とても勢いのある7話
着いたのは、キリア地区外の空き家だった。
「ここ?どうも、黒幕がいるとは思えないなぁ……」
「でも、ここに僕の友人のメイドがいる……んですよね?」
「多分ね」
ただ、いかにもボロい、空き家の代表みたいな風貌の建物だったので、本拠地のアジトには思えなかった。
地下でもあれば別だけど……
「まぁいいや。行こう」
「あ、れ、レナ様!」
行こうとしたところで、さっきから少し震えるような様子を見せていたヨーテがレナ様を呼び止めた。
「や、やっぱり僕、ここに居ていいですか?」
「え?」
「自分から捜査を依頼しておいて、本当に申し訳ないんですが……こ、怖くなっちゃって……」
ヨーテの足を見ると、やはり少しだけ震えていた。
いくら学年1位とはいえ、悪意のある人間と対峙するのが、怖くなってしまったのだろう。
「…………ふーん。まぁいいわ。アンタが昔から臆病なのは知ってたしね。そのせいで、私達のパーティ追い出されたんだし」
今度は、俺がびっくりしてレナ様をみた。
そういえばそうだったような……あれ?本当だ。よく考えたら、ヨーテが魔物とか山賊とかと戦っている姿を思い出せないぞ?
そっか、昔の俺は、そんな臆病なヨーテだったから、パーティを追い出したのか。流石に、1人を守りながら戦うのは難しいと判断したのだろう。
記憶にはないけど。
「じゃあそこで待っていて。でも万が一にでも取り逃しちゃったら、そいつを捕まえてよ?」
「は、はい!頑張ります」
「じゃあ行こう。ユウリ」
あ、俺はレナ様について行くんですね。とは、口にする必要がなかった。
確かに、これだけ怯えてるヨーテと一緒にいるよりは、レナ様といた方が安全だろう。
「全く、ヨーテってばあーいうとこあるよね」
レナ様は空き家に入ってすぐ、ヨーテへの愚痴をこぼした。
「レナ様は、ヨーテ様がお嫌いですか?」
「嫌いっていうか、なんか変なんだよアイツ。私を崇拝してるような感じ出して、こういう時ついてこないし、心の内が見えないっていうか……」
レナ様は、『剣聖』と呼ばれるだけの人なので、どんな相手にも自信を持って立ち向かって行くのだが、これだけ後ろ向きな言葉が出てくるのは意外と珍しい。
「ヨーテ様も、心の中ではレナ様に対抗意識を燃やしているのかもしれません」
「だとしたら、今回はついてくるでしょ」
レナ様は、ヨーテが言い出したのについてこなかったことが、相当頭に来ているようだ。
そんなに怒るようなことかな。なんて言ったら、また機嫌を損ねて、何されるかわからない。
暴力を振るわれたりすることはないと思うが、際どい格好とかはさせられかねない。
そんな文句を言いながら、空き家の部屋を開けて行ったが、空き家の中は狭く、しらみつぶしに1つ1つ部屋を開けてもすぐに最後の部屋に辿り着いてしまった。
最後の部屋と表現したのは言葉のあやで、入り口から順に部屋を開けて行ったら2階の1番奥の部屋だけが残ったのだ。
「じゃあ開けるよ」
レナ様が扉を開けた時。
視界に映ったのは、誰もいない部屋とーーー
「ーーー呪文?」
俺の言葉と同時か速いか、視界が数百もの呪文で埋め尽くされ、空き家の中にいるはずなのに、どこか別の世界に飛んだみたいだった。
一眼で異常だと分かった。
この呪文の数は、その場で唱えるような、実用的ものじゃない。
時間をかけて記し、罠のように仕掛けておくものだ。
だが、それにしても、ここまでの呪文を書く技術も相当だった。
こんなことができるのなんて……
「うぐっ……」
やがて視界が元の空き家に戻ると、今度は立っていられなくなった。
しかしそれはレナ様も同じようなものらしく、苦しそうな顔で地面に転がっていた。
「こ、拘束魔法……?それも、かなり上位の……」
初級や中級程度の拘束魔法なら、レナ様程の人ならば力ずくで解除できる。
しかし、ここまで手の込んだ呪文であれば、魔法を扱える人ですら解除に時間がかかるだろう。
つまりこれは、レナ様への明らかな敵対を示している。
「あはは、思ったより簡単でしたね」
