リュヌ公爵家
我がリュヌ公爵家は、ここセレーネ国の貴族の中でも最高位の階級であり過去に何度か王家の血が混ざっているため、その中でも地位が高い。だから王家からの縁談は生まれたときから想定内とも言える。
王家との血が濃いため子が産まれにくいが、いざ生まれた子は総じて優秀だと言われている家系だ。
国からの信頼は抜群に高く、世代世代で成果を出すことでどんどん爵位と領地が増えていく…
嫉まれることもあるが、直接仕掛けてくる勇気のある貴族は"今は"いない。
過去に消えていったいくつかの貴族の話を知らない者はいないからだ。
父は王宮で大臣を、母は父の持っている他の爵位を預かり管理する傍ら屋敷全体の指揮もとっている。
5歳上の兄は、王都から離れた公爵領で領地経営を勉強中で、私も王都で領地運営に関わるサポートをしている。
…って、我が家働きすぎじゃない!?
…いくら優秀だからって
『最初から優秀なのではなく、努力の賜物よ!!』
と、私は言いたい。
幼少期から視察に連れてかれては課題解決を求められ、法律を知らなければ話にならないと国内外の法を暗記させられ、息抜きに読んでみたいと恋愛小説をおねだりしたら他国の言語で書かれた原本と辞書を渡され…
まぁあれはセレーネ国では規制される少し過激な表現もあって、興味深く読めたけれど。
ちょっと厳しめよね。
「お嬢様、皆様大変な努力されているのは十分わかっておりますが、一般人ではその能力は努力で賄えるものではありません。厳しいといいつつこなせるものでもありません」
「あれ? 私声に出てたかしら」
「はい。しっかりと」
いつからかしらね。長々と我が家について振り返ってしまったわ。
レティには「本の話は聞かなかったことにします!」といい笑顔で返された。
「アンジー、婚約披露は次の王家の夜会に決まったぞ。ドレスや装飾はあちらで用意してくださるそうだから、うちからは婚約持参金額の発表と夜会への献上品を準備する」
晩餐時、父から私が帰ったあとに決まったことを伝えられた。
今後の予定を頭の中で素早く組み直し、返事をするアンジェラに動揺の文字はない。
「承知いたしました。品物は決まっているのでしょうか」
「公爵領の特産と、先日友好条約を結んだ国から我が家へ送ってきた品をいくつか考えている。あの国はセレーネ国ではなくうちの領を気に入ったらしいから言えばまた送ってくるだろう。リストを見てアンジーも独自に一つは考えなさい」
これは父から与えられた新しいアンジェラへの課題だ。すぐに確認事項を頭にメモする。
「かしこまりました」
「領地の特産はフェルナンドにすでに伝えてある。じきに連絡が来るだろう」
フェルナンドはアンジェラの兄だ。
いつも冷静な兄だが、品物リストの横におまけのように婚約について書かれているのを読めば、多少は驚くだろう。
父は家族を大切にはしてくれているが、国への忠誠心も高く、王子との婚約も、アンジェラの意向を聞かず二つ返事で承諾した。
まぁ聞かれたところで答えは変わらないが。
母は、その知識の高さを見込まれて公爵分家から嫁いできた。政略結婚で結ばれた両親は、恋愛より仕事や責務を重要視する思考が似ているためか、不安定な感情よりも強い信頼で結ばれていると思う。
不倫やギャンブルなどといった無駄な争いをすることはないが、意見が合わなかったときの喧嘩は、どこの法廷かと思うほど資料と理詰めで行われている。
昔から子供を子供扱いせず、公爵水準の課題を当然のように課していくことを除けば、優しく愛のある家庭だ。
できるだけ晩餐は家族でとり、団欒の時間をすごしているつもりだが、レティに言わせればそれは『団欒ではなく報告会』らしい。アンジェラ自身はそれが普通であるので特に不満はないのだ。
「それでアンジー、殿下とはお話したの? 今まで交流もなかったのに急だったから流石に驚いたのよ」
一通り各自の仕事の報告をし合ったのち、母は洗練された手付きでメインの肉を切りながらにこやかに問いかけてきた。
「特にこれといって話してはおりませんわ。お父様は私が選ばれた理由をご存知ですか?」
「さぁ。聞いてないな。両陛下から是非にと言われ受けただけだ」
政略結婚として、見た目や地位よりも能力で母を見初めた父は、今でこそ信頼関係に夫婦愛も築いているが、やはり恋愛という感性が鈍いようだ。
ただこれも、レティに言わせれば『美男美女の多い高位貴族のなかでもお二人共顔面偏差値トップクラスですから!絶対に一目惚れも入っています!!』だそうだ。
「まぁアンジーなら王族教育も問題ないでしょうけど、他国の姫にいい人がいなかったのかしらね」
家族の誰も『一瞬で恋に落ちた』とか『前から想いを寄せていた』とか『惚れた腫れた』という発想はない。
周りで見守る使用人達だけが、一般人なら当たり前に思う疑問や王族との婚約という高揚感を発散できなくてうずうずとしている。
…姫といえば
「そういえば、帰りにリリア様に初めてお会いしましたわ」
「そう。アンジーは初めてだったわね。まだ夜会にも参加できないし、年齢が離れてるからお茶会も重ならないもの。…最近また使用人の入れ替えを要求したと聞いたわ」
「あぁ、今年に入って二度目だな。陛下達も流石に頭を悩ませていた。少しは我慢を覚えてほしいものだ」
やはり甘やかされて育てたツケが出てきたのね。
まぁ歳も離れているし、あまりお会いすることもないかしら。
「あまりお会いすることもないでしょうけど、失礼のないようにね」
母も同じ見解のようだ。それでも王女様と私の性格の相性を見越してしっかりと釘を差してくる。
お母様、安心してください。私がそんな常識のない行動をするとお思いですか?
そんな思いを込めてにっこりと返事をする。
「承知しました。それにしても使用人の入れ替えなんて…イチから仕事を覚えさせるのは非効率ですのに、変わった方ですね」
「ほんとよねぇ」
「全くだ」
いや違うでしょう!! 使用人一同の心でツッコみが揃うことは、この屋敷ではよくあることだ。
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