かっこいい2話
目が覚めた時、俺がいたのはうす暗いどこかの個室だった。
体は、縄で椅子に縛り付けられている。それ以外には何もない。
「誰かー!」
叫んでも誰も来なかった。
ああ、きっと誘拐的な事をされたんだろう、と冷静に考えた。
魔王とのタイマンに比べれば大概のことにビビらなくなる。メンタルを鍛えるなら魔王とのタイマン。これに限る。
「おう、起きたか嬢ちゃん」
と、そんな中、2人組の男がやってきた。
いかにも荒くれものだといった様子で、恐らく彼らが俺をここに連れて来たんだろう。
「あなた達は誰ですか?」
率直に聞いてみた。
あんまり刺激したくないので、あくまでも丁寧に。
「オレらはーーーって言う訳ねぇだろ!!」
おっ。ノリがいいな……
「私を捕まえた時の拘束魔法と睡眠魔法、あれは見事でした。あなた達のどちらがあれを?」
「へへっ、ありがとうな」
さっきまで喋ってなかったほうが反応した。こっちの人があの魔法を打ったのか。
いくら女の子になったとはいえ、記憶を失ったわけじゃないので、ある程度実力はわかるというものである。
その上で、この状況を冷静に考えると、たどり着く結論がある。
「今、何時ですか?」
「は?関係ねぇだろ」
「あなた達の目的はなんであれ、言った方が身のためですよ?」
「なんだ?脅してるつもりか?へっ、お前がどこの誰か知らねぇが、あんな内地の金持ちの住宅街にいるような奴らは、俺らみたいな奴が直面している苦しみなんて知らねぇだろうからよ。そんな奴らに負けるわけねぇだろ」
「そうだそうだ!あんな場所に住んでる奴らなんて、魔法なんて一切使えない奴らばっかりなんだからよ!」
確かに、レナ様が住んでいる地域は、武力とは無縁の場所だから、初級魔法すら使えない人が多いだろう。だからこそ、あの区画は厳重に警備されており、こんな奴らが入って来る隙なんてないのだが……いや、今それはいい。
今大事なのは、時間なんだ。
そう、レナ様の学校が終わる時間。
メイド達は俺が数時間出かけていた所で、サボってるんだろうなと呑気に考える事だろうが、全ての事情を知っているレナ様は違う。
レナ様が、今の俺の状況を知ったならば、この男達を地の果てまで追い詰めてでも探し出して、息の根を止めるだろう。
流石にそれは、やりすぎだと思うんだ。
「そうなんだけど……お前らは早く逃げたほうがいいって!」
命が危ないよ!
という思いを込めてみたが、伝わるわけもなく。
「なんだ?さっきと態度が違うな」
「今何時かわからないけど、俺はこのままにして、お前らだけでも……」
「あ?なんだ急に?偉そうな態度とりやがって」
男が、そう言いながら、近づいてくる。
あ、まずい。
「自分の立場わかってんのか!?」
叫び声の方が早いか、腹部に強烈な痛み。
体も椅子ごと後方に吹き飛んだ。
「かッ……ハぁっ……」
意識がもうろうとする。うまく息が吸えない。
あんな遅い蹴り一撃で。命の危機を感じるというのか。
「ちょうどいいぜ。どちらにせよ、お前を拷問してでも金のある場所を吐かせるつもりだったからな。このままやってやんよ」
そこで初めてーーー
ーーー死ぬのを怖いと思った。
視界が端から失われていく様な感覚は、これが初めてではない。勇者の旅の中で幾度となく味わってきた。その度に、恐怖を乗り越えてきた。
だがそれは、運が良かっただけかもしれない。乗り越えられる障壁だけを乗り越えて来ただけなのかもしれない。
克服できそうにない恐怖を体験するのは、初めてだ。
「お前はどっかのメイドらしいな。お前を攫ったら金持ちになれるって聞いたからな。金、出してもらおうか」
男が近づいてきて、そう言った。
俺は金持ちじゃないから、レナ様の事を言ってるんだろうか?でも、レナ様の金の在処なんて知らない。
そう答えたくても、恐怖からなのか腹部の痛みからなのか、声が出なかった。
そしてそう答えた所で、殺されるまで拷問されるんだろう。
俺が死んだら、次は別の人が捕まるだけだ。
俺以外に犠牲者を出すわけにはいかないーーー
「だんまりか?まぁいいけどよ……痛いのが続くだけだぞ?」
俺は、服を掴まれて強引に立たされた。
次に痛みが来るのは、分かっていた。
男の目が、誰かに攻撃をする時の目だったからだ。
拳が飛んできた。
恐怖の中でも、記憶に残された経験から来るものは冷静に作用するようで、それが肋骨を狙っている事は瞬時に理解できた。
まずいな、怖いな……
肋骨が折れて、肺に刺さったりしないかな。そしたら、苦しいだろうな、きっと死んじゃうだろうな……
拳が肋に突き刺さるまでの1秒にも満たないような時間では、死を覚悟することなんてできなかった。
怖い。怖い。怖い。怖い。
レナ、助けてーーーー
「私のメイドに、気安く触れるなぁぁぁ!!!」
爆発音。
天井が崩れた。
「な、なんだ!?」
拳は、ついぞ飛んでくることはなかった。
土埃の中、薄らと人影が見える。
「誰だ!?」
「拘束魔法!」
男達2人が、臨戦態勢に入る。
だが、彼女が僕の思っている人なら。
この場で取れる最善の選択は、降伏のみ。
「アンタ達?私のメイドに触った上に、攫った奴らは」
「あ!?だからなんだよ!」
「ふうん、そっか。人殺しは趣味じゃないから、自分で死にたくなるような思いをさせてあげるね」
その声が終わるのが早いか、土埃にが真っ二つに切られたかと思うと、爆風。
一気に土埃が消え去った。
見えたのは、『剣聖』と呼ばれた少女の姿。
「お、お、お、お前は……っ!!?」
「な、なんでぇぇぇ!?!?」
男達にも彼女の姿が見えたみたいだった。
この国で、彼女の姿を知らない人はいない。
本来こんな場所に来るはずのない、世界で1番剣を上手く扱える少女が、そこに立っていた。
「反省してね」
彼女はそう言うと、一瞬の隙に、男達の懐に入り込んだ。同時に。
魔法の使えない彼女が、2人になる方法。
単純にそれは、速さだった。
人間の認識の限界を超えた速さを持つ彼女は、2人の男に同時に攻撃を仕掛けることなど容易かった。
そして、目に止まらぬ程の斬撃の嵐。
きっとそれは、男達の体を切り刻んでしまわないように丁寧に調節された力なのだろう。
だが、手も足も出せないうちに皮膚の表面を切り離されていくような斬撃の嵐は、男達が死の恐怖を感じるのには充分だったようで。
いつの間にか、2人とも泡を吹いて倒れていた。
「あれ、終わり?」
レナは、それに気づくと、ゆっくりと動きを止めた。
そして、俺の方に駆け寄ってくる。
「ユウリ!大丈夫!?」
「レ……ナ……」
ごほっごほっ!と、咳き込む。
レナの顔が、心配の色に染まった。
「怪我をしてるの!?どこ、どこ!?」
「お、おなか……」
「ごめん、ごめんユウリ!私がいながら、怖い思いさせて!今急いで回復魔導士のとこに連れてくから!!」
レナは、急いで、でも優しく俺を抱きかかえた。
苦しくて、もう喋ることも出来そうになかった。
けれど、レナが来た安心感から、今度は気絶ではなく、眠った、のだと思う。