純白の天士(2)
ホワイトアウトにはアリスの行動の意図が読めなかった。ブレイブすら上回る戦闘力を持つ彼にも一つだけ弱点がある。経験不足から来る理解力の低さ。
そもそも彼には、どうして今ここでこうして戦っているのかも実は理解できていない。命令されたからそうしているだけ。攻撃してはいけないと教えられた者たち以外の全てを抹殺する。
そうすると、ごはんが食べられる。
一方、アイズの中には深い後悔の念があった。これは彼女自身のものでなくアルトルに身を捧げたノーラの感情。
視界を埋め尽くした雷撃がホワイトアウトの能力に触れて凍結し、砕け散る。エネルギーまで凍りつかせるありえない冷気。強力無比なこの力は、我が身を守ろうとする純粋無垢な防衛本能によって生み出された。
純粋。そう、この目の前の青年は誰より無垢な、降り積もったばかりの雪のように真っ白な天士。長い睫毛と大きな瞳。中性的な顔立ちで少女にすら見えるその幼気な顔はノーラの罪の意識を刺激する。
アルトルもやはり躊躇した。彼を天士にしろと言われた時に。人の心のおぞましさを目の当たりにして恐怖すら感じた。
『この子を……?』
『ああ、まだ何も知らぬ子供だ。こういう素体を天士にした場合の検証もしてみたい』
提案したのはブレイブとイリアムの師ラウラガ。アルトルの復活計画を主導していた彼のその言葉を拒絶することはできなかった。彼はいつでもアルトルをただの石に戻せたのである。
復讐か人の子の未来かを天秤にかけさせられ女神は前者を選んだ。己の中で泣き叫ぶノーラの懇願に背いて。
そうして天士ホワイトアウトは生まれた。生まれたばかりの赤子を女神への贄として捧げ、強制的に戦闘可能な年齢まで成長させて今の姿に変化させた。
彼は本当は、まだ三歳にも満たぬ幼子。
(すまない!)
謝りながら手を伸ばすアイズ。アリスの放った攻撃は目眩まし。本命は彼女自身の接触。あらゆるダメージを無効化してしまうホワイトアウトに勝つにはこれしかない。彼女自身も望んできた結末。
天士の力を剥奪し、この子を人間に戻す。
「!?」
雷撃が凍結破砕され空中に舞った無数の氷片。その向こうに黒い立方体を見つけたホワイトアウトは同時に後方にも気配を感じ取る。
振り返ると、そこにも同じ箱。そして手を伸ばしたアイズの姿。内部の空間が繋がっている複数の箱を使った空間転移。天士マジシャンが持っていた能力。
しかしホワイトアウトは迅速に対応した。アイズと自分の間に氷の壁を形成して盾を作る。
彼はほとんど教育らしい教育を施されていない。代わりに戦闘訓練のみ誰よりも長く、そして厳しく施された。生まれてからずっと戦い方ばかり学習させられてきた。
おかげで防御が間に合ったと、そう思った。
経験の浅さゆえに。
次の瞬間、氷壁に激突したアイズが指先から拡散して雪にも来た銀色の粒子となり消滅する。
ほとんど同時に、予想外の事態に目を見開いて硬直した彼の背に触れる黒い指。
「自由を――」
アイズは転移などしていなかった。ただ単に箱の中に隠れただけ。ホワイトアウトの後方にいた彼女はアリスが魔素を使って作ったダミーの魔獣。以前、彼女自身も騙されたことがある。だからホワイトアウトにも見抜けないだろうと思った。
つまりは二重のフェイント。雷撃を目眩ましに短距離転移で背後へ回り込んだと見せかけ、実際にはそうしていなかった。
単純だが効果的。それで十分。一瞬一回のチャンスを生み出せれば事は足りる。
「返す!」
触れ合った部分から『黒い光』としか形容できないものが溢れ出す。
それは虚空でねじ曲がって軌道を変えると、全てがアイズの体へ刺さるように吸い込まれた。
◇
「アイズ副長!」
「やったか!?」
「チィッ」
黒い光に気付いた天士と異教徒たちは一時的に戦闘を中断し振り返った。現状でも異教徒側は押されている。切り札のホワイトアウトが敗れたなら自分たちも危うい。
(その時は逃げねば――)
彼らを率いる男は引き際を探り始めた。教皇という強力な後ろ盾を得られたことは幸いだったものの、奴と心中までするつもりは無い。動力甲冑を複製するに足る情報も盗み出せた。自分たちには理解できない代物だが錬金術師に見せれば同じものを作り出せるはず。手を切っても組織は十分躍進できる。
直後、黒い光を吸い込んだアイズが難無く着地。逆にホワイトアウトは無様に落下して尻餅をつく。
「あ、あっ……ああ……?」
立ち上がろうとして、でも立ち上がれない。動力甲冑の重さに戸惑っている表情。さらに髪と目が茶色に。天士の加護を奪われた証。
(引き際だ!)
