ちょっと暗い感じになっちゃった1話
「ユウリ、ユウリ!」
勇者ユウリが死闘を繰り広げた後の、魔王城廃墟。
勇者から最後の戦いに置いて行かれた勇者パーティがやってきた時には、全てが終わっていた。
「まさか、本当に1人で全てを終わらしてしまうとは……本当に恐ろしい強さだね」
「そんな事より、ユウリは!?」
遅れてやって来た彼らの中でも、レナのユウリへの思いは特別だった。彼女がユウリに置いて行かれたと気づいた時は、半ば絶望したくらいに。
「あ、ユウリ!?」
そんな彼女だから、瓦礫の中に埋もれかけていた人影に気づくことも出来たのだろう。
レナは駆け寄った。
「ユウリ、お願い、生きていて……」
レナは心に強く祈った。
強く、苦しくなるくらい、強くーーー
ーーー結果として、ユウリは生きていた。
しかし、その事実は、あるいは絶望にすら繋がる事実でもあったのだった。
「ユウリ、の格好をしてるけど……誰?この女の子」
レナは周りを確認したが、勇者ユウリ本人はおらず、彼が身につけていたと思われる鎧を装備した女の子が、倒れているだけだった。
「まさか、これが、ユウリ……?」
「ええ。解析してみたけど、ユウリ本人に間違いないようね。もっとも、その能力は、か弱い少女くらいのものになってしまったようだけど」
「そ、そんな……」
魔王を討伐したとはいえ、魔物はまだ世界に蔓延っている。それを討伐するという任務は、勇者パーティには残されているのだ。
なのに、魔王を1人で討伐してしまう程の力を持つ勇者を失ってしまうというのは、世界にとっての損失だった。
「……い、生きているだけでも良かったじゃない!1人で魔王に挑んで、生き残るなんて、とんでもないことよ?」
「そんな事、分かってるよ……ユウリが凄いなんて事は、とっくにわかってるんだよ……でも、ユウリが弱くなって生きてるなんて魔王の残党に知られたら、命を狙われるかもしれない」
「確かにそうだね。魔物達からしてみれば、ユウリこそが魔王だとも言えるだろうからね。魔物の恨みは、誰よりも勝っているだろうよ」
「じゃあ、どうするのよ……?」
レナは、目を瞑って、深呼吸をした。
「私が、守るよ。人間にも魔物にも、誰にも狙われないように、私がユウリを守りきるよ。だから、2人は、ユウリの呪いを解く方法を調べて欲しい。私は、剣を振ることしか出来ないから……」
レナは、剣聖と呼ばれる程の、剣の達人である。
だが、魔法は扱えず、解析のような単純な魔法すら、使う事ができない。
女の子になってしまったユウリを見守ることしか出来ない自分の不甲斐なさに、レナは唇を噛んだ。
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「レナ様、忘れ物はございませんか?」
俺は、とんでもなく広い玄関で、他のメイド達と並んでレナ様の学校への出発を見送っていた。
レナは『剣聖』と呼ばれるくらいなので、本来なら学校になどいく必要はないが、2年にもわたる魔王討伐の旅で失った青春を取り戻したいという思いから、復学を強く望んだのだ。
一応俺は、レナ様専属のメイドということで、最も密接に関わる位置にいるらしい。
だが、学校へついていくメイドは俺ではない。
「ホントはユウリに来て欲しいなぁ」
「まだメイド服で外に出るのは……勘弁してください」
「分かってる。じゃあ、行ってきます」
レナ様は、お付きのメイドと共に、玄関を出た。
これがメイドの毎朝の日課であるのだが、レナ様を見送った後に、俺達の本来の仕事が始まる。
「さ、始めるわよ」
メイド長がそう言うと、皆んなが持ち場に散開して行った。
いつ見ても、洗練された動きだ……
だが、俺が呑気にそれを見守るのには理由がある。
「メイド長、私は何をすればいいですか?」
と、俺は聞く。
そう、俺はレナ様の専属メイドとして雇われてはいるが、レナ様のいない時の職務は決められてないのだ。
だから、毎日メイド長に何をすべき聞く必要がある。
のだがーーー
「あー、そうねぇ……今日は……」
メイド長は、頭を悩ませるような素振りを見せる。
けれど、これが何の意味もない時間だと、俺は知っている。
「まあ、適当に何かしといてよ」
毎回こう言われるからだ。
「了解です」
そう言って、俺は、他の人の持ち場に行く事にした。
廊下にやって来た。
「あの、私に何かできる事は無いですか?」
俺は、窓などの掃除をしているメイド2人に聞く。
「えっと……特に無いかな」
「うん、手伝わなくて大丈夫だよ」
と言われてしまった。
「そうですか。すいません」
俺はそう言って帰ろうとした時。
ばしゃん!
