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gimmick-天遣騎士団-  作者: 秋谷イル
五章・選択の先へ

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宣戦布告(2)

「おそらくだが、そのユニからと思しき手紙が昨日届いた」


 アイズが倒れ、目覚めるまでに以上半日かかった。それでも敵に動きは無い。囚われていた自分が脱出したのに追手の影すら皆無。書かれてある通りのことを望んでいるからだろう。

 敵は少なくとも、そのために聖都の兵力を御しておける立場にある。


「ゲームをしようと、奴は言ってきた」

「ゲーム?」

「ルールは何も書かれていない。しかしアイズから聞いた話が……かつてアルトルが死に際に聞いたという奴の動機が真実なら、こいつが目覚めた以上いつ始まってもおかしくない。ユニの狙いは復活したアルトルと遊ぶことだそうだ」


 沈黙はアイズの目覚めを待つためのもの。ゲームの主催者として余裕を示しているつもりだろう。

 実際大きく不利。こちらは未だルールさえ知らない。常軌を逸した男のようだから、そんなものを定めてあるかすら不明。一方的に向こうが有利な理不尽な勝負を仕掛けられる可能性もある。

 正体にだってまだ確信を持てない。この状態で聖都へ攻め込むのは危険で無謀。一歩間違えば向こうに天遣騎士団殲滅の大義名分を与えてしまう。自分たちには三柱教関係者を攻撃できない枷が嵌められているため、人の身でも不可能な話ではないのだ。

 そも、聖都を戦場にしていいのか? 偽りの歴史に対する信仰とは言え、人々の信仰心そのものは真実。あの都市にいる人間の大半はただ三柱教の教えを信じているだけの無辜の人々。巻き込めばナルガルやクラリオでの悲劇をまた繰り返すことになる。

 ――これは団員たちに言うべきことではないが、シスとノーラの母親もまた聖都の民の一人。


「どうするつもりですか、団長……」

 やはり天士たちからはそう問われた。ブレイブ自身その答えを知りたい一人ではあるものの、今なお彼らを率いる立場にある者としてスタンスは明確にしておくべき。


 かつてアルトルに言われた。何事にも必ず対価が必要だと。


 ならばこれも目的達成のための支払い。たとえ後世に虐殺者として名を残すことになっても構わない。そう決意して答える。

「今夜、聖都へ攻め入る」

「今夜!?」

「し、しかし、あの街には普通の人たちも」

 驚きながら異を唱える部下たち。それでもブレイブの決意は揺るがない。何故なら――

「手段を選んでいる余裕は無い。そうだな、アイズ」

「ああ……」

 実のところ声を出すのも辛い。それでもブレイブに問われた彼女は正直に回答した。

「私は、今夜のうちに死ぬ」

「……」

 改めて明言されたことにより表情を曇らせるリリティア。アイズは自分の肉体がアルトルの力の負荷に耐え切れず崩壊を始めていることも手短に説明した。

 そして、だからこそと告げる。

「私も、ブレイブの方針に、従う。今を逃せば、何もできない。できなく、なる……アルトルの無念を、晴らすことも……ユニを倒して、リリティアが安心して暮らせる世界に……する、ことも……」

「アイズ……」

「私も、アクターと同じ……だ……」


 ルインティの複製に心奪われ、彼女のために安寧を手に入れようとした元部下。

 そのために仲間を裏切った彼を責めることはできない。少なくとも自分には資格が無い。


 こんな辿々しい言葉では伝わらない。そう思ったアイズは深く息を吸い込み覚悟を決めると、支えてくれていたブレイブやリリティアから離れて自らの足だけで立ち、背筋を伸ばした。

 立ち姿からも青ざめた顔色からも濃厚な死の気配が漂っている。けれど彼女はゆっくり仲間たちの顔を見渡すと死に際の身には似つかわしくない力強い声で告げた。


「私も、自分の大切なもののために戦う。そのために残りの時間を使うと決めた。だからお前たち全員に命じる」


 頼みでなく命令(・・)。目的のためなら正道も外れると決意した兄同様彼女も決意したのだ。ユニを倒すのに自分とアリスの力だけではきっと足りない。この場にいる全員の協力が必要となる。

 だから命じる。天遣騎士団副長のアイズとしてではなく、彼らを天士に変えた女神の代行者として。

 剣を抜き放ち、先頭に立つ者の威厳を見せる。


「我に続け。私、アイズ・アルトルと共に戦え!」

「!」

 瞬間、ブレイブやノウブルまで含む全天士の顔つきが変わった。

 なんだこれは? この感覚は? 驚きと戸惑いを覚えつつ、それ以上の喜びと高揚に包まれる彼ら。

 彼らはブレイブを尊敬していた。自らを導く先達、統率者として申し分無い上官だったと思っている。

 だが霞む。アイズの命令の前では、本来あるべき立ち位置に立って命令を下した彼女の前では、そんな彼の威光すら霞んで見える。

 直後、天士としての本能が理解した。自分たちは、これを待っていたのだと。本当の主、神の命を受けて最後の戦いに挑む時を。この世界の平和と秩序を取り戻すため命を預けろと言われる瞬間を。

 天士とは、そのためにこそ存在する生命体。


「敬礼!」


 ここぞというタイミングで号令をかけるブレイブ。反射的に天士全員が彼ではなく、その隣のアイズに向かって最敬礼を捧げた。

 彼はさらに畳み掛ける。

「主の命令は下った! これより我らは聖都オルトランドに攻め入り敵を討つ! アルトルに! 誰よりも強く美しい剣士に、その身と魂を捧げる名誉を授かった幸運を喜べ! 一人一人が彼女のための剣となり、眼前に立ちはだかる全ての敵を斬り裂く! これぞ我らが使命!」

