「じゃあ私もいるとしましょう。とにかく! 冬美ちゃんは今、私と一緒に草原の上で休んでいる! はい復唱!」
「私は今、先生と一緒に草原の上で休んでる」
「はい! じゃあ、よろしく!」
自分で言っといてなんだが、これから描く絵の情景なんて、被写体が考える事じゃないな。なんにせよ、まずは描かないと。描いて、今の自分のレベルがどれ程のものか、早い内に知っておきたい。
そうして、体感で1時間くらいの時間が流れた。想像していた風景は描け、私と冬美ちゃんの絵も順調に描けていた。正直、ブランクがある中で、ここまで描けるとは思いもしなかった。何故だろう、手が迷いなく動く。描いた事も無いのに、描いた憶えがあるような気がする。
そうか、今の私は、あの頃の私と同じなんだ。【他人】を描いた時の私と同じで、意識が入り込んでいる。
でも、あの頃の私とは抱えている想いが違う。悲しみや怒りなんかじゃない。穏やかで、幸せな気持ちだ。まだ絵は完成していないけれど、きっと良い絵になる。見るだけで、私と冬美ちゃんが幸せになる絵が。
それから時間は流れ、遂に絵は完成した。時計を見ると、もう午後16時。4時間も描いていた。
「冬美ちゃんお待たせ。絵が―――」
冬美ちゃんに絵が出来上がった事を教えようと目を向けると、冬美ちゃんはいつの間にか眠っていた。途中から絵を描く事に夢中で、冬美ちゃんが眠ってしまった事に気付かなかった。
ベッドへ行き、冬美ちゃんを起こさないようにして、私もベッドに横になる。冬美ちゃんがベッドから落ちないように抱きしめ、描き終えた絵をベッドの隣にある小棚に置く。
出来上がった絵の中にいる私達は、とても穏やかで幸せそうにして身を寄せ合っている。まるで、今の私達のようだ。
「絵みたいに、このまま時間が止まれば……フフ、そんなの起こりっこ無いわよね。おやすみなさい、冬美ちゃん」
現実の世界は絵のように時間が止まる事は無い。ならせめて、夢の中だけでも、冬美ちゃんと二人でいたい。私達以外の生物がいない、穏やかで平和な場所へ。
そう願いながら、私は目を閉じた。




