お茶に誘われた…の前に
先日婚約したレオナルド殿下からお手紙が届いた。
どうやらお茶会のお誘いらしいわ。
お茶会といっても参加者は私と殿下の二人。まぁ婚約者としての交流だろう。
披露の日まであまり時間がないものね。
「庭で、と書いてあるからショールを持っていきましょう。あとはあのお菓子とこの計画書…ドレスは薄いグリーンにしてちょうだい」
侍女のレティに伝えれば、いつも持ち歩くメモにしっかり記しているのがわかる。これは彼女が覚えるためではなく、その下の者たちに指示とともに渡すためだ。レティは絶対記憶能力者なのでメモをとる必要はない。
そんな優秀な侍女レティでも、主であるアンジェラの思考は読めない。
「かしこまりました。ところでお嬢様、お茶会になぜ計画書を?」
「え?だってせっかく殿下と直接お話できるし。あのお菓子と計画書はセットでしょう?」
「セット…」
「あ、そうそう。念の為リリア様用にもなにか…うん。あれがいいわね」
そうして侍女の疑問は解消されないまま約束の日を迎えた。
豪華な馬車が迎えに来て、笑顔の両親に見送られつつレティを連れて王宮へ向かう。
着飾ってはいるが、美貌の婚約者との待ち合わせだというのに馬車の中ではレティとまったりと過ごし緊張感のかけらもない。
「ふぁ〜少し寝不足だわ。レティ膝枕して〜」
「御髪が乱れるからなりません。昨日は早く寝るようにお伝えしましたよね?」
「いやー、新しく買った本が面白くってつい」
「最近ハマっている身分差のある恋愛小説ですか?貴族社会ではおすすめされていませんよ。他で言わないでくださいね」
「ちょっと違うよー。身分差の恋から国にクーデターが起こる話」
「…絶対に!他で!言いませんように!!」
馬車から降りると、王子が待つ庭までの案内役として騎士が待っていた。
先程までとはガラリと変わり、猫、ではなく虎をしっかりと被っているアンジェラは、大柄な騎士と並んでも遜色ない存在感を放ちながら優雅に美しく歩く。
今までも王宮に来ることはあったが、一般の人が立ち入れる文官エリアに報告書を出したり資料室に寄るくらいで、連れは侍女のみ。たまに家から護衛を連れてきても控室に待たせる決まりがあり、もちろん騎士に案内されたこともない。
婚約についてまだ公にはなっていないし、今回は王族の私的なエリアに入るから案内が必要なのね。
アンジェラの瞳がキラリと輝く。
騎士の方に案内をさせるなんて申し訳ないけれど、これはチャンスだわ。
ごほん。
「騎士様、少し質問してもよろしいかしら」
「はい、私に答えられることでしたら」
上からな態度にならないよう無邪気な口調を装うと、アンジェラより歳上だが貴族の女性を案内するためか柔らかい雰囲気の騎士は、アンジェラに近づきすぎないよう気をつけながらも笑顔で返してくれた。
多くの令嬢はここで顔を赤らめるところだが、アンジェラは一筋縄ではいかない。
「ここ数年の騎士団のご活躍の資料を拝見させていただいたのですが…」
アンジェラの突然の話題に、騎士はゴクリと唾を飲む。
令嬢が、騎士団の資料を??もしや高位貴族として国防に使う予算についてなにか言ってくるのだろうか…
どきどき…
「訓練で野営をされる際のお食事に不満はありますか?」
「はぇ?お、お、おしょくじ?ですか?」
思ってもみない質問に間の抜けた返事がでる。
「えぇ。野営ですから、ホテル並みにとはまいりませんが、本来なら一番健康管理をするべき時ですわよね。遠征の行程表と支出を見て、気になっておりましたの」
アンジェラの意図が読めない騎士はごほんと咳払いをし、言葉を選びながら返す。
「それはまぁ、そうですね。今は平和ですから隣国との戦いはないですが、荒くれ者のアジトがあるのは不便な場所が多いですし、増えすぎて人間を襲う魔獣が現れるのも、宿なんかない山の中ですから野営は必須です。そういった場面では仰る通り健康管理は、とても重要で、難しいんですね」
もちろん普段から鍛えている騎士にとって数日はなんてことない。しかし日が続いていくと食事の質とともに皆の士気も下がっていく。
昨年の野営では家畜の魔獣被害で領主から討伐要請を受け大規模な山狩りが行われた。
領地の警備隊も頑張ってはいたが、大量に発生した魔獣の巣穴が見つけられず長期戦となり苦労したのを思い出す。
「ちなみに栄養管理する専属のシェフや食材の荷物運びは?」
「ははっシェフなんておりませんよ。料理は隊員の中でも新人が作ります。まぁ、それまで料理なんてしたことのない者たちばかりなので、大抵が煮込みスープですね。食材も干し肉と、その森で取れた野草など。荷物がどうしても嵩張りますから」
「なるほどなるほど、干し肉と野草。栄養価、味ともに改善の余地あり。大変参考になりましたわ」
「は、はぁ」
「…今度訓練所も見学してみようかしら」
そうつぶやくアンジェラに意外そうに、今度は騎士が質問する。
「失礼ですが、リュヌ公爵令嬢はご見学されたことが無いのですか?」
「いつも守ってくれてるのにごめんなさい。公爵領の騎士達はよく知ってるけど、王宮の訓練所は見学時間が合わなくて」
「い、いえ」
騎士への信頼感を得るために設けられた訓練所の公開時間には、王都に滞在する令嬢のほとんどが、一度は見学に来ると言われている。
アンジェラほどの高位貴族なら娯楽として見学していそうだと思った騎士にとって、意外な返事だった。
それでも自分達の仕事を正しく理解してくれていると感じ、自然と笑みが浮かぶ。
なぜなら
「きゃっ!エミール隊長だわ。この時間に見られるなんてラッキーね」
「やっぱり王宮にいらっしゃるときの隊服が一番ですわ!」
「あちらはリュヌ公爵令嬢のアンジェラ様だわ。騎士服の似合うエミール様と並ぶと絵にるわねぇ」
先程からすれ違ったあとにひそひそと聞こえるのは大体こんな感じ。
アンジェラも騎士も人の目に慣れているため気にすることなく歩いていくが、実はかなり目立っている。
王宮の騎士は大抵が貴族の次男以下であり、国賓の前に並ぶこともあるため基本的に顔が整っている。
もちろん厳しい訓練や試験があり実力も伴わないとなれない。
そんな騎士に対して、見た目のみで応援する令嬢がとても多いのだ。
正直声援に喜ぶのは新人騎士だけで、危険な討伐を数度経験したら声援に構う気持ちはなくなる。
王宮騎士の訓練見学時間が決まっているのは、機密性を守るためでもあり、そして騎士たちの集中力を守るためでもある。
王宮の騎士団の見学時間には令嬢達の熱い視線と黄色い声援が飛び交うからだ。
そのまま訓練の様子などを話しつつ、人の出入りの多いエントランスや中庭から、文官エリアへ、さらに進んだところで大きな扉の前に着いた。
「ここからは許可のある者しか入れないので、少し静かになると思います」
両側を騎士が守る扉を開けると木々に囲まれた道が続いていた。その道を案内の騎士に続いて歩く。
そこには季節の花に囲まれた可愛らしいガゼポがあった。
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