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gimmick-天遣騎士団-  作者: 秋谷イル
五章・選択の先へ

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宣戦布告(1)

 ――死んではいない。それを自覚したのは内側から膨れ上がり、全身を引き裂こうとする痛みのおかげ。

 死んでもおかしくなかった。何らかの方法で強化されていたアクターの深度は神の依代たる自分を抹殺しうる領域まで達していた。

 しかもマジシャンが死んだ。彼に分与した力が戻ってきたことでついに二十名分。天遣騎士団四十九名中のおよそ五分の二である。崩壊しかけているこの肉体には、もはや致命傷となりかねない負荷。


 なのに、まだ痛い。つまり自分は死んではいない。

 死んでさえいなければ戦える。


「くっ……う……」

 眼神(がんしん)アルトルの力を継いだ人造神アイズは瞼を開く。休眠状態にあった両眼の機能も回復して瞬時に膨大な情報をもたらした。


 建物の中にいる。それほど大きくはない。さっきアクターと戦ったのと同じ森の片隅にある小屋。長年放置された形跡。自分は一時拝借したその場所の床に毛布を敷いて寝かされていた。時刻は夜。


 気付いた少女が涙目で覗き込んでくる。

「アイズ!」

「リリ……ティア……」

 喉が痛い。声が掠れてしまう。それでも顔はよく見えた。六人の『アイリス』のうち一人ルインティの複製と戦うべくアリスの姿と人格になっていた少女が、今は別人格リリティアに戻っている。

 きっと怖かったのだ。アリスは他の誰よりも強くこの身の生存を望んでいる。

 自分が滅べば彼女は一人になる。死ねない体で絶えず自身を苛む苦痛と恐怖の記憶に切り刻まれながら、誰にも縋れず、永遠に独りでこの世界を彷徨い続ける。

 そんな目に遭わせたくない。でも、おそらくそうなるだろう。アイズの中でも未来に対する不安が渦巻いた。

 してやれることは、もうほとんど無い。その自覚があるから右手を上げ、せめて今だけはと少女の頬を伝う涙を拭った。


「大丈夫……大丈夫だ、まだ死なない」


 アリスと違ってリリティアは何も知らない。アリスに干渉され不都合な記憶を消され続けている彼女は、きっとこう言えば納得してくれる。

 そう思ったが、伸ばした手を両手で掴み、頭を振る彼女。

「大丈夫なわけないよ! アイズ、全然目を覚まさなかったし――それに、まだ治ってないもん!」

「……ああ」

 なるほど、よく見ると腕が酷い有様だ。アクターによって刻まれた無数の傷。それ自体は塞がっているのだが、いつもの治癒とは異なる。傷痕が真っ黒に染まってしまっている。

 アルトルの魂を蝕む呪い。怨敵ユニ・オーリの手で植え付けられた呪詛と千年の間に溜め込んだ怨念で彼女の魂は黒く濁っている。それが再び器であるこの肉体の侵食を始めた。クラリオでアリスと戦った時以来の症状。

 そうでもしなければ保てなかったに違いない。これは砕け散りそうな体を必死に繋ぎ止めている証。アルトルもまだ諦めていない。

「アイズ、どうなっちゃうの……どうして体中に黒い模様が出たの?」

 わけのわからないリリティアは次々に涙を零す。それはそうだ、不安に決まっている。彼女にはもう身寄りもいない。両親はクラリオで殺害され、確認は取れていないが他の肉親も死んだ可能性が高い。故郷の知人や友人もクラリオが壊滅した事件で皆殺しにされた。

 アリスも聞いているはず。だからもう誤魔化すのはやめよう。さっきの発言を過ちと認め、アイズは真実を語り出す。


「すまない……私は、もうすぐ死ぬ」

「え……?」

 リリティアの桜色の瞳が大きく見開かれた。


「私は、自分の器に見合わない大きすぎる力を手に入れた。無理矢理この体に押し込められたその力が私を壊す。誰のせいでもなく、私自身の選択の結果だ」

 暗にアクターを恨むなと言っている。彼だけではなく、他の誰も彼女やアリスに恨んで欲しくない。

 恨まれるとしても、自分だけでいい。

「すまない……約束を、守れそうにない。ずっと一緒にいる……いたいと、思っていたのにな……」

「アイズ……」

「だが、それでも……」

 アイズは痛みを堪え上体を起こす。

 慌ててリリティアが止めた。

「だめだよ!」

「いや、もう、傷は塞がっている……動くことは可能だ」

 痛いだけ。痛いだけなら我慢すればいい。どうせ余命など、あと数時間も無い。

 だからせめて悔いを残さずに死にたい。一つでも多く心残りを片付けてからこの世を去る。

「ブレイブ……奴が、いるんだな?」

 アイズは気付いていた。室内にかつての自分の兄、シスがいると。今は妹と同じく人としての自分を捨て、天遣騎士団長ブレイブとなった男。


 彼はアイズの背後となる位置に腰掛けたまま頷く。


「ああ……ノウブルたちから話は聞いた。オレの知る限りの情報と照らし合わせても、教皇リリウムがユニ・オーリである可能性は高い」

「そうか」

 聖都に囚われていたはずの彼がどうやって脱出してきたのかも、小屋の外の仲間たちがいつのまに集合したのかもどうでもいい。アイズは僅かな残り時間を最後の一戦に費やすと決めた。


