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gimmick-天遣騎士団-  作者: 秋谷イル
四章・愚者の悲喜劇

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偽りの神の庭

 天遣騎士団長ブレイブは今日も暗い独房の中で詩作に励む。

「未来とは夢であり希望。単に今より先の時間へ進むことではない。その場へ到るには情動を欠かすことが出来ず……いや、なんだかありきたりだな」

 それに硬い。これでは詩と言うより哲学だ。

 もっとこう、心をくすぐるような文章を書きたいのだが、どうにもそういう才能には恵まれていない。これが戦場で指揮を執ることであったなら臨機応変に対応できるものを。

「イリアムもこういうのは下手だったな……」

 そのくせ詩を読むのは二人揃って好きだった。もっとも自分は本当に楽しむばかりで、イリアムは詩からさえもヒントを拾い上げ、研究に役立てたりしていたが。あの男はやはり発想が違った。

(さて、そろそろかな)

 ここにいると時間感覚が狂う。窓は無く、日の光など差さないし、三柱教は可能な限り自分を弱らせておきたいようで水の一杯もくれない。天士になっていなければとうの昔に干からびて死んでいたところだ。

 だが、そう、こういう勘なら働く。部下達もアイズ達も、そして三柱教を陰から操る何者かも、そろそろ次の動きに移るだろう。今がここに来てから何日目か、昼なのか夜なのかさえわからないが、なんとなく感じる。

 彼の場合、首の左側がチリチリするのだ。そういう時には必ず状況が大きく動いている。外れたことは無い。アリスが団長室を訪れて来たあの日もやはりそうだった。

 幸いである。暇潰しの詩作にも飽きて来た。そろそろこちらも準備しておくべきだろう。まずは腹ごしらえだ。

「よっと」

 こんな場所でも虫は入り込んで来る。そして天士の目は暗闇で動くそれらも確実に捉える。

 一匹掴んで即座に口に放り込んだ。はっきり言って不味いが、かつて傭兵として戦った戦場でもさらに酷い物を食って生き延びた。

 今は弱るわけにはいかない。必要なら泥水でも小便でも啜る。そうして体力を保つ。筋力も衰えさせない。

「うん、よし」

 張り付いていた壁から床に降りる。狭い独房だが、工夫すれば十分に鍛錬は可能だ。一切衰えてはいない。

 熱を帯びた筋肉から湯気が立ち昇る。三柱教の者達とて本気で自分を弱らせられるとは思っていまい。

 彼等は持て余している。彼と天遣騎士団を。クラリオ崩壊の責任を取らせる形で投獄したはいいが、ブレイブを殺す方法すらわからない。

 首を刎ねようとしても刃が立たなかった。縄で吊るしても窒息しない。高所から叩き落としてなお平然と立ち上がる。毒の類は一切効かず、三日三晩水に沈めても笑いながら浮上して来た。

 天士とは彼等の想像を絶する化け物だった。ブレイブ自身、まさかここまで高い不死性を獲得しているとは思ってなかった。

「アルトルめ、とんでもない体にしてくれたな」

 深く感謝している。おかげでこんな状況になっても諦められない。

 黒幕はゲームをしたいようだ。だから求めに応じてノウブル達と面会させてくれたのだろう。

 面会時に監視はおらず、ノウブル達に真実を明かすことも止められなかった。本当に天遣騎士団を封印してしまいたいなら自分達の不利になるようなことはしない。

 さて、ではその黒幕とは何者か?

(師匠じゃないな……)

 ラウラガ・バートマッシュは能力を証明することに異常な執着心を燃やしているが、研究一筋のあの老人にこんな計画を実行するだけの行動力や人望など無い。

 それにラウラガは死んだと教えられた。真偽のほどは定かでないが大戦終結から二ヶ月後、何者かに襲撃され死亡したと。

 おそらくアリスだろう。彼女は自分達天士の情報を知るため聖都に侵入したはず。その時に計画の主導的な立場にいた彼と接触していれば、殺意を抱いたとしてもおかしくない。

 最も怪しいのは、やはり教皇リリウム。あの男は稀に見る傑物だが、いくらなんでも優秀過ぎる。数々の功績もどこか作り物めいていて不気味だ。

 黒幕と決まったわけではない。しかし三柱教との敵対は確定事項。であればどのみち教皇も敵だ。戦いの中で正体を見極めればいい。

(さて、どうしたもんかな……半々ってところだろうが、そのせいでまた戦争なんて事態になることも避けたい)

 三柱教と天遣騎士団が対立した場合、大陸も二つの勢力に分かれて争い合う可能性が高い。それは流石に望むところではない。

 理想は電撃作戦だ。迅速に黒幕の正体を突き止める。あるいは相手から表に出て来るよう誘導して、姿を見せたら一気に叩く。

 味方も少数でいい。先の戦争で痛感した、天士にとって人間の兵士は足枷にしかならない。酷な言い方だが、大勢いればいるほど邪魔になる。

(一人いれば十分だ……)

 もちろん、誰でもとは言わない。こちらに着く側に最低一人、自分と三柱教の契約の場にいた人間が欲しい。でなければ真価を発揮出来ない。

 最も有望なのはザラトス将軍だが、敵もそこはわかっているだろう。すでに手を回されている可能性が高い。せめて無事でいてくれるといいが。

 彼のことを考えると、連想して妹とリリティアのことも思い出す。あの二人を害せる者などおるまいが、クラリオでは十九人も天士が死んだ。それだけは不安材料。

 アイズは今、本調子ではないはずだ。性格を考えれば確実に。

 ノウブルはどうしただろう? 放っておけとは言ったが、アイズ達と接触を図ろうとする確率は高い。その場合また彼女達を巻き込むことになる。

(話すべきじゃなかったかな……)

