20 軌跡
初めて恵みの力を使った次の日から、イオは力の使い方の練習を始めた。
初めて力を使った日から練習ができれば良かったのだが、その日は雨の中なんとか目的の町に辿り着き宿を取るとまるで倒れるように寝てしまった。雨の中の移動で疲れたからと言うだけでなく、恵みの力を使った為酷く疲れたのであろう。どうやら恵みの力を使うには、体力のようなものを削らなくてはならないようだ。
その日宿を取った町の外れでは、イオが剣を構えて剣先を見つめていた。
滞りなく剣に祷力を流し、前日にあった水の感覚がないか待つ。しかし、水の感覚は一向に現れない。
そう簡単にはいかないかぁ。
構えを解いたイオは溜息を吐きながら剣を下ろした。そこでふと視線を感じて、そちらへ目を向ける。
「何してるの?」
離れた所で、タスクが腰に手を当ててイオの事を見ていた。
「見学だよ。恵みの力の練習、してたんだろ?」
「…あんまり見られてると、やりにくいんだけど」
「いいじゃねぇか、まだイオしか力を使えないんだし。それにもう一度見たいしさ」
「そのうち、嫌って言うほど見るようになるよ。タスクは自分の鍛錬に戻りなさい」
イオが虫を追い払うように手を振ると、タスクは文句を言いながらも自分の鍛錬に戻っていった。
イオは溜息を吐くと剣を構え直す。
今度はミールが言っていたように、水の感覚を思い出してみよう。
恵みの力を使った時の感覚は水の中に全身が浸かったような感覚であったが、ひとまず手を水に浸す感覚をイメージしてみる。剣に祷力を流しつつ、目を閉じて手のひらを水に浸し水を掬うように動かした様を思い浮かべた。すると、微かに手の周りを何かが覆っているような感覚があった。微かな感覚を逃さないよう、慎重に手を覆っているものの感覚を探っていく。ふわりと微かに覆っている何かは、剣の先まで覆っているようだった。
これは…水?
ゆっくりと目を開くが、手や剣には何も無く変わった様子はない。しかし、手の周りを覆っている感覚は続いている。
まるで、空気の中の水が祷力に引き寄せられているみたい…
そう思ったところで、イオの中で何か引っかかるものがあり、ふと顔を上げたイオはもう一度言葉を反芻する。
水の感覚…祷力に引き寄せられる…
タクスは剣を鞘に収めると、イオの様子を眺めた。
少し離れた所では、イオが剣を振り下ろすと立て続けに横へ薙ぐ。その刀身は水を被ったように濡れていて、剣が通った跡には小さな水飛沫が日の光を反射させては消えていった。下ろした剣の先端からは水滴が落ちている。
その様子を見たタスクは思わず声をかけた。
「恵みの力、使えるようになったのか?」
イオは眉間に皺を寄せて溜息を吐くと、くたびれたように首を横へ振った。
「うぅん、全然。昨日使えたのは全部、先代の記憶のお陰だったみたい。今まで使った事も、見た事もないものを使うのって難しいね」
タスクはイオが剣を軽く一振りして、刀身に付いていた水を綺麗に振り払う様子を目で追った。剣を一振りして水を払うにしてはまるで水が蒸発していくかのように綺麗に落ちている様子は、恵みの力を操ることができているように見え、タスクは気のない返事をする。
「ふぅん。何か掴めたように見えたけど、まぁいいや。そろそろ暗くなるし、宿に戻ろうぜ」
イオが周りに目を向けると、陽が沈みかけた森には夜の暗闇が迫っていた。
「もうそんな時間かぁ。今日はここまでだね」
次の日。
「あっ」
移動の休憩時にタスクが剣の手入れをしていると、イオの短い声に続けて纏まった水が地面に落ちる軽い音がした。
タスクがすぐに音のした方を見ると、離れた所にいるイオが溜息を吐きながら掌を上に向けた片手を見ていた。反対の手に握った剣は下に向けられている。タスクが声をかけようとすると、イオは水が滴っていた手を振り唸りながら何やら考え始めた。
