30 赴湯蹈火
「さて、始めますか」
タスクは石の薪の前に立つと剣を抜いた。
剣に力を巡らすと、僅かな間を置いて横の空間が歪み大きな扉が現れる。これまでと同じ重厚感のある扉を見上げると、タスクは剣を収め扉にゆっくりと手を伸ばした。すると、僅かな音を立てて扉が開き真っ暗な空間が顔を覗かせる。
「行こう」
タスクはイオが頷くのを確認すると、扉の内側へ踏み出した。
扉を抜けて目の前に広がったのは、これまでのように明るい空間ではなく薄暗い空間であった。
「なんだ?…」
瞬きを繰り返しながら辺りを見回していると、暗さに目が慣れてきたのか洞窟の中のような岩の壁に囲まれた広い空間が広がっていることがわかる。それと同時に、体を覆った熱気でじわじわと汗が滲んできた。
「暑っ…」
後から扉を抜けてきたイオが暑さに思わず呟く。
「ここは、一体何なんだ?」
「わからない。でも、神殿はちゃんとあるね」
イオが指差した前方の奥には、これまでと同じような簡素な外観の建物があった。
辺りの様子をほんのりと浮かび上がらせている光源も神殿と同じ方向から来ているようで、神殿の手前の地面から建物の側面に柔らかく光が当たっている。前回のフーイリの神殿の様に、ここの神殿の周囲も崖になっているのだろうか。2人は一先ず神殿へ向かうことにした。
小石を踏む音が静かな空間に広がる中、先に進むごとに周囲の温度が上がっているようで額に汗が浮かんでくる。
「あっついなぁ。まさか、まだ暑くなるのか?」
額を拭いながら呻くタスクの横でイオは首を振った。
「神殿がある場所だしね。…何の変哲もない場所はないって…わかってた」
神殿に近づくにつれ、神殿の手前の地面が崖になりこちら側の地面とは離れている事がわかってきた。ただし、前回の様に完全に離れているわけではなく、一部が橋のように繋がっているのが見える。道が繋がっている事には安心したが、周囲の温度が上がり続けている事が今は気掛かりだった。一歩進むごとに温度は上がり続け、橋に近づく頃には息を吸う事も躊躇うほどであった。
「暑い。…この下に何があるんだ?」
堪らずに呟いたタスクは、イオと共に崖の下を覗いてみることにした。
崖に近づくと更に温度が上がり、焚き火に近づいた時にように肌が焼けるような感覚がしだした。思わず顔の前に手を翳しながらなんとか崖下を覗いてみると、崖の奥底に赤く光る物が川の様に広がっているのが見える。所々で脈打つように黄色や白の光を発する様子は、まるで生きているかのようだ。2人は崖下の様子を確認すると、あまりの暑さにすぐに崖から離れた。
「あれって、マグマだよな」
「あれのせいで、暑かったの…」
タスクとイオは顔を見合わせると、改めて崖の先にある神殿に目を向ける。マグマからの明かりでぼんやりと姿が浮かび上がる神殿に行くには、崖と崖を繋いでいる橋状の道を渡らなければならない。先程、流れるマグマと崖の底から登ってくる熱気を体感したからか、橋の上が陽炎のように揺らいでいるような気がする。橋の上に行けば、火で熱した鉄板の上に乗るように焼けてしまうのではないかという気さえしてきた。
イオは額の汗を拭いながら、緩慢な動きで橋を指差す。
「あそこを、渡るんだよね…」
「そう、だな…」
タスクは改めて周囲を見まわした。
崖下に広がるマグマの川に隔たれた対岸に渡るには、目の前にある橋以外には何もない。対岸の神殿の奥には岩壁が迫り、それ以上何処にも道がないと示しているようだ。
「あそこしか道はねぇし、渡るしかないだろ」
「…だよね…」
タスクの言葉に、イオは大きな溜息をついた。
橋の前に近づくと、咽せるほどの熱気が2人を襲う。橋の幅は1メートル程で、対岸までは20メートルか30メートルはあるだろうか。実際にはもっと短いのかもしれないが、熱気で揺れる橋の姿は随分と長いような気がする。
