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これってファンタジー?

目の前にキラキラと輝く水面がある。まる。


っなわけあるか!


神楽殿はおろか神社のかけらも見当たらない。

膝をついているのは枯葉が厚く積もった地べたで、ほかの舞手や先生たちの姿もない。

あるのは、目の前の泉と、それを囲むように広がる森だ。


人間には二種類いるという。それは非常事態に冷静に対処できる者とそうでない者。

…いや、こんなこと考えている時点で冷静じゃないだろっ!


理解が追いつかない状況に処理落ちした頭では、何をどうしたらいいのか思いつけずにただぼんやりと泉を眺めた。

風が水面を撫でる。小さな波が対岸へ渡っていく様を見つめ続けてしばらく経った頃、森の木々の隙間からこちらを見つめる視線に気がついた。


え、誰?

ってか、意味不明過ぎてトリップしてたわ、やば。


まだ本調子ではない脳みそは声を発する指示を出せなかった。結果、膝をついたまま身じろぎもせず視線を受け止めた。


少しして、相手はガサガサと草木をかき分けて泉のほとりに姿を現した。

それは小学生くらいの少女だった。

見るからに栄養状態が悪そうな細い手足にボサボサの茶色の髪。だが、顔の造作は可愛らしい。欧米の血を感じる容姿だ。澄んだ緑の瞳が驚きと好奇心を持って輝いている。


一応、危険は…ない?

ていうか、え、なんでそんなキラキラした目で見られてるの?


狼狽えたが、相手が子どもなら仕方がない。

こちらから挨拶してコミュニケーションを図るべきだと無意識が告げている。


「こ、こんにちは」


少女はビクッと体を揺らしたかと思うと、次の瞬間満面の笑みを浮かべた。

え、なに

「こんにちは!あなたは泉の精霊様ですか?!」


たたたっと走り寄ってきた少女は目を輝かせたまま聞いてきた。流暢な日本語だった。日本に住んでいる外国人なんだろうか。


てか…は?精霊?

「えっと…私は精霊じゃないよ?

変なこと聞くようだけど、ここがどこだか教えてくれないかな?」

「ここは枯れ森の中だよ!」

「枯れ…?えっと、ごめんね。ここが何県何市のどこの辺りかってことを聞きたかったんだけど」


キョトンっとした少女に、ちょっと恥ずかしくなった。

普通聞かないよね、そんなこと。


「ナニケン?ってなんのこと?あ、もしかして女神様は迷子になっちゃったの?」


女神って誰やねん。

この子、精霊とか女神とか、ファンタジーごっこ中なの?

え、設定に合わせていくべき?!これ?!

「あ、あー、そうなのそうなの。迷子なの。だから帰り道を教えて欲しいなーと思って」

「わかった!うちまで連れてってあげる!おばあちゃんならわかるかもしれないよ。おばあちゃん、なんでも知ってるんだ!」


ぱっと手を取られた。爪の先が黒く汚れた、荒れた手だった。およそ近所では見かけたことのない子どもの手だ。

そういえば服はずっと着ているかのような、くたくたな薄いワンピース。手に釣竿のつもりだろうか?長い枝と蔦を組み合わせたものと木のバケツを携えている。


…もしかして虐待?食べるものがなくて釣りしようとしてた、とか。え、これって通報案件?

これから連れて行かれるであろう"おばあちゃん"が果たしていい人なのか、不安がよぎる。咄嗟に関わり合いたくないと思ってしまった。ただの高校生には手に余るのではないか。


でも、今の私には大人の助けが必要だし…。例え子どもを飢えさせるような大人でも…


逡巡は一時だった。

腹を括ろう。女は度胸!なるようになる!