苦しんでいる俺達の頭の上から、嘲るようにそう言ったのは。
「……ヨーテ」
俺は唇を噛み締めた。
こんな大層な呪文を用意できるのなんて、相当な魔法の使い手だ。それこそ、騎士団の中にすらいないほどの。
実際ヨーテは、その域に達していたのだと思う。それがなぜ学校へ通っていたのかは不明だが、今この瞬間のためだったのかもしれない。
「結局今の時代、力だけじゃどうにもならないんですよ。魔法で身体強化すれば同じくらいに強くなれますし、ほら、今だって拘束魔法を解除できないでしょう?」
「くっ……アンタ、今のうちに外さないと……」
「脅しですか?そんな地面に寝転んだまま?無様ですねぇ」
ヨーテは、体が動かなくなっているレナ様のそばに近づいた。
「ほら、対抗してみてくださいよ!」
そして、レナ様の腹を蹴った。
「うがぁッ!」
「レナ様!」
レナ様の体は軽く、部屋の壁まで飛ばされた。
ヨーテによる腹への一撃は、前俺が人攫いにやられた時よりももっと痛いだろうが、レナ様は気を失ったりはしなかった。
「あれ?やっぱりタフですね。この魔法には、身体能力低下も入ってるんですけど」
「ヨーテ!」
俺は、意気揚々と喋るヨーテの言葉を遮った。
「何が目的だ……!」
「目的?……ふふ、目的ですか……」
今度は、ヨーテは俺の方に歩いて来た。
そして、髪を掴まれ、強引に上体を起こされる。
「復讐、ですかね」
「ふ、復讐?」
復讐。そう言われても、心当たりがなかった。
魔王を倒して、世界から感謝されることはあったとしても、少なくとも人間に恨まれることなんてないと思ってた。
それが、なぜ?
「どうして?って顔してますね。教えてあげますよ。レナ様も、ちゃんと聞いておいて下さいよ!」
ヨーテは、向こうに転がるレナ様にもそう言った。
「僕がポポ村で勇者ユウリ様の弟子にしていただいた時は、本当に嬉しかった……これで、世界を救う手助けをできると……!だが、勇者パーティはそんな次元じゃなかった……僕なんかが介入する余地のないほど、完成されていたんですよ。それでも、僕は努力した。臆病だから戦わなかったんじゃない。僕が戦う相手が、残っていなかったんですよ。それなのに、臆病だからとパーティを追い出されたんだ……!」
長い1人演説だった。
俺もレナ様も静かに聞いていたが、恐らくレナ様と俺の心は一致していたと思う。
なぜなら、長い話を聞いて分かったことは、完全にヨーテの逆恨みだということだけだったからだ。
「……それ、でも……ゲホッゲホッ……そこの、ユウリは……関係ない、でしょ……」
レナ様が、息も絶え絶えで、ヨーテに訴えかける。
「えぇ?本当に僕の話聞いてました?関係ないわけないでしょう?」
だがヨーテの声から察するに、ヨーテはレナ様の言葉に呆れて、怒っているようだった。
その瞬間には、理由はわからなかったが……
「関係あるに、決まってますよねぇ?
ヨーテは、また俺の顔を覗き込んだ。
「そうですよねぇ、勇者ユウリ様?」
「っ!?!?」
「な、なんで知って……」
勇者ユウリ。それは正しく、俺が隠そうとしている、俺の正体だった。
それを、このヨーテが知っている?なぜ?誰かが漏らしたのか?だが、これを知っているのは、俺達勇者パーティだけのはず……
「あはは、貴方達が考えていることは、きっと見当違いですよ。貴方が勇者ユウリだと知っているのは、貴方達だけではないということです」
そうか、だからあの時人攫いが、「お前を攫ったら金持ちになれるって聞いたからな」なんて言ってたのか。
不特定多数の誰かが俺を狙っている……?それとも、ヨーテが斡旋したのか……?
「おっと、喋りすぎちゃいましたね。まぁとにかく、悪いようにはしませんよ。貴方達には、僕の糧になってもらいますからね。それでは、おやすみなさい」
おやすみなさい、と聞こえた途端、瞼が重くなった。
耐えようとしても、耐え難い睡魔。
睡眠魔法だが、かなりの練度だった。
なぜ、これを、正しい道に……
ついには、俺の意識は、どこかへ行ってしまった。