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gimmick-天遣騎士団-  作者: 秋谷イル
三章・長い夜へ

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彼女の真実(2)

「!?」

 投げられた直後、壁の上部にぶつかった。けれどその箇所を砕き、なおまっすぐに都市の中心へ向かって飛んでいくアイズ。明らかに人間の力で為せる業ではない。

 瓦礫の野に突っ込み、それでも勢いは衰えず、衝突した物を粉砕しながら転がり続ける。やがて城を囲む貯水池の水面を跳ね、一際高く積もった残骸の山に激突してようやく止まった。もたれて座るような格好で虚ろに地面を見つめる。

「あ……ぁ……」

 完全に虚を突かれて避けられなかった。天士だからまだ生きているが、人間なら間違いなく肉片と化している。天士とて死ななかったのは奇跡に近い。外見上は五体満足だが重要な神経が切れてしまったようで手足を全く動かせなくなった。

 だが、問題は肉体よりも精神。まだ信じられないし信じたくない。心が思考を拒絶する。

 そんな彼女の前に、信頼を裏切り、傷を負わせた少女が降り立つ。

「ごめんねアイズ、こうでもしないと暴れるでしょう? これからする話を大人しく聞いてもらいたかったの」

 とてつもない速度で投擲されたはずだ。なのに、すでに目の前に立っているリリティア。街の端から中心部まで、ものの数秒で追いかけて来たことになる。

 それはつまり――

「アイ、リス……なのか……」

 頭から上は動く。弱々しく顔を上げて問いかけた。違うと言って欲しい。勘違いだ、そんなわけないと。

 でも少女は笑う。さっきと同じように口で大きな弧を描き、頬を上気させて悦ぶ。

「ああ……その顔が見たかったの。私に騙され裏切られ、真実を知った貴女の顔を、ずっとずっと見たくて堪らなかった! いいっ、とても素敵よアイズ! 今ようやく貴女は私の本当の理解者になれた」

「リリ……ティア……」

 涙を堪える彼女に、少女はなお追い打ちをかける。

「知ってる? 人間ってね、離れたり喪ったりすると余計に相手のことを気にかけるようになるの。だから貴女が『私』を追跡すると言ってクラリオを離れた時、心の底から辛かったけど我慢したわ。もっと『私』を愛してもらうために」

 胸に手を当て、両の瞳を覗き込み、次の瞬間には大げさな身振りで天を仰ぐ。まるで別人。だが、どこか懐かしくもある。

 ああ、そうだと思い出す。時々こんなことがあった。リリティアの感情表現は平静な時とそうでない時とで振れ幅が大きかった。もしかしたらこれが本当の彼女かもしれない。

「ずっと……演じて……」

「違うわ」

 予測済みの質問だったのだろう、即答するリリティア。そして、その姿が変化し始める。異なる少女のそれへと。

「私は演じていない。リリティアもそう。この子は本当に両親を喪い、嘆き、自分を救ってくれた貴女へ依存していた。それも真実」

「お前、は……」

 見覚えがある。旧帝国領各地に肖像画があった。

「皇女……アリス……?」

「そう、私がアリス。そしてリリティアの主」

「ある、じ……?」

「拾ってあげたのよ。ナルガルを離れ、貴女に追跡されていた頃にね。サラジェの近くの森の中で倒れていたわ。私が見つけた時には、とうに虫の息。両親の言いつけを守らず友人達と一緒に森へ入り、遊んでいて足を滑らせ崖から落ちた。本当にそれだけの話。私はリリティアの死に一切関与していない。ただ彼女と利害が一致したから契約を交わしただけ」


 ――家に帰らせてあげる。代わりにその身分を差し出しなさい。


「魔素を使って彼女の記憶を取り込み、化けた。両親も誰も気が付かなかったわ。それはそうよね、貴女でさえ見抜けないんだもの」

 その契約によりアリスはリリティアに、リリティアはアリスなった。皇女であり旧帝国民の一般家庭の子。潜伏するのに最適な身分を手に入れ、市井に違和感無く溶け込むことが出来た。

