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gimmick-天遣騎士団-  作者: 秋谷イル
四章・愚者の悲喜劇

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妖精の住処(1)

 ガナン大陸南西部には砂漠地帯が存在する。さらに南西方向の海を渡った先に存在するとされるバダヤ大陸との間に海底の隆起によって生まれた海上絶壁が存在しており、これが砂漠化の原因となった。

 絶壁によって遮られた風は上空へ押し上げられた後、より強い気流に乗ってガナン大陸南西部まで辿り着く。それは塩の雨となって降り注ぎ、辺り一帯を荒野に変えた。やがてさらに風化が進んで砂漠と化したわけだ。

 元々人の少ない地域ではあるが、今はもう本当に誰も住んでいない。少し前に帝国の生体兵器『アイリス』の放った魔獣(トーイ)が住み着き、この地の少数民族を襲ったことが原因。

 問題の魔獣群はすでに天遣(てんけん)騎士団によって駆逐されている。しかしどれだけ残党はいないと説明しても命からがら逃げ延びた生存者には信用されなかった。今も砂の下に魔獣が潜んでいると疑って怯え、けして故郷に近寄ろうとしない。この先、少なくとも数年は恐怖を振り払えまい。周辺諸国の軍隊も当面は様子を見ると言っている。

 無論、それは人間達の話。

 五人の騎士が砂漠を歩いて行く。全員が揃って金髪碧眼で白い甲冑。先頭を進むのは彫りの深い造作で首が太く肩も盛り上がった巨漢だ。常人ならすぐに音を上げる灼熱の日差しを浴びても、その体からは汗一つ流れ落ちない。彼が人知を超えた力に守られている天士(ギミック)だからである。他の面々も同じ。

 やがて散開して何かを探し始める彼等。指揮官の天遣騎士団副長ノウブルが高台から砂と岩ばかりの景色を眺めていると、部下の一人が戻って来て報告を行った。

「副長、向こうに洞窟を発見しました。かなり深く、身を隠すには最適かと」

「痕跡はあったか?」

「いえ、私が見た限りでは……」

「そうか」

 しかし、誰より優れた感知能力を持つ『彼女』なら完璧に痕跡を隠すことも容易だろう。今は恐ろしく器用な相棒もいる。

「どのみち、しらみ潰しに探すしかない」

「ですが、見つけたとしても逃げられるのでは? 気付くとしたらあちらが先のはずです」

「だろうな。奴等のことだ、もう察知していてもおかしくない」

 むしろ確実に見られている。これまでの向こうの動きから自分達が最も強く警戒されているようだとノウブルは察していた。

「では……」

「逆だ、だからこそ可能性がある。敵意が無いと示し続けていれば必ず伝わるだろう。そうなれば向こうの出方次第になる」

 桁違いに優れた『視力』と都市一つを完全に掌握していた『怪物』の広範囲知覚システム。両者を欺いて近付くことは不可能に近い。だからこそ半年以上も姿さえ見られずにいる。

 つまり向こうから出て来てもらうしかないのだ。さもなくばこのまま影すら踏めずに終わる。

 団長(ブレイブ)もそれを見越して彼女達に自由を与えた。当人達が望まぬ限り見つかることはないと確信できたがゆえに。

「だからって、この白旗は情けない気分になります」

 ノウブルが地面に突き立てた大きな白旗を見上げ、率直な不満を述べる部下。戦意は無いと示すため砂漠に入ってからずっと掲げ続けて来た。

「やはり、勝てませんか?」

「無理だろうな」

 別個で相手に出来れば可能性はあるかもしれない。だが、あの二人が一緒にいるとなれば無理難題。運良く接触を果たして戦闘まで持ち込めたとて勝機は皆無だろう。

「残りの全戦力を投入できれば別だが」

「難しいですよね……聖都への集合命令が出た上、他の皆は我々のために三柱教の注意を引き付けてくれているわけだし。そもそも全員集合できたところで人数は二十八人……二十人も減ってしまった」