何かが倒れて溢れる音がした。
同時に、俺の服が少し濡れているのに気づいた。
足元を見ると、バケツが転がっていて、水が地面に溢れていた。
どうやら溢してしまったらしい。
「あ、ご、ごめんなさい!」
俺が急いで、溢れた水を拭こうとすると、
「あー、大丈夫だから。早くどこかへ行ってもらえる?」
と冷たく言われてしまうのだった。
「……本当に使えないわね」
「……何であんな奴が専属に……」
俺が別の所に行こうとすると、後ろから隠す気のない陰口が聞こえて来た。
聞こえてますよ!もっと隠して!と、走って伝えようかと思った事もある。
いつも、こんな感じだ。
彼女達の反応から、俺がこの上なく疎まれているという事は、伝わって来てしまっていた。
それも仕方がない。
さっきはバケツを倒してしまったが、その他にも、畳んだ服の山をぶっ倒したり、運んでいる料理をぶちまけたりなどなど。
端的にいえば、クソ無能なのだ。
それもこれも、全部魔王の呪いのせい。
俺が封印された能力は、何も、戦闘用の能力だけではなかった。
これくらいの日常生活に必要な能力すら、封印されてしまったのだ。
だから、メイドとして無能。
にもかかわらず、ポッと出の俺はレナ様の専属として働いている。
元はあのメイド長がその役割をしていたのだ。だから、彼女について来た人達が、メイド長の仕事を奪った俺を非難し出した。
気持ちは分かるけどね。
「……無様だな」
壁にもたれると、心の声が漏れてしまった。
っと、これは良くないな。
たとえ無様でも、生きて、暖かい場所で生活できているだけでも奇跡なんだから。
「ユウリさん。何してるんですか?」
「あっ、すいません!」
こういう時に限って、
「暇ならば、お使いに行って来てくれませんか?」
「えっと、一応レナ様から外出禁止を言い渡されているのですが……」
「無理にとは言いませんが、買い物くらい、子供ですら行けますからねぇ……」
あっ、これ嫌味だ!嫌味言われてるよ!
というかもしかしたら、俺が目障りだから早いところ視界から消し去りたい、というのがメイドの総意なのかもしれない。
流石にまだそこまでは嫌われてないと思うけど。
だが、ここまで分かりやすく挑発されて黙ってたんじゃあ心まで勇者じゃなくなってしまうというものだ。黙っているわけにはいかない。
「分かりました。どこに何を買いに行けばいいですか?」
レナ様が心配しすぎなだけで、買い物誰にでもできる。顔や体を隠していけば、誰かに見られたりすることもないだろうから、女の子になった今でも勝手は変わらない。
「城下町で、食材を買って来て下さい。メモを渡すので」
俺はメモを受け取り、メイド用の部屋に戻った。
基本的にレナ様から外出は控えるように言われているが、一応着替えは持っている。
が、実を言うと勇者時代の服なので、今はもう装備できない物も多い。
だから結局、昔も昔、それも旅の最初期に来ていた服を装備して、屋敷を出る事にした。
俺は、馬鹿みたいにでかい玄関を出た。
レナ様は親元から離れて過ごしているため、ここは別邸となるが、それでも王都の一等地に建てられており、人通りは多くない。
だから、女の子の姿で外に出るのも、この辺はそこまで苦ではないのだがーーー
ーーー結論から言って、今日は特別不運な日だったらしい。
門から外に出て、ほんの数十歩程度の距離の場所。
体が、急に動かなくなった。
瞬時に、原因が初歩的な拘束魔法であると理解し、その解除魔法も思いついた。
だが、能力が足りなかった。
頭で、経験で、自分の危機が分かったとしても、今の俺は魔法を1つも扱うことが出来ないし、魔力もない。
こんな、魔法学校の最初の学年で習うような拘束魔法すら、今の俺には解除出来ないのだ。
「くそっ……解けない!」
これくらいなら、前は腕力で無理矢理解けたのに。
程なくして、立っていられないほど、体が重くなった。
ああ、今度は睡眠魔法か……
分かっていても、俺は意識を手放した。