「今までだって何ともなかったんだし。大丈夫さ」
思わず怯んでしまいそうな暑さに、タスクは自分に言い聞かせるように言うと橋へと一歩踏み出した。
「そうだね。今までと同じ…」
イオも、自分に納得させるように頷くと橋へと歩き出した。
橋の上に出ると、それまで以上の暑さが2人を襲う。全身を覆った暑さはまるで火を直接向けられたようで、肌を焼くような感覚に包まれる。安易に息を吸えば肺まで焼けてしまいそうな感覚に、思わず目を閉じてしまいそうになるがなんとか前を向いて足を進めていく。あらゆる方向から迫り来る熱に、思わずふらつきそうになる足を必死に踏み締めて歩き、漸く橋を渡り終えることができた。
橋から離れると急に暑さが和らいだ気がして、橋から離れながらも後ろを振り返った。息もし易くなったように感じ、次第に意識もはっきりとしてくる。
「橋の上以外が涼しく感じるね」
ほっとしたように息を吐いたイオに、タスクが頷く。
「焼け死ぬかと思ったぜ。あの暑さが橋の上だけで良かった…」
一息ついてから隣に目を向けると、これまでと同じような簡素な外観の神殿が目に映った。
2人で建物正面の入り口へ向かい、ゆっくりと扉を開ける。難なく開いた扉の内側も、これまでの神殿と同じように柱以外に何も無い開けた空間になっていた。薄暗い神殿内に足を踏み入れ扉が閉まると、不意に周囲の温度が下がった気がした。ここに来る前の聖域の気温ほどは下がってはいないだろうが、汗が引くくらい過ごしやすい温度になっている。また、薄暗い洞窟内なら室内はもっと暗くて見通しが悪いかと思っていたが、思っていたよりも周囲の様子がよく見える。両側にある壁には格子の入った小さな窓が並んでいるだけなのだが、何処から光が来ているのか不思議なくらいだ。
部屋の中央の床にある円形の溝も難なく見つける事ができた時、覚えのある陽の光を浴びたような感覚が2人の下へ届いた。はっとした2人が顔を上げたところで、予想していた人物の声が聞こえてくる。
『…タスク、イオ、聞こえますか?』
「聞こえてるぜ、ミール」
「私も、聞こえてるよ」
2人が答えると、ミールのほっと息をつくような様子が伝わってくる。
『今回も無事に辿り着けたようですね』
「ここの神殿、マグマが流れる洞窟内にあってさ、すんげえ暑いんだよ」
「神殿の中は暑くないんだけど、2人して焼けちゃわなくて良かったねって言ってたところ」
笑いを含ませながら2人が言うと、興味深そうなミールの声が聞こえてくる。
『そのような所に神殿があるのですね、…帰りも気をつけて戻ってくださいね』
それから3人は、さっそく力の結晶の呼び出しに取り掛かった。
タスクとイオが剣を手に床の円形の模様の中に立つと、ミールの合図で剣に貯めた祷力を床へ流す。すると、2人の剣先から光の波紋が広がり、壁を伝って天井まで一気に部屋全体を照らし出した。天井まで登った光が霧散し細かな光のカケラが宙を舞う様子を見上げていると、部屋の中心で光りだすものがあった。目を向けると、周囲に舞う光のかけらを引き寄せるように光の粒が輝いている。周囲の熱を吸い込んでいるかのような僅かな空気の流れを感じると、光の粒は瞬く間に3センチほどの赤く輝く球体になった。内側から脈打つように赤い光が揺らめくその様子は、崖下に流れているマグマのようで近づけば熱を感じそうだ。2人が赤い輝きに見入っていると、一際眩く瞬いたかと思った途端に部屋全体に光が広がり、2人は思わず目を閉じると同時に光に包まれた。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます!
30話まで来れたので、次回は閑話を挟みたいと思います。




