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gimmick-天遣騎士団-  作者: 秋谷イル
三章・長い夜へ

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代償(2)

 リリティアは、どこかおかしい。

 いつ、その事実に気が付いたかは覚えていない。けれどおそらくアリスの言う通り、かなり早い段階でのことだったのだと思う。

 少なくとも二人でサラジェへ向かっていた頃には違和感があった。もしかしたら、もっと前から感じていたのかもしれない。

 なのに気付かないふりした。あの頃にはもう、リリティアを失うことを恐れていたのだ。


「貴女には防げた! 周囲を見なさい! この光景を! ここにいた人々の死を!」

「……!」

 歯軋りする。やめてくれと叫びたい。なのに声が出ない。

 逆にアリスの言葉は止まらない。饒舌にアイズを責め立てる。

「いつでも私を殺せたはず! その眼に映る事実を認めてさえいれば! クラリオの住民は誰一人死なずに済んだのに!」

 その通りだ。彼女に感じていた違和感は、きっと幻覚を見せられていたことによるもの。自分は幻を見ていると知っていて、それを受け入れた。だから大勢が死んだ。数万の市民と兵士、そして仲間達が。

「責任を取りなさい! 貴女はエアーズ達の人生だけでなく、市民の未来まで奪った! その罪は償わなければならない!」

「わかってる!」

 とうとう言い返す。これ以上耐え切れない。そんなことを言うな。

「もう黙れ! 泣きながら言わなくていい!」

「えっ――」

 初めて気が付いたように目元に触れるアリス。罪の意識に苛まれているのも現実から目を逸らし続けているのもアイズだけではない。彼女もまた同じ。

「殺したくなかったんだろう! なのに、お前は殺したんだ! 私にお前を殺させるために、そのためだけに大勢を死なせた!」

 わかっている。全て見えている。感情を理解できるようになったことで、この両の眼は目の前の少女の本心まで見抜いた。笑顔の裏の涙、憎悪の陰の罪の意識を暴いた。

「お前は皆を、愛していたんだ!」

 心を追い込もうとするのは自身が追い込まれているから。神ですら自分を殺せなかったら、もう誰にもそれを実現することはできない。彼女達七人の『アイリス』はあの肉体に囚われたまま永久に恐怖と絶望に苛まれ続ける。

 だから本気にさせたい。全力で自分を殺しに来て欲しい。万が一にも失敗されたくない。

 クラリオはそのための犠牲。神に鉄槌を下してもらうべく支払った代償。本当は彼女だって大切に思っていた。大切だからこそ捧げた。

 誰にでも願いはある。だが、どんな願いにも対価が要る。願いが大きければ大きいほど、代償も肥大化する。

「もういい! 泣くな! 私が必ず、お前を殺す!」


 そう願ったアイズもまた対価を求められる。


「う!? ぐッ……!!」

 突如として生じる違和感。けれど動きは止まらない。それどころかさらに加速する。髪を使って高速で逃げ回るアリスをさらに上回る速度で追撃し、じりじりと間合いを詰める。何かが彼女の中に流れ込み、より大きな力を与えてくれる。

「速くなった!?」

(これは……そうか、そういうことか)

 シエナとの戦いの時も、ダメージを負った肉体が急に限界以上の身体能力を発揮した。おそらくあれと同じ。アイズの願いに彼女の中にいる女神アルトルが応えた。器の限界を超えた力を強引に流し込み、それを叶えようとしている。

 全身に走る激痛。それを打ち消すほどの高揚。染まっていく。髪と瞳の黒がさらに周囲へ広がり、皮膚やその手に握った剣の柄まで浸食し始める。

 アイズの鎧も本来は仲間達と同じ白色。しかし身に着けているうちに勝手に黒くなった。

 ノーラの記憶が教えてくれる。何故こんなことが起きるのかを。

 女神は人類を憎んでいる。だから彼女の魂を宿す自分は、アルトルの心の闇そのままに接触したものを黒く染め上げてしまう。

「そうか、あれが――」

 アリスも理解した。彼女は千年前の戦争以前の歴史を知る数少ない『古き国』の皇女。真の歴史を後世に伝える義務があると言われ、父から教わった物語を覚えている。だから察せられた。

「あれがアルトルの、人に向けられた憎しみ。神の呪い!」

 おぞましい、けれど愛おしい。背筋を駆け上がる興奮。喜びに打ち震えて足を止める。漆黒の影と化し、ついに剣の切っ先まで闇に沈んだアイズの前で覚悟を決めた。

(今なら死ねる)

 自分と同等か、それ以上に深い領域へ身を置く女神。その憎悪まで乗せた一撃。心臓に受ければ間違いなく即死。だったらこれ以上足掻く必要は無い。

 でも次の瞬間、今度は悪寒に身震いした。


 恐怖。


 彼女は初めて、六人の少女がイリアムに殺され、自身を怪物に変えられた以上の凄まじい恐怖を味わった。黒い影と化したアイズに見据えられ、彼女の中にいる神の怒りと憎しみを一身に浴びたことで。

 次の瞬間、反射的に熱波を放出する。

「しまっ――」

 これではアイズが近付けない。一瞬そう思ってしまったが杞憂に終わった。

 黒い影はそのまま突っ込んで来る。鉄をも一瞬で融かす熱量を意にも介していない。これが人造の怪物と神との格の差なのだと本能的に悟った。

 彼女はさらに髪を前面に集めて盾を形成する。死ぬことを望んでいるのに、肉体は真逆の行動を取ってしまう。追い込まれれば本能が理性を上回るのは仕方ない。

 無論その盾も瞬時に砕かれた。心臓めがけて突き出された刃によって。もう互いの間に阻むものは何も無い。あらゆる防御行動も回避も手遅れ。集中力が極限まで高められ時間の流れを遅く感じ始める。

 アリスと六人の少女は安らかな気持ちで、ゆっくり動くその光景を見守った。ついに待望の瞬間。永久に続くはずだった苦しみが、あの刃によって断ち切られる。

 なのに、それでも肉体は諦めなかった。生存のための最後の抵抗を試みる。砕かれた盾の陰から飛び出す一本の刃。イリアム・ハーベストを殺した時と同じように剣の形で固めた髪。それが彼女の意志とは無関係に突き出されてしまう。驚くアリス達。


(でも、アイズが一瞬早い)


 先に切っ先が刺さったのは自分の胸。ちくりと刺す痛みに再び安堵する彼女。これで本当に戦争は終わり。狂った父が彼女の想い人の夢を踏みにじり、利用して、多くの人々を苦しめた悪夢に幕が下りる。

 ありがとうアイズ。改めて感謝した。本当に彼女に出会えて良かった。

 そして同時に願う。どうか幸せになって欲しいと。この一撃によって、貴女の罪は赦されるはずなのだから。

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