 最後に、もう一度だけ目の前の少女を両腕で抱く。


「すまないリリティア……」

「アイズ……?」

「出会ってくれてありがとう……お前たちに会えて、一緒に生きることができて良かった。私は、幸せだった」

 アイズとして生きたのは三年足らずの短い期間。だが長さなど問題ではない。

 たった一瞬だとしても大切な人を見つけ、共に生きた。

 それで十分。それ以上を望んだりしない。

 望めば辛くなるから。

「生きろ。お前たちは生きろ」

「……」


 リリティアから戸惑いが伝わってくる。アイズは二度も『お前たち』と言った。普通に考えれば彼女と仲間の天士(ギミック)たちのことに思える。

 でも違う。彼女もそう感じ取ったのだろう。それで正解。アイズは彼女の中のアリスにも語りかけている。


「私がいなくなっても、生きてくれ。精一杯、生きられる限り」

「……うん」

 リリティアはアイズの覚悟を感じ取り、自らも彼女の背中に手を回して強く抱きしめる。

 その両手に別の誰かの手が重なったような感覚。胸の中で、その誰かが言っている。

 あと少しで、アイズとはお別れだと。



「なっ……」

「アイズ副長……」

 ブレイブに支えられ小屋から出てきた彼女を見た団員たちは一様に瞠目する。

 アイズの白い肌。その全身に入れ墨のような黒い模様が浮かび上がっているのだ。

 しかもブレイブやノウブルと並んで天遣騎士団の三大戦力に数えられていた彼女が、今や見る影も無いほど弱っている。支えてもらわないと歩くことすらままならないほどに。


「皆、聞いてくれ」


 自分の知る天士全員がこの場に集っていることを確かめ早速本題を切り出すアイズ。今の彼女には僅かな時間でさえ惜しい。

「リリティアもだ」

「うん……」

 ブレイブとは反対側から彼女を支えつつ頷くリリティア。この子にすら話していなかった真実を今ようやく打ち明ける。


「私は、眼神アルトルの眼球を移植された……人間だ」

「んなっ!?」


 すでに知っているノウブルたち以外の全員が、その告白によって言葉を失った。

 構わずアイズは人間だった頃の自分『ノーラ』がいかな理由で神の器と化し、今ここに『アイズ』として立っているのかを説明する。

 当然、兄であり彼女を人造の神に変えた一派の一員でもあるブレイブも己の正体と罪を告白した。

「オレが錬金術師のシス。つまり、ここにいるアイズの兄だ」

「団長と副長が兄妹?」

「私たちも、元人間……大陸中から集められた人間を副長……いや、アルトル様が天士に変えた……」

「魔獣を作ったイリアム・ハーベストは、お二人にとって家族同然の存在だったのか……」


 衝撃は受けたものの、疑っている者は一人もいない。冗談と取られてもおかしくない話だったのに。

 彼らは知っている。アイズが、よりにもよってあの彼女が、つまらない冗談など言うわけはないと。

 あるいは、アルトルによって天士にされた者たちだからこそ本能に近い部分で事実として受け入れてくれたのかもしれない。

 なんにせよ、この状況では都合が良い。アイズとブレイブはさらにあの戦争の裏で動いていた黒幕についての見解も述べる。


「アルトルを殺害した男は、今なお生存しているものと思われる。私の中の彼女が証言者だ。その男は神々をも欺くほど狡猾で、人間とは思えない強大な力まで有している」

「現在は、おそらく三柱教の中枢に潜んでいる。この千年、彼らが説いてきた歴史は嘘っぱちだ。異界の神々が侵略してきたのではない。侵略者はその男、ユニ・オーリただ一人。偽りの歴史で不当に貶められた神々こそ真の三柱で、アルトルやオクノク、そしてテムガムは本来この世界の防衛と維持のため生み出された守護者だった」

守界七柱(しゅかいななちゅう)。それがアルトルたちの本来の呼び名だ。三柱教の崇める三柱の他にさらに四柱存在していたが、彼らはやはりユニに敗れ、名前までも葬り去られた」

 アルトルの記憶が確かなら知神(ちしん)ケナセリ、鍛神(たんしん)ストナタ、糧神(りょうしん)ウヌラボ、言神(げんしん)アルヴンの四柱が忘れられた神々。

 一柱だけでも天士より遥かに強大な力を有し、守護神として天上に君臨していた者たち。そんな彼らでさえ倒した怪物が聖都に潜んでいる。

 その事実を皆に伝えた上でブレイブは懐から手紙を出した。その手紙に関してはアイズもまだ知らない。

 彼は彼女への説明も兼ねて改めて報告する。

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