お茶会の話題にふさわしい?
案内してくれた騎士に笑顔でお礼を言い、今度は待機していた王宮の侍女に付いていく。
明るく開けた一画が目にはいり、アンジェラは思わず息をのむ。
「…素敵!なんて可愛らしいガゼボでしょう!
屋根は下を向いた百合の花びらのようにカーブが広がっていて、柱は蔦を巻いたような彫刻になってるのね。白木でできたその建築と周りの花や緑の素敵な一画が、まるで別世界のようだわ」
思わず立ち止まり、その一枚の絵のような風景を心に写し刻む。
「母のお気に入りの庭なんです。アンジェラ嬢も気に入っていただいたようで良かった」
「で、殿下!?」
いつの間に現れたのか、レオナルド殿下が並び立つ。慌てて頭を下げようとする私を制し、にこやかに話し出した。
「今日は来てくれてありがとう。アンジェラ嬢」
私ったら、風景に見惚れて殿下の入場に気が付かないなんて!
焦る気持ちを悟られないよう深呼吸する。
すーはーすーはー
「お招きいただきありがとうございます。本当にとても素敵ですわ!荘厳な王宮の中にこんなに可愛らしい場所があるなんて」
「ふふっ。母はああ見えてメルヘンな物に目がないんですよ。表には出しませんがね。アンジェラ嬢とお会いすると言ったらこの庭を是非にとおすすめされまして」
「そうなのですね。本当に可愛らしくて素敵です。では、私もおすすめのものがあればこっそりお伝えすることにしますわ」
「きっと喜びます。…母だけでなく私にも興味を持ってもらえると嬉しいですがね」
「え?」
「なんでもありません。さぁ、あちらにお茶の用意をしておりますので」
そう言ってとても自然に出される手に、アンジェラもそっと重ねエスコートを受ける。
「殿下、改めて本日はお招きいただきありがとうございます。こちらは、私から少し珍しいお菓子をお持ちしてみました。我が公爵領で最近開発したものですわ」
席に付き改めて挨拶をする。婚約者とはいえ、なったばかりのアンジェラが手土産の食べ物を直接渡すことはせず、侍女に手渡す。
すぐに裏で毒味がされることだろう。
「ありがとう……開発…?」
レオナルドは笑顔で述べたあと、小さく呟き、首を傾げる。
「もしかして甘いものは得意ではなかったですか?あちらは甘いものと塩味のものの二種類の焼き菓子なのですが、苦手でしたら他の方…食欲のありそうな騎士の方に下げ渡されても構いませんわ」
そう言いながら入り口を守る騎士たちを見遣る。
うんうん、あの筋肉の素になれば我が家も誇らしい…
「いやっそんなことはない。是非いただくよ。……だが、騎士団に興味があるのか?」
下げ渡すという提案をすぐに否定したレオナルドの、なんとなく探るような視線を感じる。
あらいけない。騎士たちを見すぎて変に思われたかしら。誤解と鉄は熱いうちに解けって言いますわよね。
「興味というか…実は本日お持ちした菓子は我が家では『パワーマス』と呼んでおりまして」
「ぱわーます?」
お菓子につけるにはなかなかなネーミングだ。
非常に優秀な公爵家だが、ネーミングセンスはない。
「はい。一片は小さいのですが、タンパク質、ミネラル、ビタミンが豊富で、体を動かす方のエネルギー補給に最適なのです。もちろん、私のような女性でも量に気をつければ普段の食事で足りない栄養素を補えるので重宝しています。どうぞ、こちら資料です」
ここでいつの間にか控えていたレティから受け取った資料を手渡す。
「あ、あぁ…資料?…………これは、ふむ」
さすが殿下ね!なにか質問されるかと思ったけれど、すぐに目を通してくださるわ。時間を無駄にしないって大切よね。
レオナルドとしては突然渡された紙を突き返すわけにもいかず、呆気にとられて返す言葉を探す間に目を通したのだが、なかなか分かりやすく特徴や効果、そして活用の可能性がまとめられていて驚いた。
「へぇ。栄養素を吸収しやすいように組み合わせているんだね。だから騎士団に、か。しかもかなり日持ちもすると」
「はい。我が領ではお酒のつまみやお茶のお供だけでなく、孤児院に配ったり、更に焼き固めて備蓄にも活用されています」
「ほぅ、それは興味深い。ではいただくとしよう」
ちょうど美しい皿に盛られて運ばれてきたものから一つ取り口に運ぶ。
「…!おいしいよ!もっとパサパサとしてるかと思ったらしっとりしてて、中のナッツの食感もいいね。気に入った」
「ありがとうございます!焼き方もですけど、紅茶に合うナッツを入れてアレンジしてます。どんなに体に良くても美味しくないのはいただけませんわ」
「ふふ。私も同感だよ。本当に素敵なお土産をありがとう。この資料も預かってゆっくり読んでいいかな?」
「もちろんです。気に入っていただけて良かったですわ」
やっていることは、自領を売り込みに来る貴族と同じだが、先程資料に目を通した限り国にとってのプラスが大きく、なによりアンジェラの瞳には、王族なら読み取れる媚びや誤魔化しがない。
本当に、ただお勧めを持ってきた気持ちが大きいのだろう。
近くで見守る騎士も気になっているのか、目が焼き菓子に釘付けだ。
……彼らの好物は料理名ではなくタンパク質だからな。
美しい笑顔で美味しそうに紅茶を飲むアンジェラ。
レオナルドに献上したという箔がなくとも、この菓子はこれから国にも彼女自身にも利益をもたらすはずだ。
婚約者としてさっそく功績を作っているのだろうか。それとも無意識だとしたら…レオナルドも自然と背筋が伸びる。
「ところでアンジェラ嬢、今度の婚約披露に向けて贈らせてもうドレスだが、好みの色やシルエットはあるかな?」
「まぁ、ありがとうございます。特にないのでお任せします。とはいっても殿下のお時間をそれで割くわけにもいきませんので、よく利用するサロンに伝えておきましょうか?」
「あぁ…ない、ん?特に……ない? い、いや。そうか、では次にこちらに来てくれるときに一緒に選ぼう」
女性のドレスといえば色々こだわりがあり、しかも発言中は止めてはいけないという、わがままな妹相手の経験から身構えたレオナルドは、またしてもあっさりとしたアンジェラの返答に拍子抜けだ。
「…?かしこまりました」
戸惑っていらっしゃるけれど、どうしたのかしら。まさか、殿下はドレスにこだわりがあるとか?まぁいいわ、お任せしましょう。お菓子も喜んでいただけたし、今日はたくさんお話してきっと今日の目的である交流もできたわよね。次の予定も決まったし。
さて、そろそろ…
アンジェラが退出のタイミングを見るため周りを見渡そうとすると、何やら入り口の騎士が慌てている。
「おにいさま!」
騎士の脇をすり抜けて小走りに近づいてきたのは、先日挨拶したリリア王女だった。
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