 ちょうどいい転機でもあった。長い逃亡生活の中で自身の能力を理解した彼女は、ついに反撃に転じようとしていたから。

「私が主で彼女が下僕。でも、こんなに優しい主人はいないわよ? 普段は彼女を表に出して普通の子として生きさせてあげてる。私との契約だって覚えていない。ボロを出されてしまっては困るもの、記憶に干渉して自分の死や私と接触した事実は全て忘れさせた」

「! まさか……」

 歯を食い縛るアイズ。なんとか起き上がろうと力を込める。だが、やはり手足は動かない。

 無力な彼女を前にリリティアならぬアリスはさらに饒舌に語る。これこそ彼女の待ち望んでいた瞬間なのだ。口が回るのも仕方ない。

「そう、記憶障害も私の仕業。不都合なことを喋らせず、周囲の同情を引くために時々いじらせてもらっていた」

「貴様……ッ」

 激昂するアイズ。こんなにも激しい怒りが湧きあがって来たのは初めてだ。リリティアはいつも明るく振る舞っていたけれど、だとしてもやはり記憶障害のことで悩んでいた。そのせいで周囲に迷惑をかけているのではないかと。なのにそれが彼女の中に潜む他者の悪意によって行われていたことだなんて、許せるはずがない。

「リリティアをなんだと思っている!? あの子は、お前の玩具じゃない!」

「落ち着いて、怒るところじゃない。さっき言ったでしょう、彼女はすでに死んでいると。本当は幼さゆえの過ちで命を落とし、家族や友人を悲しませるところだったの。そんな運命から救済してあげたのに批判されるなんて、それこそ酷い話だと思わない? 貴女だって、私がそのまま彼女を見捨てていたら『リリティア』には出会えなかった」

「それ、は……」

 言い返せない。たしかに、今となってはそんな運命は許容し難い。

 だが、だからといって感謝などできるものか。目に映る惨状が彼女の怒りを持続させる。そうだ、この少女はリリティアを利用してクラリオを壊滅させた。もしかしたら彼女の両親を殺害したのもシエナではなかったかもしれない。

 想像が怒りと憎しみをより強く滾らせ、アリスを睨みつける目に殺意を宿す。

「好きにしていいのか……? 救ってやったなら、その相手を好きに扱っていいと言うのか!?」

「ええ、その通り。そういう契約だったもの、合意の上なら仕方ないわ。まだ人間社会に不慣れな貴女へ教えてあげる。アイズ、人は契約を重視する。それはね、約束を守ることでしか信頼を保てないからよ。だからさっきの貴女の言葉は本当に嬉しかった」


 ずっと一緒、これからも私がついている。


「守ってね、あの約束。この先どんなことがあっても、絶対に私から離れないで」

「ふざけるな、あれはリリティアとの約束だ。お前じゃない!」

 どうにかしてこのふざけた女を黙らせたい。そう考えた矢先、ようやく手足に感覚が戻って来た。寸断されてしまった神経が繋がり、その他の修復も進んで戦える状態に戻りつつある。

 目ざとくそれを察したアリスは、けれど慌てず一歩下がった。もちろん気圧されたわけではない。アイズに周囲の景色が良く見えるよう気遣っただけ。

「認めないと苦しいだけよ? リリティアは私の中にいる。彼女を愛するなら、貴女は私のことも愛さなければならない」

「誰が!」

「そうよね、今は難しいかもしれない。ずっと騙されてきたんだもの。怒ってもしょうがない話よ、それは私もわかってる。でも、これは必要なことだったの。私達は深くわかりあえる。この世界で唯一無二の関係だと知ってもらうには、貴女に深い絶望を味わわせる必要があった。いいえ、少し違うわね。忘れてしまったそれを思い出させたかった」

