パー・サムヴァルシオン
パー・サムヴァルシオンは没になったCDの付属話なので設定が色々古いです。
しかしこうして情報公開したのでベチトスの本名が変わったりはもうないと思います
登場人物の兎鯽の読み方は『とふな』です
オーダム。彼は、いやその人は男性が女性かもわかっていない。組織かもしれないし、1人かもしれない。国籍も分からなければ、宗派も分からない。
面倒だから1人の男性と仮定する。彼は主に1800年代に活動をしていたとされる。なぜ彼が国籍も分からなければ組織かもしれないとされるのかは、その作品が世界各地で発見されたからだ。フランス、イギリスなどの欧州だけでなくチリやアメリカ、日本やオーストラリアでも彼の作品とされる物が見つかっている。
それも多種多様で絵画だったり壁画、彫刻や果てまでは楽曲もある。そんなオーダムの作品がヴェネツィアに集まって作品展を開くというのだ。謎に包まれた彼の作品を見たがるマニアは世界各地にいる。そして彼らもオーダムの作品を探している。
そんな作品展に兎鯽とベチトスは来ていた。ケチな話チケットが貰えたから来ただけなのだが。ベチトスはそんな兎鯽に着いてきただけ……とは言うもののヴェネツィアまでの足はベチトスの物である。
「会場です。」
丁寧な物腰で話しながら車の扉を開くのは初老はゆうに超えてそうな老人。彼はスリリダンテ家の執事である。因みにベチトスはニックネームで本名はベネレンチ・トレーズ・スリリダンテである。執事の名はジョン・ヴァルニス。右腕を戦争で無くしており、兵役後就職先が見つかっていない中、ベチトスの育児係と家事を両親が仕事で全然出来なく、悩んでいたスリリダンテ家に就職する。右手はベチトスの母が作った義手を着けている。
「1800年代と言うと600年前?」
「600年ねぇなかなか想像できないわね。まだ20年すら生きてないのにとても長く感じるのに。」
「ジョンさんはいくつなの?」
「兎鯽さん。私は79歳になります。そうですね。実は400年前の研究ですが、体感の人生というのは20歳で折り返しなのですよ。つまり20歳の時に体感は人生半分過ぎているのですよ。」
「へぇ。そうなんですね。じゃあもうすぐベチトスは人生半分かぁ。」
「そういうことになりますね。いかんせん400年前に出来たデータなので現代で検証したらデータは変わるかもしれませんが。」
「79年がどれぐらい長く感じたのか、を兎鯽さんは聞きたいのでしょうね。人生を100年としたら私はあと21年です。比で言えば20歳まであと5年と言った所でしょうか。丁度兎鯽さんの年齢ぐらいですね。兎鯽さんが今までの人生の体感時間を2倍した分だけ。私は長く時間を感じていますよ。」
「流石だねベチトス…いやスリリダンテ家の執事だ。」
「お褒めいただきありがとうございます。」
「でもちょっと違うよ。計算がね。比で計算すれば20歳が半分でそのうち4分の3生きているから私は8分の3生きている。ジョンさんは20年は生きてて残りの半分のうち4分の3生きてるからジョンさんは8分の7生きているから、正確には3分の7倍が正解だよ。」
「流石兎鯽様です。」
「お褒め頂きありがとございます。」
「兎鯽行きましょうか?」
「うん。そうだね。」
「ではご帰宅の時はご連絡下さい。10分もあればこの場所にお迎えにあがります。」
「ありがとうね。じゃあ行ってくるわ。」
執事は深々とお辞儀をすると車に乗り込み去っていった。
窓口はドゥーズが行っていた。AIが窓口をしていることが多い。動かなくて済むからだ。何処かに駆動しなくていい分コストカットができる。逆に動くとなると大容量バッテリーかエンジンを搭載して燃料を使うか、地下にワイヤレス充電用の設備を設置するか、いずれにしてもコストが高くなる。だったらその部分は人間がやった方が安い。とされていた時代も遅く今はシンガーが人間と対等な立場にいるため、別にそんなことは無い。シンガーは人間と同じように活動している。つまり雇い主が別で設備を用意する必要は無い。結局窓口ぐらいでしか使えないドゥーズは動かなくて単純な作業をしている。
窓口から会場に入るとまず見えたのは1辺5mはあるのでは無いかと思わせるほど大きな壁画。
正三角錐の上に頂点が3つの星型のような板が乗っている。
