読書のすすめ
「お兄様!こんなところで時間をつぶしているなら私に本を読んでください。お母様からも言われているでしょ!」
「リリア、今は来客中ですので無理ですよ」
騎士では止められず、とすとすと入ってきた王女の要求をやんわりと断るレオナルド。
「えぇ!む、む、無理って言いました!?お兄様が私のお願いをきいてくれないなんて!」
信じられないように目を見開き、しかしそれでも訴える幼い?王女には、大人な対応は全く届いていないようだ。
ぎゃあぎゃあと訴えている。
うーん。
いくら子供だからと言っても王族の品格を落とすような振る舞い、そして来客の前での時間つぶし発言…
ー容認できませんねぇ
ふぅ…
「まぁ!大きな足音だったので、王女様とは気づかず挨拶が遅れましたこと、申し訳ありません」
ふっと息を吐き、こちらは今気づいたと言わんばかりにあいだに入る。もちろん嫌味のない笑顔と申し訳無さを忘れずに。
「な、なんですってぇ!?」
「先日ご挨拶させていただきましたね。お忘れになってしまわれたのでしたら、もう一度名乗ったほうがよろしいですか?」
「なによ!お兄様の婚約者でしょ!邪魔しないで頂戴」
「こら!リリア。すまない、アンジェラ嬢」
そもそも私は帰りたいだけなのに、邪魔してるのは貴方です!
…と言いたいけれど、邪魔などという直接的な表現は、やっぱりいただけないわね。
「レオナルド殿下、大丈夫ですわ。リリア様、本が読みたいのでしたら、ご自身で字は読まれないのですか?」
「よ、よ、読めるわよ!それでもお兄様に読んでもらったほうが楽だし、お兄様は私を大切にしてくださるから私と過ごせて幸せでしょう」
どうやら読むのが面倒くさいようだ。あとは…暇つぶしかしら。
王女に向けてうんうんと同意するように頷きながら、次の言葉を言うためにそっと近づく。
「たしかにご兄妹のお時間も大切でしょうが、一つ内緒で教えてあげますわ。本は読んでもらうのもいいですが、それでは自分の運命の本にはなかなか出会えないのですよ」
「内緒…運命の、本?」
ふっ。内緒で、という言葉に心が動いたようね。
このくらいの年齢の子は大人の階段に憧れるものよ。少し歳上の令嬢から内緒で…と釣り上げる。定石だわ。
まぁ大人に憧れる割に、やってることは幼児みたいな癇癪だと気づいてほしいけれど。
「そうですわ。温かい感情も、悲しい感情も含め、心を揺さぶられるような本、それが運命の本です。一冊だけとは限りません。たくさん読めばそれだけ出会えるかもしれませんよ」
「そう、なのね。…でも私本を探すのも嫌いなのよ」
興味を持ってもらえたようだが、本を探すのも嫌いとは。一体彼女の教育係は何をしているのかしら。
「リリア様、こちらは先日お約束したお菓子です。そして私からのおすすめの本も一緒にお持ちしました」
またしても、いつの間にか控えていたレティに渡されたものを王女に見せる。
「きっと男性であるレオナルド殿下は選ばれないものですわ」
こそっと付け加える。
少しだけ恋愛要素のある有名な歴史書を子供用にアレンジした本だ。たまに挿絵もあり、子供の頃にお茶会で一時大ブームとなった。
「まぁ!…ふぅん。覚えていたのね。まぁいいわ、今日は忙しいから部屋に戻ることにするわ」
本の挿絵に美しい騎士の絵を見つけた王女は少し頬を赤らめ、一瞬輝いた顔を隠すように本と菓子を侍女にもたせると、ふんっと向きを変え出口へ向かってしまった。
「感想を聞かせてくださいね!」
最初は来たときのように走り出そうとしたが、私の声が届くとすぐにスピードを落とし、振り返ることもなく少しぎこちなくも丁寧に歩いて去っていった。
二人のやり取りを呆気にとられたように見ていたレオナルドは、リリアが去ると改めてアンジェラに向き合った。
「驚いた。リリアがあんなに大人しくなるとは。改めて妹が迷惑をかけてすまない」
「いえ、まだ幼いですからね。大切に育てられたのでしょう」
「幼い、で許される年齢と地位ではないのだが…生まれたばかりの頃に病弱だったからか、両親が必要以上に甘やかしてしまったんだ。私もできるだけ機嫌を損ねないように言われている。…いや、言われていた。だな」
「…今は変わったのですか?」
「両親は相変わらず甘いが、私には一番に守るべき存在ができたからね。これからは優先順位を変えることにしたと両陛下の許可もとってある」
そう言って、アンジェラを見つめるレオナルド。
その瞳に以前の挨拶では見られなかった何かを感じてなんだかムズムズする。
王女が去り空気が穏やかになった反動で、気がつけばまた二人で追加のお茶を楽しんでいた。
っは!私ったらそろそろ帰るつもりだったのに、何でこんなにまったりしちゃったのかしら。
何だか殿下の視線が最初と違って帰りづらいのよね。
私はお菓子を、殿下はドレスを、お互い話すべきことは済んでしまったはず。
商談ならこのままお暇するところだけど…
アンジェラが次の話題をどうしようかと悩んでいると
「ところで君の、アンジェラ嬢の運命の本は何か聞いても?」
「私のですか?いくつがありますが、最近ですと『貿易の歴史』ですわね」
先程の王女との会話から自然につなげてくれたらしい。最近読んだ中でも出会ってしまった運命の一冊を伝えてみる。
「…それは経済書では?」
「はい。様々な視点からの分析と、数値で裏付けされた結果の結びつきを見たときに、魂が揺さぶられましたわ!」
「…そうか。私も読んでみようかな」
「是非!すでに読んでるかもしれませんが『国内特産品分布』も合わせて読むと繋がりが見えてより楽しめますわ」
「あぁ、あのやたら分厚い報告書を纏めたやつか」
「次にお会いしたときに感想をお伺いしても?」
「つ、次ね、うん。できるだけ早く設定したかったけど…がんばろう」
最後の言葉はアンジェラには聞こえない。
そんなこんなで二人の初めてのお茶会は穏やかに?締めくくられた。
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