出会いと進展の5話
「つ、疲れましたぁ……」
昼休みになって、食堂にやって来たレナ様と俺。
机に突っ伏しはしないが、座った姿勢で出来る最大の脱力をして、午前中の疲れを振り返っていた。
「剣を持って転ぶユウリなんて、初めて見たよ」
「うう……この姿じゃなければ、こんな事には……」
剣術の腕前だけで言えばレナ様の方が上だが、レナ様との繰り返しの組手からの学習能力は俺の方が上だったので、組手を続けるうちに、勝つ回数が多くなっていった。
なので、あんな無様な姿をレナ様に晒す事なんてここ最近無かった。
だからこそ恥ずかしい……!
「やっぱり、ユウリは私が守らなきゃだね〜」
「面目ないです……」
今は従者だからね!勇者ユウリじゃないんでね!たとえ主人に守られたって、プライドなんて傷つきませんよ!
「でも、ちょっと物騒な気配がするからさ。素直に守られてくれた方が私は嬉しいよ」
「確かに、わたしを攫った人達も、誰かの手助けであそこまで侵入して来たとしか考えられません」
「それに、もしかしたらユウリを直接狙ったのかもーーー」
「ーーーレナ様!」
そんな話の最中、誰かが声をかけて来た。
声のした方向を見る。
「ヨーテ!?」
考えるよりも先に、俺は叫んでいた。
叫んだ後、ハッとなった。
「あれ?僕の名前知ってるんですか?」
「あ、あー……ヨーテ様、申し訳ありません!呼び捨てにしてしまって……レナ様からお話は伺っております!」
俺は今の身分を思い出して訂正したが、コイツの名前を忘れる訳なんてない。
優しそうな笑顔を絶やさない細身のヨーテというこの男は、かつて俺の弟子だった男だ。
勿論のこと、俺の剣術は我流なので、弟子なんか取るつもりはなかったのだが、旅の途中で出会った、レナ様と同い年のヨーテが、どうしてもと言うから数ヶ月間だけ旅を共にした思い出がある。
つまり、俺が弟子にした唯一の男。
元々そこそこ剣術の才があったので、俺の剣術の一部(トーガ流とよりも深い内容)を教えたのだが、流石にヨーテがついて来れなくなりそうだったから、途中でパーティを離れてもらったんだ。
だが、そんな奴が、なんでここに?
「なるほど、じゃあレナ様はお屋敷でも僕の話をして下さってるんですね!?」
「あー!うるさいうるさい!してないってば!ユウリも変なこと言わないの!コイツ、すぐつけあがるんだから」
「このメイドさん、ユウリって名前なんですか?僕の敬愛する勇者ユウリ様と同じ名前なんて、羨ましいです!」
「あ、ありがとうございます……?」
いや、同じ名前というか、同じ人なんですけどね。
「レナ様、お昼ご飯ご一緒して良いですか?」
「えー?ユウリと2人で女子会中だったんですけどー?」
「あ、じゃあわたしは席を外しましょうか?」
「大丈夫だって。ヨーテなんかのために、ユウリがどっか行く必要ないから」
この会話のどこを了承と考えたのか、ヨーテはご飯を持って僕達のテーブルに着席した。
ちなみにここの食堂は、お金持ちの人達の間でも人気が高いくらいの食事を楽しめるので、大体の生徒が利用している。
ヨーテがレナ様の隣に座ると、レナ様は露骨に機嫌が悪そうになり、静かに食事をする時間が流れた。
ヨーテのこと、そんなに嫌いだったのかな?
