事後処理みたいな3話
目を覚ますと、見覚えのある天井だった。
寝起きで記憶は曖昧だったが、多分レナ様が回復魔法を使える人の元に連れて行ってくれたのだろう。
そしてこの天井は……
「ユウリ、起きてる?」
と、ドアが開いた。
俺はそちらに顔を向けた。
「あ、レナ……様」
「怪我はもう完治したはずだけど、今日1日は寝転んでいた方が良いって。私は今日は別のところで寝るから、そこ使って良いよ」
「別のところで寝る?」
一瞬言われている意味が分からなかったが、天井をもう一度見た時に、全て理解した。
今俺は、レナ様のベッドに寝かされているんだ。
「も、申し訳ありません、使用人が主人のベッドを使うなんて……今すぐどきますから!」
どんな時でも、立場を忘れてはいけない。
レナ様に助けてもらって、更にベッドを占領して、レナ様に別の場所で寝てもらおうなんて、虫が良すぎる。
体に力は上手く入らなかったが、無理矢理にでもベッドから降りようとした。
「いい、いいって今は!今はメイドじゃなくて良いの!だから、私ベッド、綺麗にしてあるから、嫌じゃなければ使ってよ。こんな時まで、ユウリを従者扱いするつもりはないから……」
「嫌なんかじゃないです。でも、自分の部屋に自分のベッドありますから、レナ様はご自分のベッドをお使い下さい」
「だから、良いの!あなたは、勇者ユウリなんだから!」
「レナ様……」
「敬語も無し」
レナ様のこの表情は、絶対に話を聞かない時のやつだ。旅の中でも、この表情の時は強情で、俺にはもうどうしようもなかった。
「……分かった。でも、何でそこまで俺をここで寝かせるんだ?本当に俺は、使用人用のベッドでいいんだぞ?」
「それは……」
レナの表情が曇った。
「他のメイドから聞いたの。ユウリをお使いに出したって」
「あ、それは……!」
聞いた、と言っても、レナの事だから恐らく、他のメイドの人達を問い詰めたのだろう。
でも、最終的にレナとの約束を破って外に出ると決めたのは俺だから、彼女達は悪くない。
レナにはそれを理解して欲しかった。
「違うんだ、俺が出たくて外に出たんだ。だから、他のメイドさん達を罰するのは……」
「分かってる。ユウリならそう言うって、分かってたよ。ユウリが攫われたって知った時、他のメイド全員を辞めさせようと思ったりもしたけど、そんなのじゃ何の解決にもならないって、分かってたから、彼女達には何もしてない」
レナのその言葉を聞いて、ほっと胸を撫で下ろした。
というか、全員辞めさせようとも思ったのか。俺1人のせいでって考えると、恐ろしいな……
まぁ、今のメイドは皆レナの家の本家から送られてきた人達らしいが、『剣聖』と呼ばれる人の使用人になりたい人なんて大勢いるだろうから、優秀な人をすぐ雇えるんだろうな。
「でもね、ユウリ」
レナは、真剣な表情だった。
「誰かが責任を取らなきゃいけないとは思ってたんだ」
「責任なら、俺が取るよ。俺のせいで、レナに迷惑をかけた」
「うーん、そういうわけにもいかないから……やっぱり、私が責任を取るのが筋だと思うんだ」
「いや、そんな事は……」
「結果的に、多分ユウリにも責任を負わせることになると思う。だけど、ユウリと一緒に居続けるのが、ユウリを守るのに1番良いと思う」
「というと?」
「ユウリ、学校に行こう」
レナの言葉を理解するまで、数秒必要だった。
いや、数秒後も、受け入れられなかった。
「いやいやいやいや、学校って、え?だって、学校行くって事はさ」
レナが通っている学校は、この辺りのお金持ちの人達が通う学校で、使用人を連れてくる人が大半である。
つまり、レナと一緒に学校に行くという事は……
「俺が、メイドとして、学校に行くってこと?」
「そういうこと」
マジかぁぁぁ……と、思いっきり項垂れた。
女の子になって、10日前後しか経ってないような俺が、メイド服を着て学校へ行く?
まずメイド服着て学校へ通うことが超ハードモードじゃない?なのにそれを、初心者がやるって?
無理だ!と、即否定したいところだが……
「責任取るって言っちゃったしたなぁぁぁぁ……」
「ユウリが私と一緒に来てくれれば、全部解決するんだよ?今回の件で、ウチのメイドも信用できなくなったし」
確かに、俺がこの家にいてもできる事は何もないけど!
でも、学校へ行ったって、何ができると言うんだ?
『剣聖』がいるなら、その側に無能の少女がいる必要はないんじゃなかろうか?
「あー……うーん……」
と、何度か唸ること、おそらく数分。
「……分かった、行くよ。学校、レナについていく」
「ホント!?やったー!」
ユウリと学校へ行ける!とか喜んでていて、そっちが本命じゃないのかと疑いましたが、さっきまでのレナが言っていた事は間違いない。
だから俺は、メイドとして、レナの学校に行く事にした。
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という決定をしたのが、つい昨日。
俺は今、学校に来ていた。
もっと言えば、学校の中、立派な校舎へと続くメインストリートを、レナ様と一緒に歩いていた。
「ユウリ、何をビクビクしてるのよ」
レナ様が俺に向かって言う。
レナ様の言う通り、俺は自覚しているくらいビクビクしていた。
だけど、それは当然のことだと思う。
「メイド服着てても、変じゃないよ?他にもメイドさんはたくさんいるし、何よりも似合ってるから!」
似合ってるかどうかとか、気にしてないから!と、主人に向かって叫ぶわけにもいかず。
メイド服を着ていることは、今俺が心の底から緊張している理由の1つではある。
しかし、それだけじゃないんだよな。
「きゃぁぁ!レナ様よ!」「美しい、美しすぎるわ!」「何て神々しさだ……」「こっち向いてー!!」「あぁ、会えただけでもう……」
俺は、レナ様の人気を舐めていた!
「この歓声って、毎日なんですか……?」
「あー、旅から帰ってきたら、こんな感じだったよ」
「ひぇっ……」
この学校の皆んなが、レナ様に注目している。
そして、誰もがレナ様を賛美して止まない。
英雄と呼ばれる人の、異様なまでの人気が、その側にいる俺を苦しめることになっていた。
「そっか、ユウリは英雄として帰ってきたことはないもんね」
「もし帰ってきてたら、こんなことになってたっていうのなら、英雄じゃなくて良かったです……」
レナ様は、その出自から、衆目には慣れているようだった。
だが俺は、こんなの慣れてないし、というか、メイド服姿を見られるのってやっぱり嫌だ!
だが、学校に来たので、これから授業があると考えると……憂鬱で仕方がなかった。