「ありがとう。ところで名前聞いてもいい?私は神来社(からいと)綾香。あやかでいいよ」

「不思議な名前だね!アヤカ様!わたしはミリーだよ!」

元気な笑顔が眩しい。

「いや、様はいらないよ…」




ファンタジー設定は継続したまま、2人で森を抜けていく。

ちなみに衣装は汚さないように、引きずる裳は脱いで手に持った。足袋は…靴がないのだから諦めるしかない。

幸い、厚く積もった枯葉のおかげで足元の汚れはそこまで気にならない。地面はふかふかとした感触で、靴に慣れた足裏でも痛くなく歩けている。


道中、ミリーと話して分かったことは

1、彼女がもうすぐ8歳になること

2、彼女の両親は流行病で亡くなったこと

3、両親の代わりにおばあちゃんに育てられていること


「おばあちゃん、最近元気がなくて、あまりベッドから起きられないの。だから、たくさんご飯を食べれば元気になれると思って、毎日泉の魚を取りに行ったんだけど全然釣れなくて…」

ミリーの元気が萎む。まだ小学校低学年の彼女が、餌もついていない木の枝で釣りをして魚を取るなど非常に困難だろう。釣りの経験自体なかったそうだ。

「毎日釣りをしながら祈っていたの。どうかおばあちゃんを元気にしてください。お腹いっぱい食べさせてくださいって。だからアヤカ様に会えたのは偶然じゃなくて、きっと神様が使わしてくださったんだと思うの!」


え、なにそれ

荷が重過ぎませんか


なんと答えればいいか、正解を見出せないままミリーの家に到着した。

森の中の開けたところに小屋といって差し支えないこぢんまりした建物がある。その脇に畑だろうか。耕された土の中から萎びた植物が生えている。


ミリーは私の手を離してドアを開けた。

「ただいま、おばあちゃん!具合はどう?」

小屋の中には家具やら巻物?が所狭しと置かれ、天井からたくさんの乾燥した草花が吊るされている。暖炉ではずんぐりとした銅鍋がぐつぐつと煮立っていた。まるで魔女の家だ。

私がポカンと小屋の中を見ている内に、ミリーはベッドに駆け寄った。

「おかえり、ミリー。今日は随分早かったね。しかも、珍しいお客さんだ」

ベッドの上で体を起こした老婆がこちらを興味深そうに見つめてくる。体は枯れ枝のように細いのに、やけに強い視線だ。

「おばあちゃん!アヤカ様だよ!泉のほとりで迷子になってたから連れてきたの」


あ、その設定で紹介するの?

どう切り出したらいいものか。迷っているうちに、老婆が視線を逸らして深いため息ついた。

「ミリー、ちょっと薪を拾ってきな。今日はいやに冷えて敵わない」

「え?!…わ、わかった。急いで集めてくるね!」


少し戸惑いつつも、ミリーが外へ出ていく。必然的に私は老婆と2人っきりになってしまった。

「はぁ…そう緊張せんでも取って食いやしない。ただ、あの子がいない方が話が早いから追っ払っただけさ」

不安が顔に出ていたのだろうか。とにかく無言で頷く。

「…まぁ、いいさ。私はミリーの祖母でナンナってんだ。あんた、巫女姫様だろう?」


これには不安も緊張も吹っ飛んだ。

は?おばあさんまでファンタジーなの?いや、お部屋の趣味からしてファンタジー好きそうだけれども。いや待て、聞き間違いかもしれない。決めつけ良くない。うん。

「ごめんなさい。今もしかして巫女さんって言いました?いや、実は叔父が神職なだけで私は巫女ではないんです。この衣装は奉納舞のためで…」

「巫女姫様って言ったんだ。違うとは言わせない」


え、強制参加?大人のごっこ遊びはきついんですけど…

表情が引き攣る。それにナンナはまた深いため息をこぼした。

「私は長年人から疎まれる魔女なんてものをやってるからね。古い伝承も知っているのさ。…巫女姫は人々が危機に瀕した時、奇跡の力で助けに来てくださる渡り人のことよ」

「渡り人…」

「そう、この世界の者ではない者のことをいう。伝えられている過去の渡り人はおよそ200年前に現れたとされている。その渡り人がどうやってこちらに来たのか、人々を救った後どうなったかはわかっていない。…ただ、アヤカの様子を見て確信したよ。あんた、自分の意思でここに来たんじゃないだろう?」


私は呆然と突っ立っていた。

つまり…私は異世界転移してしまったということか?

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