 いや、この状況を打破するには彼を頼る必要があった。せめてアイズと戦うなんて事態にはなっていないことを祈るしかない。

 深くため息をつく。まったくもって不甲斐ない話だが、またあの不器用な妹も頼ることになりそうだ。そもそも彼女がいなければ、やはり全力を発揮することが出来ない。副長二人の承認も必要なのである。

 まったく、面倒な契約を結んでしまった。



 ブレイブと三柱教が交わした契約は三つある。一つは三柱教関係者に対する攻撃行動の禁止。危害になりうる行動も取れない。これと引き換えに彼は自身を天士に変える権利を得た。

 二つ目は加護の使用に関する制限。アルトルは気まぐれに彼に圧倒的な力を与えた。それは単独で人類を殲滅できるほど強大で危険な能力。ゆえに三柱教の関係者と連合軍の重鎮数名を加えた儀式を行い、アルトルも介して彼に誓約させた。天遣騎士団の副長二名と契約の場にいた人間一名。計三名が揃わない限り、彼は全力を発揮することが出来ない。

 そして三つ目、これが一番厄介な契約。この世に魔獣が一体でも残っている限り、彼は前の二つの契約に逆らうことが出来ない。つまりアイリスの生存を許した今、一つ目と二つ目の契約に背くことは不可能。

 大人しく捕まっている理由は、そういうことである。



 同時刻、ブレイブが監禁されている地下牢獄の頭上では三柱教の主だった顔ぶれが一堂に会していた。教会の総本山たる大聖堂の会議室にである。部屋の壁と扉は厚く、窓も無い。一旦扉が閉ざされてしまえば中の会話を聞くことは不可能だ。

 そこに遅ればせながら一人の老人が入室する。この場に召集されたメンバーの最後の一人。

 名はマーゲリウスで、位は枢機卿。

 しかし覚える必要は無い。

「申し訳ございません、遅れてしまいました」

「随分のんびりされてますな」

「まあまあ、座ってください」

 などと軽い挨拶を交わすお歴々。しかしマーゲリウスが席につき、外にいる兵士が扉を閉ざすと全員の表情が一変した。

「さて、どうしようか?」

 より気安く、幼い頃からの友人にでも接するかのような態度で切り出す教皇リリウム。この中では一番年若い容姿であるが、だとしてもあまりに軽薄だ。

 ところが、他の面々もまた同様の態度で応じる。

「どうしようかね?」

「シス君はやる気満々だよ、そろそろ出してあげたら?」

「いいよいいよ、勝手に出て行くさ。あれにもその程度の力はある」

「だとすると」

「うん」

 頷くリリウム。他の自分(・・)達の顔を見渡してほくそ笑む。

「ノーラと流れ者の彼に注目しよう。今はあちらの方が面白い」

「ふふ、ちゃんと刺客は送ったかい?」

「ああ、彼等も闘志に満ち溢れている」

「いいね、そうでなくては」

「今回は何人死ぬかな?」

「ナルガルやクラリオのようなスペクタクルが欲しいね」

「いやいや、静かな愛憎劇もそれはそれで趣深い」

 彼等は皆、同一人物(・・・・)である。数年前いっぺんになり代わったのだが、誰一人その事実には気が付いていない。

 彼にとっては自身を増やすことも他人になり代わることも難しい話ではない。それこそ千年前・・・のあの時点でさえ、この程度の芸当は身に着けていた。

 真の名はユニ・オーリ。かつてこの世界に混乱をもたらし、それ以前の歴史を嘘で塗り替え、以降も暗躍を続けて来た怪人。異界からの侵略者。

 彼はこうして舞い戻った。目的は暇潰し。ただ楽しむこと。かつてアルトルに語った通り。

「――だと、そう思ってる(・・・・・・)?」

 同時に虚空の一点を見つめ、何者かに問いかける彼等。長年数多の異世界を渡り歩き、滅茶苦茶にして楽しんでいるうちにちょっと特殊な感覚が目覚めた。観測者、自分を見ている者の存在を感じ取れる。そのうち干渉できるようにもなるだろう。

 人は必ず見られている。彼もあなた(・・・)も例外無く。別の時空に繋がる窓があり、それを通じて鑑賞されるさだめ。本や芝居、おとぎ話だってそういう他次元を観測する手段の一つ。誰だって見られているし、誰かを見ている。

 だから彼もそうする。当然の権利として。読書や観劇のように、冒険譚に胸躍らせる少年のように。

 ただし彼の場合、小さな窓を覗き込んでも満足できない。自身も演者として舞台に上がり、役者達の体温と息遣いを間近で感じ取りたい。

 それに、もちろん本来の目的も忘れてはいない。

 皆が自分を見ているのなら、必ず彼女も見ていてくれる。何故ならあの方はそういう神。全ての者に等しく慈愛の眼差しを注ぐ。

「ああ、万物の母よ」

 今度は頭上を振り仰いで祈った。初めて心苦しそうな表情。

「御身の名誉を汚した罪、お詫びいたします。僕が『完成品』となるには必要な儀式なのです。必ずやお役に立ってみせますので、どうかお許しを」

「母よ」

「マリア・ウィンゲイトよ」

「僕達に慈悲を……」

 全員が神に祈りを捧げる。この光景を見たなら、誰もが彼等を真の聖職者と信じて疑わないだろう。

 事実、彼女に祈る時だけは彼も敬虔な教徒である。

 それ以外の時間は、ただ邪悪なだけだが。

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