それぞれの頂点の先には金と愛と本が乗っている。そしてどう見てもこの絵は不安定に見える。金に傾いているようにも、愛に傾いているようにも、本に傾いているようにも見える。一見仕事を取るか、愛を取るか、学を取るか心が揺れているようだ。そのため彼は研究者だった可能性。一般企業に就職するか、家業を継ぐか、研究者の道に進むか。そういう推察だ。だが近年ではこのような推察もある。本はただの本でなく聖書なのだと。なぜなら本はやたらと豪華に描かれている。だから彼は宣教師なのではないかと。1700~1800年代はカトリックが信徒獲得のために世界中に宣教師を派遣していた。つまりカトリック教徒の一派がオーダムを名乗り自身の作品を描いていたという説。そうすれば世界中に作品があり、作品の種類が多くとも辻褄がある。『彼らは金を取った。』のかもしれない。カトリックは免罪符という道徳に、神に反するような物を売り出して金を得た。そして出来たのか神の言葉つまり聖書を重視した宗派のプロテスタント。愛とはただの信徒止まりで家庭を築くことだったのかもしれない。全て推察の域を出ないが。
「ベチトスさ、もしこの3つの中で重視するのはどれ?解釈はなんでもいいよ。」
「私はねぇ。勉学。かしら。兎鯽とも学を積み上げてなきゃ親しくなれてなかったかもしれないしここには来ていなかったかもしれない。でも私はこう考えるわ。私自身は下にいて紐が垂れてる。紐を引っ張れば板が傾いて自分の元に落ちてくる、だったら思い切り引っ張ればいいじゃない?落ちてくる順番は違えども全て手に入るわ。」
「なにそれ、凄いこと言うね。でも確かにもしそう聞かれたら私はここって言うかもね。」と兎鯽は中央を指さす。
「落としたら手に入らないとしたら安定させれば自分の手から離れることは無い。だったらここを押すなり立って板を安定させたらいい。」
「道徳の授業みたいわね。答えのない問。」
「残念。不正解」
「あら?どうして?」
「道徳は芸術じゃない。これは芸術である以上なにか表現したいことが表現されている筈だ。まぁ肝心の答えは描いた本人のみぞが知るってとこなんだけどね。」
「真実は闇の中という事ね。」
ベチトスはクスッと笑うと別の絵を指さす。
「この絵は『千秋の遊戯』タイトルが日本語だ。」
千秋の遊戯と名のついた絵は額縁の中に置いてある絵から龍が飛び出しているような絵だ。さらにその龍達はこの現実世界に存在する絵、そのものから飛び出しそうだった。凶暴性と温厚な性格を兼ね備えていそうな龍。そんな龍の前には簪を挿した1人の男性。恐らくこの絵のモデルは須佐之男による八岐大蛇討伐だろう。しかし男からは神という感じがしない。実は須佐之男では無いのかもしれない。と言うがそれが正解なのだろう。古来よりどの神話でも神は世界最高の存在とされ、人間、いや地上の生物に遊ぶように試練を課したり、気分で全てを破壊しようとし、自分たちが残したいと思えば神からの言葉とやらで宣告を一人の人間にしてあとはどうにかさせる。神はそんな存在だ。
ノアの方舟の際の大洪水。壊されたバベルの塔。
バベルの塔については未だ本来の高さがわかっていないがノアの方舟については正体がわかっている。ノアの方舟は実際に存在していたのだ。6000年に1回地球に月ぐらいまで接近する巨大な氷の惑星が発見された。恐らくその一部が接近した際に溶けだし地球に大量の水が降り、いや流れ出した。それはユーラシアの西部を全て洗い流すほど大量の水。もちろん予見出来るわけが無いので彼らは高い山に逃れたあと巨大な舟を作り、島国の住人のように暮らした。それがノアの方舟の1連の話のモデルとされている。肝心のノアの方舟は見つかっていないが。
恐らく神がイタズラに生み出した怪物を英雄が討伐する。そんな設定の絵なのだろう。
そんな勢いをすごく感じる絵を横目に案内に従って奥へ進む。
台に置いてあるのは13本の瓶。それぞれの瓶には模様のような、傷のような溝が無数にある。
「なにこれ?」
「どうやらオルゴールとレコードの融合体のようなものみたいわね。」説明を読みながら簡潔に説明していくベチトス。
「チケットを機械にかざすと動画データと音源データが貰えるみたい。それで…どうやら今流れているのも再生したものをスピーカーから流しているみたいわよ。」
「嘘ぉ……明らかにガラスが出す音じゃないよ……」