 応! 声を唱和させる天遣騎士団。さっきまではどうしてこの場に集められたのかすらわからず戸惑っていた。なのにあっという間に心を一つにして戦意を高められた。

 アルトルの命令にはそれだけの力がある。たちの悪い洗脳と変わらない。それでもあえて使った妹の決断に別の意味で感動するブレイブ。

(やはり兄妹だな)

(ああ)

 一瞬だけ目配せして頷くアイズ。自分たち兄妹は死んだらきっと地獄に落ちるだろう。多くの者たちの運命を巻き込み、死に向かわせようとしている。


 だとしても構わない。覚悟はとうに済ませた。


「よし、では作戦を説明する!」

 ブレイブのその一言でピタリと沈黙する天士たち。アルトルの統率力に感謝しつつ彼は語り始めた。

「犠牲を厭うつもりは無い。だが無辜の民に無用の犠牲を強いるつもりも無い。作戦の第一段階は、まず市民を退避させること」


 これに関しては難しい話ではない。アリスの力を借りることができれば簡単である。彼女に魔獣を作り出してもらい市民を襲わせる。より正しく言えば襲わせるフリをして市街の外へ追い出す。魔獣に対する恐怖は今も大陸中の人々の心に焼き付いたまま。姿を見ただけで大半は脇目も振らず逃げ出すだろう。

 その際、何名かの天士に助け舟に入らせれば無意味に抵抗しようとする者たちにも逃走を促せる。アリスが市民への手出しを禁じれば魔獣も実際には人を襲わないはずだ。軽い怪我をさせるくらいなら許可してもいい。


 そうして可能な限りの市民を外へ逃がしたら即座に門を封鎖し、聖都を隔離する。

 騒動によって聖都を守る僧兵団にも混乱が生じる。そんな混乱に乗じて中心にある三柱教の総本山『オクノク大聖堂』へ乗り込み、素早くユニを見つけて倒す。それが理想的な展開。

 クラリオで七人のアイリスの一人『シエナ』が行ったのと似た陽動作戦である。考え得る限りではこれが最も成功率の高い作戦のはず。


 アイズが本来の状態なら彼女の目で情報を収集し、もっと良い策も立てられただろう。しかし今の彼女にそこまでの余力は無い。

(アリスとの戦いのことを考えるとユニを倒せるのもアイズだけな可能性がある……こいつの力はなるべく最後の一戦に向けて温存すべきだ)


 アリスから教えられた『深度』なる概念。大きな力や運命を背負い万象の根源により近づいた者は、そうでない者たちの攻撃を受けてもほとんどダメージを受けない。目の前にいるように見えて実際には存在する次元が異なっているからだ。

 攻撃は届く。倒せる。そんな確信を抱くことで一時的に『深度』の差を埋めダメージを与えることは可能。とはいえ互いの深度の差が大きければ大きいほど、やはり刃は届きにくくなる。


 アイズも同じことを危惧している。だから皆の意志を統一し士気の向上を行った直後、またリリティアに支えてもらった。

「私にしか……倒せないかもしれん……」

「え……?」

「敵は、神をも倒した怪物だ。だから、決着を付けられるのは私だけかも、しれないんだ……」

 痛みに耐えているせいかうわごとのように呟き続けるアイズ。目の焦点が合っていない。

 リリティアは疑問に思った。この状態で本当に戦うことなんてできるのだろうか?

 無理をしないで皆に任せて。そう言いたかったが、自分以外にはユニを倒せないと繰り返すアイズの姿を見ていると、それもできない。

(どうしてアイズなの?)


 誰が彼女にこんな重い宿命を背負わせたのか。犯人を見つけたら、それこそ自分の手で殴ってやりたい。

 などと思った直後――


「ッ!?」

 アイズとリリティアは同時に凄まじい悪寒を覚えて空を見上げた。直後、リリティアの姿はアリスのそれに変わる。

「アイズ!」

「ああ……ついに、現れた……」

 彼女たちの視線を辿った天遣騎士団も、その異様な光景を目の当たりにする。

「な……」

「教皇……聖下……」

【やあ皆さん、良い夜ですね。待ち望んでいた時がやって来ました】


 まるで巨人のように聖都の傍らにそびえ立ち、森に潜む天遣騎士団と己が治める都の全景を見下ろすのは教皇リリウム・ランシフォリウム。大陸全土に多くの信徒を持つ三柱教の頂点にして紫がかった銀髪と灰色の目を持つ男だ。たしかそれなりに高齢だったはずだが、見た目は青年のように若々しい。

 ただし実体ではなく幻像。アクターのそれと同じ光の操作を利用した幻の投影。声を届けているのもトークエアーズの力と似た原理の技。


「魔法使い……」

 呟いたのはアイズ。アルトルの知識を得た彼女にはそれがわかる。

 この世界には『魔法』が存在しない。創世の三柱が人々に教えず人類も見つけ出していなかった。だからそれは本来神々だけが使えるはずの技術。なのに、あの男は使いこなしている。

 ならばやはり、あの男こそ――


【ああ、そうだよアイズ。僕は異界から来た魔法使いで君の中のアルトルが捜し続けた男だ。本当の名はユニ・オーリ。暇潰しでこの世界を弄んだ邪悪な魔法使いさ】


 顔と声は変わっているが、その笑顔は変わらない。千年前と同じく全く悪びれることなく、おぞましいほど強大な悪意を発している。

 ついに見つけた。確信した。彼女の中のアルトルが獲物を見つけた猟犬のように鋭く吠える。

「ユニ!」

【久しぶりだねアルトル! 約束通り、ゲームを始めようぜ】

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