「忘れてしまった……?」

 何を言っているのかわからない。自分には何も忘れていることなど無い。

 だが、アリスの目は確信ている。アイズの中にも失われた記憶があると。その眼差しを変えずに嘲笑を浮かべた。

「そもそも、貴女にそんな資格があると思うの? 私を批判なんかさせない、貴女はもっと多くの人から大切な思い出を奪ったじゃない」

「何……?」

「そうそう、忘れているのよね。貴女は最も重要な記憶に蓋をして鍵をかけたのよ。でも安心しなさい、その封印を解くための鍵はすでに私の手中にある」


 アリス自身は近付かず、彼女の髪だけが一本伸びて来た。気付いたアイズは得体の知れない恐怖に襲われる。激しい怒りを忘れるほど怯え始めた。


「や、やめろ……いやだ……」

「思い出しなさい。自分が本当は何者で、何をしたのかを。私を罪人(ざいにん)と罵ったアイズ、貴女も同じ罪人(つみびと)なのよ」

「やめろ!」

 とうとう叫んだその時、髪の先端が額に突き刺さる。そこから数多の情報が流れ込み、アイズの脳裏でいくつもの閃光のように瞬いた。

 いくつもの視点、何人もの人間が見て来た一組の『兄妹』の記憶。

 フラッシュバックは一瞬。けれど、それが終わった途端に彼女は涙を流した。

 アリスは優しく話しかける。

「おかえりなさい。それで、貴女は誰? アイズ? ノーラ? あるいは……」

 答えを待ちつつ、今まで隠していたものを見せつける。戦い、敗北した二十人の天士。その亡骸を髪で持ち上げてアイズの眼前に晒す。

 虚ろな表情で息絶えている彼等のその姿が、彼女には自分を責め立てているように見えた。

「あ、ああ……ああ……」

 涙を流し、悔恨に喘ぐ。全て思い出した。自分が何者で、何を選択し、実行したのかも。

 それは彼女と異なる『彼女』の思い出。人間として生きた『ノーラ』の記憶。

 罪の意識が押し寄せる。自分は『彼等』の人生を奪った、自分自身の願いのために。望んでそうなった者もいたが、そうでない者達もいた。


 天士は全て人間。人間だった者達。

 彼等の『記憶』を対価に、自分が全員『天士』に変えた。


「ごめん……ごめんなさい……みんな……」

「どうやら今は『ノーラ』のようね。流石に『彼女』の方には、さらに厳重な封が施されているか。もしくは、当人が私達に関わるのを望んでないか……」

 今のアイズにはアリスのその言葉の意味もわかる。そう、自分の中にいる『彼女』は人類を憎み、その存在を許していない。今回の助力はいくつかの偶然が重なった結果のただの気まぐれ。

 見上げて見つけた、二十の亡骸の一つ。ブレイブの姿。

 泣きながら呼びかける。

「どうして、どうして止めてくれなかったの……兄さん」


 彼の本当の名はシス――『アイズ』という偽りの天士を生み出した錬金術師の一人にして彼女の実の兄。

 そしてイリアム・ハーベストの親友。


「思い出したなら、今の自分が何なのかもわかるでしょう? ノーラ、貴女は自ら望んでそれに身を捧げた。その両眼に」

 滂沱の涙を流す二つの瞳。それこそが全ての始まり。

 ノーラは小さく頷く。アリスの言う通りだから。

 自分は自らそれになった。


『私がその施術を受ければ、戦争を止められるんですね?』


 この両眼だけは本来の自分のものではない。元の目玉は摘出して代わりに二つの石を埋め込んでもらった。それは故郷オルトランドが千年もの間、大切に保管していた国宝。

 戦死した女神の眼球。


「あの人は……兄さんとイリアムのお師匠様は、最も適合率の高い私にこれを移植することで神を蘇らせると言った……天士を生み出す『母体』として」

「そう、そして貴女は『眼神(アルトル)』になった」

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