 諦観して嘆息する部下、天士フルイド。眉が太く、骨格もしっかりしていて、それでいて穏やかな雰囲気の青年。実際に性格も温厚なタイプである。争い事全般を好まない。

 ゆえに違和感を覚え、眉をひそめて問いかける。

「倒したいのか?」

「いえ、そんなつもりは……話を聞きたいだけです」

 追跡中の目標、その片割れ――元・天遣騎士団副長のアイズに対しては全員、複雑な気持ちを抱えている。かつては信頼していた仲間。その仲間が北の監獄都市クラリオを壊滅させた魔獣を庇って共に出奔した。

 酷い裏切りである。なのに、その場にいて唯一生き残った団長(ブレイブ)は放っておけと命令した。少なくとも逃げた二人が再び人を害さぬ限り静観しろと。

 ――そもそも彼は彼女達の生存を隠すつもりだったようだ。そうもいかない事情が生じたため方針を変えたが。

 二人が姿を消して半年、まだ大きな被害は確認されていない。馬鹿な連中が不幸な出会い方をして返り討ちにされたり、犯罪組織が襲撃を受けて壊滅した程度。そういう事件ならいくつか報告されている。

 アイズか、それともアイリスの意思によるものか知らないが、彼女達は以前より義侠心に溢れているらしい。壊滅した犯罪組織のアジトからは人身売買や誘拐の被害者達が見つかって保護を受けた。保護する前に大金を掴んで逃げた例もある。その金も彼女達が授けてくれたそうだ。

 二人が人前に現れて実力を行使するのは、決まってそんな弱者(・・)を救う状況に限られている。それ以外は基本的に人目に付かないよう潜伏しつつ移動を繰り返して来た。

 そして、そんな彼女達のわずかな足跡を頼りに辿り着いたのがこの砂漠地帯。

 道中での行動や悪党以外の被害者が出ていないことを考えると、彼女は人類の守護者としての本分を忘れたわけではないらしい。そしてアイリスも大きく心変わりを果たした可能性がある。少なくともナルグルやクラリオで実行した憎悪任せの破壊活動は行っていない。

(アイズといる限りは、か……)

 最後にブレイブと交わした会話を思い返すノウブル。帝国が生み出した最終兵器アイリス――件の少女はアイズに依存している。唯一自分を殺せる存在であり最大の理解者だから。

 アイズを失うことが何より恐ろしい。だから彼女達を不用意に引き離したりしなければ惨劇が繰り返されることは無い。くれぐれもその事実を忘れるなと念を押された。

(アイズもまた自分に感情を芽生えさせた存在、アイリスの中の別人格『リリティア』に強い執着心を抱いている。共依存によって互いを縛り合ったことが暴走を抑え込む結果に繋がったが、果たしてこれは吉凶どちらの結果を生むか……まだ結論は出ていない)

 ブレイブは放置しておくのが最善だと言う。二人の望みは共に静かに暮らすこと。下手に干渉して眠ってくれた獅子を起こす必要は無い。

 理屈としてはわかる。だがノウブルには自分の目で見極めたい欲求があった。やはり伝聞だけでは伝わらないこともある。本当に彼女達を放置すべきか否か、直接会って確かめたい。でなければ納得できない。

 そして、もし放置すべきでないと判断した場合には――刺し違えてでも必ず倒してみせる。

 仲間にも教えていないが彼には『切り札』があるのだ。それを使えば同格の天士と最強の魔獣、二人同時に倒すことも可能。もちろん、分の悪い賭けには違いないが。

 これも当然だが、できればそうなって欲しくないとも思っている。しばらく黙考した末に決断を下す。

「その洞窟へ行こう。ここに突っ立っていても埒は明かん」

 向こうの出方を待つにせよ、ただ待ち続けるだけでは退屈だ。本当にここに彼女達がいるなら、圧をかけて回答を急かす。

(さっさと結論を出せ。逃げるか話すか、どちらだ?)