だとしても、一緒にご飯を食べていて沈黙、っていうのは気まずいので、余計なお世話かもしれないけど、従者として気を使うことにした。
「ヨーテ様は、どこでレナ様とお知り合いになられたのですか?」
わざわざ知っていることを聞くことにした。
「王都ランスローからちょっと離れた、ポポ村という田舎に、勇者ユウリ様が訪れた際、僕を勇者ユウリ様の弟子にしてもらったんです。そこから少しの間、旅に同行させていただきました」
「同行させてもらったって、無理矢理ついてきたんじゃない。それをユウリが優しいから、そのまま弟子として連れてくって言ったんだよ」
あ、そんな感じだったんだ。俺はあんまり何も考えてなかったな。旅の途中でヨーテと会って、すごい押しが強かったから、別にいっかと思って弟子にしたつもりだった。
「勇者ユウリ様に同行させていただいた日々は、僕の人生で最も輝いていたと言えます。ユウリ様やレナ様が、魔物の群れを突破するお姿には、憧れを禁じ得ませんでした……」
「そ、そぉ?」
「あれ?なんでユウリさんが照れてるんですか?」
て、照れるなぁ……ヨーテ的には1人のメイドに話してるのと同じだろうけど、勇者ユウリは俺だからな……
やっぱ良いやつじゃん!レナ様がそこまで嫌う理由が分からないよ。
「で?早く本題に行ってよ」
レナ様はぶっきらぼうにそう言った。
「アンタが自分からそんなに積極的になるってことは、なにか事情があるんでしょ?ユウリに弟子になりたいって懇願した時みたいに」
え、そうなの?とヨーテの方を見ると、ヨーテは驚いた顔をして、食事を止めていた。
「流石レナ様ですね……全部お見通しですか。そうなんです。僕がここに来たのは、レナ様に頼み事があってのことなんです」
「くだらないことなら嫌だからね」
「大丈夫です。結構重大な問題なんです」
深刻な顔でそう言った。
「今、王都のキリア地区で人攫いが増えているのは知っていますか?」
その問いを聞いて、俺とレナ様は同時に顔を見合わせた。
キリア地区というのは、レナ様が現在住んでいる地域だ。つまり、あのお金持ちがたくさん住んでる地域だ。
そんな場所での人攫いなんて、心当たりしかない。
「勿論知ってるわよ」
「ですよね。頼みごとというのは、その人攫いを、レナ様にどうにか止めて欲しいということなんです」
「人攫いを止めるって、なんで私が?そういうのは騎士団の仕事でしょ?」
「いや、攫われているのは全部使用人なんです。キリア地区に住んでいる人達は、そんなメイド1人1人のために騎士団を呼んだりはしないんですよ。だから人攫いがなくならない」
確かに、あのキリア地区に住んでいる人達の最も関心がある事は、自分の名誉だった。
だから、メイド1人に対して大ごとにしては、社交界での地位に関わると考えて、メイド1人ごときには騎士団を呼ばないのだろう。
「でもなんでヨーテがそんなことわざわざ私に頼むの?ヨーテはキリア地区に住んでないし、第一、まずヨーテが動けば良いじゃない。アンタ、ユウリの弟子だし、この学校で首席でしょ?」
あ、ヨーテって首席なんだ。
ちらっとすごい情報が出て来た。
「まぁそうなんですが……これは、僕個人の正義感からくる頼み事なんですが……僕の友人が、仲の良いメイドを攫われて、帰って来ないって言ってたんです。僕も自分なりに調査してみたんですが、人望も何もなく、キリア地区には入ることもできませんでした」
キリア地区の周りは壁で囲まれており、随所に熟練の騎士が巡回し、入り口を守っている。
一般市民は、入ることすら許されないのだ。
「対してレナ様はキリア地区にお住まいですし、レナ様は騎士団の戦力全体に匹敵するくらいの強さだと思ったので……レナ様に頼む運びとなりました」
「なるほどね……」
レナ様は『剣聖』と呼ばれるだけあって、めちゃくちゃ強いので、騎士団の団員1人1人を動かすより、レナ様1人動いた方が、敵にも動きを察知され辛いとも考えられる。
ヨーテがレナ様を頼るのは、妥当だった。
レナ様を見れば、悩む表情ではあったが、嫌そうではなかった。
「まぁ、私にも無関係とも言えないからな……うん、いいよ。私が協力してあげるよ」
「本当ですか!?」
「うちのユウリちゃんを攫われたらムカつくからね」
「ありがとうございます!一緒に頑張りましょう!」
そこで話はまとまって、そこからは楽しい食事会だった。
俺がヨーテと会話をすると、渋々レナ様もそこに加わってくるような、のんびりとした時間を過ごした。
だけど、この人攫い事件が、思ったほど小さな話でないことが後々分かることは、この時の俺達は考えもしなかったんだ。