「……続かないなぁ……もう少し……」
何か呟きながら考え込んでいる様子を見て、タスクは開きかけた口をゆっくりと閉じた。そして、頭を掻くと声をかけることなく剣の手入れを再開する。
「いいなぁ〜、俺も恵みの力使ってみてぇなぁ〜」
タスクは独り言ちてから気になってもう一度イオの方を見ると、イオは先程と同じように剣を握る手と反対の掌を上に向けていた。
「水の土地で、水の恵みの力なら…風の里のフーイリだと風の恵みの力になるのかな?」
タスク達の故郷であるフーイリは、絶えず風が吹いているため別名風の里と呼ばれている。そのことを思い出し、故郷の情景を思い浮かべたタスクは、その的を射ているとしか思えない姿に満足そうに頷く。
「うん、間違いないな」
そして、またイオの方を見てみると胸の高さほどに掲げられた掌の上には、小さく透明な丸い物が浮いている。水が空中で塊になって浮いている様子に、タスクは目を丸くした。イオの掌の上で丸まった水は徐々に大きくなっているようだったが、拳ほどの大きさになったところで全体に漣が広がるように動き出し、途端に崩れて掌を通って地面に流れ落ちてしまった。それを見たイオはまた溜息を吐いて何やら考えだす。
「…恵みの力、使えてるんじゃねぇか?」
思わず呟いたタスクだったが、離れた所にいるイオにその声は届くことはなく、また片方の掌を上に向ける事を繰り返している。その様子をみたタスクは苦笑いをし、身の入らない剣の手入れを続けた。
また別の日。
川の近くの街に宿を取った2人は、人気のない川辺で鍛錬をしていた。
流れの穏やかな川の近くに立ったイオは川の水面へ剣先を向けると、呼吸を整えるように動きを止める。そして、川の流れる音が周囲に満ちる中、何かのタイミングを見計らったかのように俄かに剣先を上に向けた。
すると剣の動きに合わせて、軽い音と共に川から水が噴き上がった。まるで縦に伸びた草のように細い線状に吹き上がった水は、腰ほどの高さまで飛沫を運ぶとすぐに川の流れへと消えていく。噴き上がった水が水面へ消えていくのを見届けたイオは、呼吸を整えるように一つ息を吐くと再び剣先を水面へと向けた。そして間を置くと、また剣先を上に向けて水を吹き上がらせる。何度か繰り返すにつれて噴き上がる水の量が増し、細い木程の太さの柱になった水はイオの背の高さまで噴き上がっていた。重量感が増した水の柱が崩れる音が辺りに響く中、イオが肩で息をしながらその様子を見ていると背後から声がかけられた。
「すげえな、恵みの力使えるようになったんだな」
イオが振り返ると、鍛錬を終わらせたタスクが歩み寄る。
「少しはね。戦闘で使えるかは別だけど」
「まあ、それはこれから調整していくしかないよなぁ」
タスクが唸りながら腕を組むと、イオは溜息と共に剣を軽く一振りして鞘に収める。
「そうだね」
その様子を見ていたタスクは一転して明るい声を上げた。
「なぁ、さっきのもう一度見せてくれよ」
「…なんで」
眉間に皺を寄せるイオに、タスクはニヤリと笑顔になる。
「予習だよ。次は俺が恵みの力を使えるようになるかもしれないだろ?その前に様子だけでも見ておきたいんだよ」
殊勝な事を言っているようだが、その表情からは好奇心が溢れ出している。タスクの笑顔とは対照的にイオの表情は険しくなっていく。
「見るだけでなら、今までもずっと見てたでしょ?恵みの力を使うには体力がいるから、今日はこれでお終い」
「へぇ、体力がいるのか。じゃぁ、あと一回」
「いやだ」
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
20話までこれたので、次回は閑話を挟みたいと思います。