 生憎こちらにも時間は残されていない。ノウブルはフルイド、そして周辺の捜索を続けていたさらに三人の部下達を呼び集め、洞窟に入った。



「想像以上の深さだな……」

「おう……」

 松明すら持たず洞窟の奥へ奥へと進んでいく五人。天士の視覚は人間よりも優れていて、こんな暗闇でさえ周囲の状況は把握出来ている。わからないのは色くらいのもの。

 最初、壁面は上の砂漠と同じように乾いていたが、今はしっとり湿っている。それだけ深く潜ったということだろう。そして徐々に道幅が狭くなりつつあり、体の大きいノウブルは窮屈そうである。邪魔な白旗は途中で置いてきた。

 ふと、何かを思い出したフルイドが振り返りながら呟く。

「たしか、アイズ副長が倒した『五人目』もこんな場所にいたとか……」

「廃坑に潜んでいた奴だな。人目を避けようとすると自然と似た結論に到るのかもしれん」

 ノウブルと同じ副長だった天士アイズ。彼女は以前、旧カーネライズ帝国領サラジェの鉱山で生体兵器『アイリス』と交戦し単独で撃破している。

 天士インパクト、目つきの悪い三白眼でサメのようにギザギザした歯の青年も元上官を思い出して眉をひそめた。

「あの人なら場所がどこだろうと気にしないでしょうけど、アイリスは本当にこんなとこで大人しくしてられますかね? 帝国の皇女なんでしょ?」

 この発言に天士マジシャンが追従する。背が高く細身で端正な顔立ちの青年。奇術師を意味する古代語で付けられた名前に合わせ、兜の形も奇術師が好んで被る絹帽を模した形になっている。

「人間の貴族や王族は贅沢な暮らしに慣れている。こんな洞窟で暮らすなんて無理だろうな」

 彼等はすでに知っている。最後のアイリス、七人目の少女の正体は死んだと思われていた帝国の皇女アリスだったと。彼女は逃亡中、事故で瀕死の状態に陥っていた少女リリティアと出会って言葉巧みに契約を持ち掛け、彼女の記憶と人格を取り込んだ。そうして本来ならそこで途切れるはずだった人生に続きを与え、代わりにリリティアの容姿と立ち位置を手に入れたらしい。

 アイリス達は体内に『魔素』という万能物質を無限に吐き出す結晶を有しており、その力を使って自在に自分の肉体を改造できる。魔素には生物の記憶を保存する性質も備わっているため自分以外の生物の特徴や能力、人格まで再現出来るのだ。

 戸籍も容姿も別人。なおかつ普段はリリティアの人格で行動。だから誰にも正体を見抜くことができず、クラリオは滅ぼされた。

「今は『リリティア』なんじゃないかな……その子は例の廃坑があった街の子だそうだし、こういう場所に慣れてるかも……」

 と、周囲を警戒しながら意見を述べたのはマグネット。全部で四十九人いる団員の中で最も容姿が幼く身長も低い、子供にしか見えない天士だ。彼は長い前髪の間から仲間達を見上げて言葉を続ける。

「いや……まあ、なんとなくそう思っただけなんだけど。鉱山のある町の子は、こういうところで遊んだりもしてたんじゃないかな、って」

 この考察に他の面々は感心した面持ちで頷いた。

「ふむ、たしかにその可能性は考えられる」

「なるほどな、その手があったか。アイズ副長としても、わがままな皇女よりそっちの方が付き合いやすいだろうし」

「しかし、あの副長が本当に人間の子と上手くやれてますかね? 私としてはそこも不安です」

「そうだな」

 相槌を打って、直後に立ち止まるノウブル。部下達も異変に気付く。

「会う気になったようだ」

「……みたいですね」

 初めて分岐に行き当たったのだが、二つに分かれた道の片方にだけ壁に矢印が刻まれている。それも新しく、ついさっき付けられた傷のようだ。

「ご丁寧なこった」

 舐められてる気がする。それが不快で鼻息を吹くインパクト。わざわざ案内する以上、逃げるつもりなど無いのだろう。他の者達の仕業なら間違った道へ誘導される可能性を疑うところだが、彼女達にはそうするメリットが全く無い。こちらの位置は常に把握できているはずなので、逃げたければただ遠ざかればいいのである。

「罠の可能性はありますが……」

「警戒はしよう。しかし、ここを逃せば次の機会は無いかもしれん」

「進むしかない、ってことですか」

「進むか戻るか、二択だ」

「了解」

 気を引き締める部下達。こんな場合にノウブルがどちらを選ぶかなどわかりきっている。勇猛な彼は必ず利がある方を選択するのだ。どれだけ危険な選択でも関係無しに。

「よし」

 彼はやはり、前進を再開した。

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