同じく様子を見守っている天士たちがこちらから意識を外しているこの瞬間こそ最大の好機。異教徒の首魁は指笛を吹こうとする。撤退を告げる合図。
ところが――
【駄目駄目。それじゃあ面白くない】
「なっ!?」
巨大なユニの幻影が囁きかけた途端、体を動かせなくなった。彼だけでなく異教徒全員の動きが止まる。
「な、なんだ!? どうしていきなり!?」
「動け! 動けっ!」
動力甲冑が突然拘束具に変わった。突然の事態に天遣騎士団側も理解が追いつかず手出しを控える。
「どうしたんだ……?」
「わ、わからない」
彼らが混乱する中、ユニの視線はアイズへと注がれる。着地こそ見事に決めたものの、彼女も今は満足に動けない。
そんな姿を嘲笑う。
【そう来ると思っていたよ。他に彼を倒す手は無いからね。でもこんなに簡単に終わらされては面白くない】
「!? やめ――」
数秒後に起きることを予知したアイズは待ったをかけた。
甘い。どうしても止めたいのなら目の前にいるホワイトアウトの心臓を貫くべきだった。可能な距離にいたのだから。
だが彼女は、この幼子を殺したくなかった。そのせいでさらなる悲劇が彼の身に降りかかる。
当然やめるわけがない。ユニはパチリと指を鳴らす。
その瞬間、異教徒たちは一斉に天士プリズンに向かって走り出し、同時にホワイトアウトの胸から銀色の光が放たれる。
「貴様あああああああああああああああっ!」
怒りに叫びながら走り出すアイズ。だが、もう間に合わない。
異教徒たちは自らの意思に反し動力甲冑に操られ、意表を突かれて反応の遅れたプリズンにしがみつく。即座に背面腰部の容器に収められた魔素結晶が膨張した。
「!?」
大爆発が起こり爆風で吹き飛ぶ天士たち。プリズンは即死。彼の加護で形成されていた『檻』も消滅する。
「ッ!」
やはり爆風に飛ばされ地面を転がったアクターは思わぬ形で自由を取り戻したことに困惑した。異教徒たちを全員自爆特攻させてまで自分を解放した理由はなんだ?
その疑問にユニの幻像が答える。
【ルインティに会いたいだろう? なら戦いたまえ】
「な……に……?」
【魔素を使えば簡単なことだ。何度でも蘇らせてあげよう。知っての通り、彼女は元々複製だ。なら同じ複製でも愛せるだろう。君との記憶も完璧に再現させるさ。諦めることはない】
その提案にアクターは即座に答えを出す。
素早く走り出し死んだ異教徒の剣を拾った彼は、そのまま手近な同胞に斬りかかった。咄嗟に攻撃を避けたその天士は、ところが直後に背後から斬られて倒れる。
「が……っ!?」
「アクター! お前――」
「すみません団長。僕にはまだ戦う理由がある」
そして光が歪められた。見えるもの全てが虚構とすり代わり精密な幻が空間を覆い尽くす。
幻を操る天士アクター。その牙が再び天遣騎士団を狙う。