明らかにただの音楽隊が演奏しているように聞こえる。バイオリンにクラリネット。オーボエにハープ。ピアノにビオラまでも。歌声さえも聞こえてきそうだ。瓶からこれは1820年頃に作られたとされる。つまりエジソンが蓄音機を作る50年程前になる。その頃にこんな高音質なものを作ったのかと驚いた。恐らく手で掘ったのだろう。模様に見える溝がとても美しい。
そんな感じで次々と作品を見て行った。
次が最後の作品。
『ヴァル二の日記』この作品は他の作品と比べ色々毛色が違う。この日記は唯一の日記でしかもとても哲学チックなのだ。文学作品としてミステリやSF。神話を元にした話はあったがどれも文学的であった。
そして最大の特徴が女性的な文章なのである。他が男性的なのに対しこれだけは女性的。そのため実は女性だなんて話もある。しかし土佐日記のように男性でありながら自身を女性として書いた文の可能性もある。
筆者が死んだ父親と会うために様々なことを試し、思考する日記だ。ヴァル二の日記には世界は不可視境界線という膜によって包まれており、死して肉体を捨てると不可視境界線を越え自由を手に入れられると。正確には死者の世界に行くことが出来る。しかし肉体を捨てる以上匂いも味も音も全てを感じることが出来ないと言う。
それではダメなのだと。それでは父だと分からないという。
しかし最後には父は既に肉体を捨てている以上自分のことを認識してくれないし肉体がないのだから父親は音を発することも、触れることも出来ないと思考の漏れに気が付くところで終わっている。
その後は何もそれらしい記録がない、もしくは一般個人が分からないため正確には不明だが、通説では父親の墓を掘り起こし、父の遺体と共に焼失したのだという。
「不可視境界線の向こうは死者の国か。でも死者は既に肉体を捨てている以上死者同士、死者と生者ではコミュニケーションが取れないって言うのか。」
「そう考えると死が余計怖くなるわね。」
「そうだね。人は脳が止まって永遠に眠って意識がない状態のように意識が完全に消滅するって科学的事実から希望を求め目を逸らしている。それが天国とか……でもヴァル二はその希望にすら永遠の孤独という絶望に思えてきて全てが嫌になったのかもしれないね。」
「そういうところでは1番希望があるのは仏教かしら。
記憶が正しければ仏教には輪廻転生の考えがある。消滅でなく初期化されてまた肉体を与えられる。永遠の孤独もない。1番希望に満ち溢れているかもしれないわね。」
「でも死後の世界を信じている人達からは現世に永遠に囚われる刑罰のようにしか思えない。どんなものにも視点ごとに見え方が変わる。」
「そうね。でも出来る限りなら死を迎えなければいいのよ。死をただとひとつの状態として考えるの。睡眠状態とかのように。自分で死を選ぶことが出来る。」
「それって素晴らしいと思わない?」
ベチトスは目を輝かせ呟いた。
「お土産も買えたし満足満足。」
兎鯽が満足そうに袋を掲げている。
「ねえ、貴方なら不老不死の薬でも作れるの?あんなにすごいことをしたのだから出来そうだけど。」ベチトスが突然聞く。
「うーんそうね。実は不老の薬は作ったことがある。と言ってもまだ長生き程度だけど。今も家で薬を与えたオタマジャクシを5年は飼ってるよ。」
「不死は?」
「あれは無理ね。不老なら体内の細胞の増えたり減ったりをどうにかすればいいけど不死は0から1を作らないと行けないからね。まあ不老だって事故とか病気とかに会わなきゃ永遠に生きれるわけだし。」
「私の父の技術でも?」
「そうね。それがあればできるわ。まあもっと高性能な制御装置と超小型化が必須だし何よりそれで生きてるのって、人と言えるかしら?」
きっと彼は天命尽きて宇宙に行ったのだろう。でもなぜ彼が好かれるのがよく兎鯽には理解出来ず、ベチトスにはよく理解できていた。きっと狂信者であり、天井者だったからだろう。
実は前のデータは残っていませんでしたがベチトスの名前は描く度に本名が変わってたり……没になったCD話なのでガッツリネタバレするとベチトスの執事ジョンがオーダムです。どっかにヘタクソ絵の設定画があったと思いますが消失したかもしれません。
オーダムは記憶が正しければ元では最後とある真実を知り、人外となります。それで不老不死になってます。あとこの話と新しい設定では時代設定がだいぶ違うのですがオーダムは第二次世界大戦で片腕をなくした設定でした。さすがに時代設定は直して書いたのでその辺は改変しました。