27 風浪
ぼやけた視界に映るのは天井だろうか。
しだいにはっきりしてくる意識に、何処かの部屋のベッドで寝ていることがわかる。ここが何処なのか、どうしてここにいるのかを考えていると魔物と戦った事を思い出す。
タスクは慌てて体を起こすと辺りを伺った。
簡素なベッドの両脇には、簡易的な衝立が立てられている。診療所の一室のようだが、ここへ来た記憶は無い。衝立の向こう側から陽の光が差し込んでいるようで、白っぽく室内が照らし出されている。すると、衝立で死角になっている位置から扉の開く音がした。
「あ、起きてたんだ」
足音と共に現れたのはイオで、手にトレイを持っている。
「イオ…ここは何処なんだ?…俺…」
何処かぼんやりとしたままのタスクの横で、小さな机にトレイを置いたイオが振り向いた。
「気分はどう?何処か痛いところはない?」
「ああ、大丈夫。問題ない」
タスクが改めて体を見下ろして答えると、イオは小さく息を吐いた。
「なら良かった。ここはアツハナの警備隊の本部にある医務室だよ」
「警備隊の医務室?」
「昨夜、魔物に近づきそうになった人達がいたの覚えてる?その人達が警備隊の人で、タスクが倒れた後運ぶのを手伝ってくれたんだよ。今は一夜明けて、朝になったところ」
「そうだったのか。あの時…戦闘が終わった後、急に体が重くなって何にも出来ないまま倒れちまったんだよなぁ」
昨夜の事を思い出し、頭を掻きながら言葉を漏らしたタスクにイオは顎に手を寄せ考えだす。
「恵みの力を使い過ぎたんじゃない?力を使うには体力のようなものが必要だから、ほぼ初めて力を使ったうえに何度も力を使ったなら、身体に限界がきて気が緩んだ途端に倒れちゃったんじゃないかな」
「そっかぁ、力を使う時には気をつけないとな」
そこでイオが、貰ってきたと言う水をコップに注ぎタスクへ手渡した。
タスクは礼を言って水を一口飲むと、急に喉の渇きを思い出したかのように一気に飲み干してしまった。急ぎ過ぎだと苦笑いをしたイオがもう一度コップに水に注ぐと、同じ様に苦笑いをしたタスクは今度はゆっくりとコップを傾けた。
「まあ、おかげで私も警備隊の宿舎を借りることができて宿泊代が浮いたけど、昨夜は魔物のことを聞かれて困ったよ」
「魔物のこと、見えてたんだな」
「はっきりとは見えなかったみたいだけど、見通しの良い通りだったし魔物も大きかったからね。あの魔物は何なのか、何で魔物の事を知っているのかとか同じような事を何度も聞かれたから、使者の印を見せてミール様の指示で魔物の実態を調べているって話した」
昨夜の事を思い出したのか、イオは疲れたように首を振った。
「恵みの力についても聞かれたのか?」
「恵みの力はよく見えてなかったみたいだから、何も話してないよ。光と闇の神の話もしてないから、タスクも何か聞かれたときは気をつけてね」
「わかった」
暫くして人の往来が多くなってきたのか外から物音がするようになってくると、2人の元にタスクを運んでくれた警備隊の2人がやってきた。
1人はこの街の警備隊の部隊長のコークと名乗る男性と、もう1人はその部下のユタと名乗る男性だった。2人はタスクの状態を確認すると、早速質問してきた。
「話を聞かせてもらいたいんだが、君はどうして昨夜あの場所に居たんだ?」
医務室で集めて来た椅子にタスクと向かい合うように座ったユタが、紙とペンを手に質問をすると離れた所からイオの溜息が微かに聞こえて来た。
「何度も悪いね。皆んなに聞いていることだからさ」
うんざりとした表情をしたイオにユタが苦笑いと共に返すと、それを見ていたタスクがゆっくりと口を開いた。
「じゃぁ、もう聞いてると思うけど、俺たちはミール様の指示で魔物の実態を調べていて、昨日はたまたまあそこを通りかかったんです」
タスクは、首に掛けていた使者の印を取り出すとユタに見せる。使者の印を見たユタは、軽く確認すると頷いた。
「確かに、君も王家の使者なんだね。魔物を調べていたとなると、この辺で魔物の情報があったのたのか?」
「いいえ、ここへは各地を周る途中で通り掛かっただけです」
聞かれる内容はイオが話していたものとほぼ同じで、予め打ち合わせしていた事を話すだけで済みそうだたった。
「…なるほど。事情があったにせよ相手は魔物だ、町に近いなら尚更警備隊への連絡はしてくれよ」
「…気をつけます」
一通り話しが終わると、2人は解放されることになった。
警備隊本部の建物の外まで案内してくれたコークとユタに礼を言った2人は背を向けて町中へと歩き出す。しかし、数歩と進まないうちにイオが振り返った。
「私達が知っている事は昨夜話した事で全てですが…魔物からのあらゆる脅威に対して、十分に注意してください」
「…わかった。対策の強化を考えよう」
イオの虚勢や見栄の無い真剣な言葉に、コークもその態度に応えた声を返す。
増えてきた人通りに紛れるように遠ざかる2人の姿に、ユタは思わず言葉を漏らした。
「俺、使者の印なんて初めて見ましたよ」
「滅多に発行される物じゃないからな。俺も今までに数回しか見た事がない」
溜め息と共に腕を組むコークに、ユタはちらりと目を向ける。
「王女は何をお考えなのでしょう?あのように、まだ子供のような者を使者にして」
「さぁな、何かと活動的な王女の事だ、何かお考えがあっての事だろう。あの2人だからこその理由が…」
「その理由って何ですか?」
「分かるわけないだろ?ほら、報告書をまとめるぞ」
釈然としないユタを残して、コークは建物内へ戻っていった。
「で、俺はどうやって恵みの力を使ったんだ?」
「…知らないよ」
その日の目的地である村に辿り着いたタスクとイオは、鍛錬をするために村外れの空き地に来ていた。
剣を片手に考え込んでいたタスクは、イオが僅かに眉を寄せるのも気にせずに話しを続ける。
「昨日力を使った時に、いくつか違う使い方をしていた気がするんだけど…どうやったんだ?」
「…だから、知らないって…」
昨日の戦闘時は夜で暗いこともあり、少し離れた所にいたタスクの様子はイオの所からはよく見えなかった。
唸りながら考えるタスクにイオが一つ溜め息を吐くと、その頭上を木の葉が一枚舞って来た。木の葉は辺りを吹き抜ける風に乗るように、ひらひらと回転しながら飛んで行く。
「私よりも、葉っぱに聞いた方がいいんじゃない?」
「葉っぱ?」
不思議そうに顔を上げたタスクに、イオは舞って行く木の葉を指差した。木の葉は時に方向を変えながら、ひらひらと遠くまで飛んで行く。
「風を受けて…風に乗って…飛んで行く…」
木の葉の様子を見つめたタスクは、僅かに呟くとそのまま考えだした。まるで風を利用して遠くまで飛んで行っているような木の葉の姿に、タスクは昨日の戦闘との繋がりを見た気がして、飛んで行く木の葉を瞳に映しながら昨日の記憶を辿った。
そのまま暫くじっとしていたかと思うと、不意に顔を上げる。
「うん、わかった!やってみる。ありがとな!」
何やらすっきりとした表情をしたタスクは、イオに礼を言うと元気に離れた所まで走って行った。
「…どういたしまして」
タスクの様子に肩をすくめたイオは、自分も鍛錬をすべく剣を握った。




