エスコートマナー?
婚約の宣言に続いて、持参金の発表が宰相によって読み上げられる。
これは王家へ嫁ぐ家が健全な資産を持っていて、王家へ今後も臣下として忠誠を尽くすことを表す、セレーネ国の伝統である。
一度に払うのではなく、嫁いだ娘が末永く幸せに暮らせるようにと分割払いなのが習わしだ。
王家との縁によって、経済も行政も信頼が高まるので、長い目で見れば公爵家にとってマイナスではない。
隣国の王女だったマリアンナ妃には敵わないが、それでもかなりの金額を自分に持たせてくれたことに、アンジェラは驚いた。
まぁ、お父様ったら、大切なへそくりを使ってくださったのね。
潤みそうになる瞳に力を入れ、壇上から父を見ると、目の周りを赤くした父に母がハンカチを渡していた。
さて、婚約に関する発表も終わり、いよいよ夜会の始まりだ。
「国の平和と繁栄、皆の幸せを願って乾杯!」
国王の合図で音楽がはじまり、皆それぞれに動き出した。
会場中央のホールではダンスを楽しんだり、隣接された会場で軽食とアルコールを楽しんだり、とても和やかな雰囲気である。
そして毎年行われる秋の夜会のメインイベントの一つに、各高位貴族からの献上品の発表がある。
ホールの壁一面に収穫祭を祝う献上品の目録が貼り出されると、多くの参加者たちがそれらを見ようと集まってきた。
その中にはアンジェラの父が話していた外国の品、兄が用意した公爵領の特産、そして羽衣も含まれる。
「ほう、真珠の献上品か。南の領地は今年は真珠の生産に力を入れるのだな。ならばうちの領自の金属加工技術と提携できるかもしれない。検討してみよう」
「へぇ、東の辺境は新しい薬草か。ぜひ視察にいかせてほしい。あとで挨拶にいかねば」
「まぁ!北の国で話題になっている羽衣の生地ですって。販路が確立してなくて、うちのように寒い地方でもなかなかツテがないと手に入れられないのよ。流行るといいわぁ」
先代王の時代には搾取するだけだった献上品を、今の国王は様々な機会に下賜しており、その賜った貴族から毎年新たな流行が生まれていくのが習わしとなりつつあるのだ。
下賜されて広がってゆくところまでを見越して、宣伝も兼ねて献上する領地もあり、各地の特産や新しく開発した物などが解説付きで分かりやすく書かれているため、まるで最新のカタログを見るような楽しみとなっている。
各領地の様子がわかるので、アンジェラも毎年それを見るのを楽しみにしていたが、今年はそうはいかない。
レオナルドにエスコートされたアンジェラのもとには祝福や挨拶をと次々に人が訪れるからだ。
アンジェラはレオナルドの品位を落とさぬよう、いつも以上に優雅に対応し、レオナルドも横に並ぶアンジェラに気遣いながら、笑顔で祝福を受けた。
…そう、とてもとても気遣いながら…
「疲れてない?」
こまめな声かけや、
「あ、彼女に飲み物を」
ちょうど喉が渇いてきたタイミングでドリンクを用意してくれたり…
さすが王族だわ。
挨拶に来た方への対応だけでなく、パートナーへの対応まで完璧!
公爵令嬢として挨拶に慣れているアンジェラでも、今までの比ではない数に、相手をするだけで必死である。そんな疲れた頭の中、レオナルドのその行動を、アンジェラは王族マナーの一環だと理解した。
ことあるごとに
「婚約者のアンジェラが昨年提案した〇〇は貴殿の領地でも採用され重用されていると聞いた」
「婚約者のアンジェラと国の発展に尽くしたい」
「婚約者のアンジェラが…」
とフォローまで入る。
どう考えてもマナーだけではないのだが。
私の功績を殿下の口から説明してくださるおかげで、親世代はもちろん、子世代(特に令嬢!)の眼差しも思っていたよりもずっと肯定的な雰囲気だわ。
少し肩の力が抜け自然に微笑むアンジェラと、それを優しく見つめるレオナルド。
実際のところは、親世代は未来の妃の功績に感心し、子世代は美男美女の仲睦まじいカップルを前に、自分が割り込むより物語のように憧れを持って見つめるほうが楽しめると思ったからだが…
「そういえば、先に目録を見せていただけて良かったですわ」
挨拶の波が途切れた隙間に、ふっとアンジェラは呟く。
「それは良かった。ドレス選びのときに、毎年楽しみにしていると話していたからね」
そう話すレオナルドの表情が少し得意げでアンジェラは思わず笑ってしまう。
「ふふっまさか貼り出す用紙をまとめる手伝いをしながら、とは思いませんでしたけど」
「全部まとめて見られるし、事務官たちは他の作業に時間を割けるし、いいことづくめだろう?」
「えぇ、そうですわね。おかげで各地の方針も把握できましたし、来年からも率先してお手伝いしましょう」
そんな美男美女の親密そうなやり取りに、周りで様子をうかがっている者たちまで不思議とドキドキさせられる。
内容は色気のかけらもないけれど…
「ごほん。おめでとうございます。殿下、アンジェラ」
本人たちにその気はないが、近寄りがたい雰囲気を見かねて挨拶に来たのはアンジェラの両親、リュヌ公爵夫妻である。
「あぁ。無事にこの日を迎えられてよかった」
「お父様、お母様、ありがとうございます」
「素敵なドレスね。よく似合っているわよ」
「殿下、アンジェラのことは妻が見ておりますから少しだけお話しても?」
「あぁ。アンジェラ、少しだけ離れるね」
「はい。私なら大丈夫ですわ」
「では夫人よろしくお願いします。疲れていると思うので、よければあちらのソファに座って待っていて」
そう言って離れる二人を見送り、アンジェラと母は言われたとおりにソファに座る。
するとまた、ちょうどいいタイミングで飲み物と軽食が運ばれた。
「まぁ!殿下が言付けてくださったのかしら。貴女のことを大切にしてくれてるのが分かって嬉しいわ」
「ふふっ、殿下の女性への配慮はリリア様基準のようで、本当に細やかに気遣ってくれるますのよ」
「それだけには見えないけど…?」
普段聡明な母がなんとも言えない表情になったので心配したところで、突如名前を呼ばれた。
「アンジー!!何がどうなって婚約者に?殿下と話しているところなんて見たことないぞ?俺が領地で忙しい間にいったい…」
「まぁ!お兄様。お久しぶりです。そんなに急いで話さなくとも、先ほど発表のあったとおりですわ」
アンジェラは久しぶりに会う兄フェルナンドの元気な様子を見られて嬉しく思いつつ、落ち着かせる。
「『お久しぶりです』じゃないだろ。父上からの手紙にはあったが、我が家初の盛大な冗談かと思ったんだぞ」
「まぁ。あのお父様が冗談なんて言う訳ありませんわ。驚くのも無理はないですけど、殿下も適齢期ということで政略的にちょうど良かったのでしょう。そんなに不思議なことではありませんわ」
「政略ってお前…本気で言ってるのか?誰が見たって殿下は…」
「やぁ、久ぶりだね」
兄がなにか言おうとしたところで、父である公爵と話していたレオナルドが戻ってきた。
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